それでも美味しいものは美味しい
「おーい、生きてるかー?」
ジージージーミンミンミンと煩い蝉の大合唱が頼んでもいないのに聞こえるアパートの一室。古びた畳の上にてタンクトップ一枚にハーフパンツ姿で大の字になって寝ころんでいたカノンの元にやってきたのは何やらパンパンに膨らんだトートバックを両肩にぶら下げている友人だった。
「あー、どうにかなー」
玄関から一直線上にある窓の側。そこに少しでも風通しを良くするために置かれているがいっかな生ぬるい風しか送ってこない扇風機を足元に置いたまま、玄関の方に頭を向けて寝ていたカノンが、微かに首を動かして、やってきた8歳年下の友人であるミロの姿を逆さまに映す。
「本当にお前ときたら…サガに知れたら大目玉ですむかどうか」
だらしなく横たわってはいるものの、普段は有能で頼りがいがあると職場では評判の男の、唯一頭の上がらない彼の双子の兄の名前を出して呟きながら、ミロは持ってきたトートバックをどさりと彼の頭の側に置いた。
「うるせえな。ここは俺の秘密基地なんだから、あいつに知られるわけが無いだろう」
「秘密基地って…お前」
アラサーにさしかかろうとする男が漏らしたその一言に、ミロは思わず絶句する。全く、本当にプライベートでは何故こんななのだろうか。
しかし、この兄弟を取り巻く事情を考えるとそれも致し方ないのかもしれない。一言で言えばカノンは双子の兄と比べて大層な扱いを受けてきたと言う。サガは幼いながらもカノンを守ろうとしていたが、日に日に関係は悪化し、十五の頃についに破綻。カノンはグレにグレ家出、サガもまた精神的に深く傷付き心を固く閉ざしたのだと聞く。しかし互いが互いと距離を置いたことが功を奏し、十年余りの歳月を要したが、現在目下兄弟関係を修復している最中である。
しかしやはりカノンはサガに負い目やコンプレックスがあるのか、この狭いアパートの一室をエスケープゾーンとして利用し、気が済んだらサガの待つ部屋に戻っていくのだ。そのためだけに利用する部屋なので当然ながら家具の類いは殆どない。流石に夏の間にエアコンなしの部屋に篭っていては命に関わるので、持ち運びやすい扇風機は持ってきていたがそれ以外は見事に何もないのだ。
そして気が済むのに要する時間もバラバラで、三時間程度で住む場合もあれば三日はこもりきりというケースもある。今回は意気消沈しているサガを見て、後者のようだと判断したミロが非常食とそれを沸かす道具や使い捨ての食器を抱えて参上したわけである。
サガとカノンの間には、決して口を出さない。出せるような関係でもないとミロは割り切っている。
ただ、カノンとサガを放っておけないだけだ。
「まあいいや。今日は何にする?」
思考を振り切るようにミロは持っていたベージュのトートバッグを無造作にひっくり返す。ドサドサと中身を畳の上に開けていくのと同時にカノンものっそり起き上がる。
「サッポロ一番に赤いきつねと緑のたぬき、あとはボンカレーにククレカレーか…」
「おう、ちなみにこっちのバックにはアイスが入っている」
その言葉を言い終わらないうちに、カノンは光速の動きで持ってデニム生地のトートバッグをひったくった。
押し込められていたら小振りの発泡スチロールで出来たクーラーボックスの中身を見ると、様々な味のガリガリ君が保冷剤と共に詰め込まれている。
「ガリガリ君ばっかじゃねーか!」
「?お前、好きだろう?」
「いや、好きだけども…」
「こちらも懐事情というものがあってな。せめてジャイアントコーンやスーパーカップは買いたかったが…」
「いや、すまん」
八歳も年下の後輩に甘えまくっている現状に、流石にそこまで甘えるのは情けないと覚ったカノンはとりあえずクーラーボックスの蓋を閉じ、床に広げられたインスタント食品を物色する。
「…夏といえばやはりこれだな」
「ああ。最もこれは、夏に限らずとも、どういう風に作っても美味いがな」
ボンカレーのパッケージを手に取ったカノンを見て、ミロはバッグの底に仕舞われていた鍋を取り出す。
「米も温めるからしばらく待っていろ」
「ああ」
鍋に水を張り、レトルトのコメを入れ、コンロに火をかける、うねる金髪を無造作に纏めた後輩の後ろ姿を見てカノンは思う。
もしもコイツが女なら、こんな関係は不自然だろうか?気安い雰囲気の代わりに別の物が付加されていくのだろうか?
そこまで考えてカノンは首を振った。辞めよう、こんな考えは不毛だし詮無きことだ。
「ミロ」
「なんだ?」
「あー、いや…、お前がいてくれてよかったな…と」
「なんだそれは」
改まったカノンの言葉にミロは苦笑する。
「気にするな、俺が好きでやっていることだ」
裏表のない屈託のない笑顔は、片方が女であれば見られないかもしれないし、出会えなかったやもしれない。
「それでも、だ」
言わせてほしいと礼を述べるカノンに、ミロはやれやれといった体だが、今度エスケープする時は、差し入れのボンカレー代は払ってもらうからなと再び笑いかけるのだった。

カノンとミロのお話。元ネタはツイッターの「自炊しない人の冷蔵庫は基本空っぽなので、女の子がありあわせで物を作ったりするイベントはそもそも発生しない」という記事から。 双児宮ならそんなことないと思うんだけど、何となくカノンって一人だけなら手抜きで済ませそう。現パロなら特に。 そんなカノンの面倒を呆れながら見てあげるのは、やっぱ人のいいミロだと思います。 CPでもコンビでもカノンとミロは結構好きな組合せだったりします。 あと、ボンカレーはどんな時にどんなふうに食べても美味しいです。 (2017/09/11)

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