「いいかいカノン、お前は選ばれたんだ。私の双子の弟に、誉れ高き双子座の黄金聖闘士である私の影に」 グラグラと頭の底が揺すぶられるような感覚。視界は暗闇の中の更に闇に迷い込んだかのように暗く、心は鉛を飲み込んだかのようで、吐き気が絶え間なくやってくる。 そんな俺を包み込む温かく柔らかな小宇宙。双子の兄の声がその胸の中に包まれている俺の頭上に、天使の梯子のように降り注ぐ。 「だからお前は光である私に引き離されないようについてこなければダメだ」 サガの声がどこか遠くから聞こえてくる。それはまるで、植物に恵みを齎せるしっとりと降り注ぐ雨のように心地よい。 言われるまでもなく、俺は兄から引き離されないようにと必死に鍛錬を続けてきた。時には血反吐を吐く思いをしながら、誰にも認められない事実に狂いそうになりながら、それでもサガという光を糧に、今も尚それを続けている。 誰に認められなくても構わない。 影としての俺に必要なのは、他人からの称賛ではない。他でもないサガから差し伸べられる手と称賛さえあればそれで…。 だけど。 「なあ、兄さん…俺、兄さんの言われた通りに」 聖母のように温かな胸から顔を上げて、サガを見上げる。そう、言われた通り鍛錬の時間も座学の時間も増やした。 食事を摂る際には書物と共に摂り、鍛錬は寝る間を削って行った。一日の限られた時間の中で、影である俺は光に付き従うために心血を注いでいる。 なのに兄は、まだ足りないと言う。 もう幾度となく、地下の住まいに設えてある天窓から微かに零れ差す光が闇に変わる瞬間を目の当たりにしたというのに。 「ああ、判ってる、判ってるよカノン。お前は敏く一生懸命な子だ」 眠い、眠くて眠くて堪らない。サガの声が心地のいい子守唄のように耳に滑り込んでくる。 「けれど、お前と私がここで生きるためには…もっともっと頑張らないとダメなのだ」 肩を優しくあやすように叩いてくれていた掌が、ふわりと前髪にかかり額に触れる。 どことなくサガの悲しげな声。共に額からじわじわ注がれるのは、眠気を覚ますかのような高揚感。 ああ、もうやめてくれ 俺はただ、眠りたい 何もかもを忘れて眠りたいのに 「ほら、もう大丈夫だ。カノン」 温かな微睡みを提供していたサガの胸。 そこから離れるのを嫌がって俺は腰に回す腕に力を込めようとする。が、そんな俺の本能を無視して、身体は、思考は勝手に全快して、ゆっくりと立ち上がる。 「ああ、カノン」 もう俺は、今、どんな顔をしてサガに向き直っているかすら判らない。だけど目の前で晴々と笑うサガの顔を見れば 先ほどまでとは打って変わって溌剌とした表情をしているのだろう。 本当の俺は、もう、光を追い求めるのに疲れ果てているというのに。 「愛しているよ」 俺に合わせて立ち上がったサガの優しい声と、頬に落とされるキス。 光を追うことに疲れ切った俺が、まだ光を求めてやまない最後の理由。 「俺も、愛している。ありがとな、サガ。俺、頑張る、から」 その最後の理由が擦り切れてしまえば、俺は本当に自分を見失う。 どうか、俺に残されたギリギリの足場が崩れないように。 俺に向けられる愛情が潰えないようにと、俺は今日もまたわずかに回復した肉体と精神を光を追うためにすり減らしていく。 着実に、影の結末に向かうために。
SNSで話題になっていたある問題作のゲームが元ネタ。 睡眠と愛情を傾けてさえいれば、大抵どうにかなるというツイートを見て書き殴った気がする(曖昧) 聖闘士だから眠らなくても平気だろうけど、修行時代ならそうも行かない。 それも正規の黄金聖闘士として認められる訳じゃなくて、正規の双子座の影が最終目的だから、一方を失った状態で続ければ一般人なら発狂、カノンだからグレる程度で済んだんじゃ…という話でした。 (2017/09/10)
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