どうしてこうなった? 双児宮の住居区玄関口で、私は途方に暮れている。 「ごめんなさいごめんなさい連絡入れなくてごめんなさい岬送りは止めろ下さい」 そう言いながらガタガタブルブル震えながら土下座しているのは私の双子の弟のカノン。その身に纏うのは黄金聖衣。 その姿からして、弟は決して私用で長く留守にしたわけではなく、立派に聖域の聖闘士として任務を果たして来たことを示している。 どうしてこうなった? 大切なことなのでもう一度、頭の中で一人ごちながら、こうなった経緯を整理してみた。 おおよそ三週間前から、カノンは聖域の使者として出張していた。 その間、当然ながら私は一人きりの双児宮と教皇宮を往復していた。 書類仕事を捌きながら、視察、会談、その他諸々、次期教皇となったアイオロスの補佐としていつものように働いていた。 カノンがいない寂しさを、紛らわすように。 共に生まれ落ちて、一緒にいられたのは聖域に来るまでのわずかな時だった。 その後、私達の道は隔てられ、13年前に決定的に決裂し、聖戦の折に一瞬だけ交じりあい、そこで全てを終えた。 だが、聖戦後に三界の神々の協定によって、聖戦で命を落とした者達に奇跡が与えられ、再びの生が訪れた。 それに伴い、聖戦での功績が認められたカノンが、双子座の黄金聖闘士として真に認められることになり、誰にも憚れることもなく、真の意味で双児宮で暮らし始めることになった。 共に双児宮を片付け、夜通し話をし、最初の内はお互い気まずい部分があったが、今はカノンが隣にいる暮らしが当たり前になっていた。 ただ、先述のように私たちが共にいたのは、物心がついてからほんのわずかな時間だったため、お互い兄弟として寄り添うには少々色んな意味で遅すぎたのではないかと思う。私はカノンを弟としてではなく、一人の男として惹かれるようになってしまった。 この感情は隠すべきだと、当然のように思った。弟を穢い目で見る自分が許せなかった。 しかし、再び蘇った奇跡以上の奇跡が起き、カノンもまた私を兄としてではなく一人の個として見てくれていたことを告げられ、私たちは、兄弟という絆の上に新たな関係を結んだのだ。 惚気話も良いところなのは自覚している。だが、ここまでが前提だ。 そういう関係に私達がなったからと言っても、もちろん執務もあれば人付き合いもある。 カノンが執務が終わりそのまま飲みに行き他の者の所へ泊まったり、出張が伸びたり、使者として異界へ赴くことになったりと、私の元にいないことなど、当然、片手の指以上の回数がある。 頭ではわかってはいるが寂しさは先述のように感じていた。しかし、そう思いはしても仕事と私のどちらが大切なのだということをぶつけたことはないし、これからもそんなことを言うつもりはない。 ならば何故、カノンは帰宅早々私に対してそんなに怯えているのか? もう少し時間軸を進めて考えてみると、思い当たる節がようやく見つかった。 『疲れただろう? 食事にするか?風呂にするか?それとも私か?』 今回の出張は相当手こずったのだろうか、定期的な業務連絡は寄越していたものの、それを伝える弟の小宇宙から色濃い疲労が感じ取られた。そのためそれほどまでに忙しいのかと窺い知れ、こちらも事務的に手短に済ませていのだが、何とも思わなかったわけではない。 本当に大丈夫なのか、どこか怪我をしていないか、無理はしていないだろうなと問い詰めたかったが、それをすることでカノンに変な気負いをさせたくなかったし、連絡を寄越すということは少なからず無事であると自らに言い聞かせた。 だからつい先ほど、弟からの任務が終わってこれから帰るという連絡に、張りつめていた諸々が緩むと同時、じわじわと色んなものが湧き出てしまっていた。 人は、それを浮かれと呼ぶが、私の浮かれっぷりは仕事のモチベーションにも影響が出ていたらしく、あっという間に本日中の案件を捌いてしまい、アイオロスからは苦笑で午後からの半休を言い渡された。 教皇宮から双児宮までの決して短くない道のりを急いで駆け下り、法衣を脱ぐ手間も惜しく、何か材料はなかったかと棚や冷蔵庫を漁っていたところでカノンが帰ってきた。 思ったよりも早い帰宅に、何も用意をしていないことに気づき、私は何となしに言ったのが、件の言葉だったのだ。 あ、と思った時には遅かった。 食事や風呂はともかく、私ってなんだ。 食事をするなら申し訳ないがありあわせかケータリングで用意するから少し待ってほしい、風呂ならば今から沸かしてくるから疲れを取って来いという意味で尋ねたはずなのに、なぜそこに私が付随されたのか、そこの所が自分でもよく判らない。 「その…、カノン。顔を上げてくれ…」 自分の混乱を覚られないように、とりあえずいつまで地べたに這いつくばったままなのだと、カノンに手を伸ばす。 「兄さん、怒ってないの?」 ようやく顔を上げたカノンの海の碧に混じる怯えの色に、私は非常に居たたまれなくなった。 「…怒るわけないだろう。…私の方こそ済まない」 こんな顔を、させるつもりではなかった。 ただ、立派に任務を果たしてきた最愛の者を、労いたかっただけだったのに。 「?何で兄さんが謝る?」 不意に目を逸らした私に対し、警戒心は解いたらしいカノンが、じっとこちらを見つめてくる。 混乱は収まったがやはりこうなった経緯を話さなければならないと、瞳から目を逸らしたまま、自身の気持ちを吐露していく。 「…私らしくもない…、お前が帰ってきたことに、浮かれていたのだ」 「え」 ポカンとした弟の声が耳に痛い。ああ、きっと呆然としてるのだろう。 「…私らしくもない。それでお前は混乱してしまったのだろう?」 平素ならばそういったことを聞き流す弟が、聞き流せないくらい疲れていたのだ。混乱が生じても無理はないし、何よりそんな気持ちを抱かせてしまったことが許せなくて、私はとりあえずこの場から離れようと立ち上がり踵を返したが、その瞬間、背後から伸ばされた腕の中に閉じ込められてしまっていた。 「カノン?」 「違うサガ、すまない、違うんだ」 「違う、とは?」 離してくれなければ、食事も風呂も用意が出来ない。離してくれという意思を込めて腕をタップしてもピクリとも動かないまま、カノンはうわごとのように違う、違うと繰り返している。 「…お前が、そんな可愛らしいことを言うと思わなくて…つい、取り乱してしまった」 可愛らしい? どこが? 何が? 「私を差し出されても困るだろう。こんなにも疲れ果てているお前に、報告を促すほど私は鬼ではないぞ」 報告は明日でも良いと、先ほど伝えていたのにそんなことも忘れるなんて、と自分を叱責していると、カノンの腕が少し緩んだ。 「…お前、本当に意味が分かっていないのか?」 呆れたようなカノンの声に、少々ムッとして、背後を振り替えようとすると、突然、そのまま口付られた。 「んむっ…」 ただいま、お帰りといった類の触れるだけのキスではなく、深く食まれ、貪られ、欲情を煽られるそれ。 「ふ、は…ぁ…」 久方ぶりに味わう弟の口付けに、私の膝はがくがく笑いだす。 へたり込みそうになった私の身体が不意に横抱きに浮き上がる。そんなことが出来るのは、この場に一人しかいない。 「ぁっ、カノ、ン…?」 「お前は…もう少し自分の言動に責任を持て」 先ほどの怯えた表情はどこへ行ったのか、私を抱き上げる弟の顔はにやりと不敵な笑みを見せている。 その表情は、夜の時間でよく見るものと同じなことに気づき、私はようやく自分が不用意な発言をしたことに気が付いた。 「ま、待て…!そういう意味で言ったわけじゃなくてだな!」 「もう遅い。自分の言動に責任を持てと同じことを何度も言わせるな」 幼い頃そう言って諭したのはお前だろうにとくつくつと笑いながら、寝室へと運ばれていく。 それぞれの私室はあるが、こういう関係になってから共に眠ることが多くなったため、そろそろ次の給金で大きなものに買い替えようかと話していた寝台の上に投げ出され、起き上がる間もなく唇をふさがれた。 「んっ…ぅ、んっ…」 今度こそ、じっくりとカノンに味わわれ、カノンを味わう深い深いキスを施されていく。 黄金聖衣を纏う指先を詰襟にかけられながら、ゆっくりと剥かれていく。 「は、っ…カノン…」 息が続かなくなるギリギリでようやく唇が離される。 「せっかくお勧めしてくれたんだ。風呂よりも食事よりも先にお前を貰う」 思考に靄がかかる私の上で舌なめずりをするカノンに、愚弟め…とささやかな抵抗を込めて小さく呟いた私の声は、首筋に顔を埋められたのが引き金となり、意味のなさない、あられのないものをひっきりなしに奏でさせられる羽目になった。 ああ、本当に どうしてこうなったのだか。
元ネタは、オーソドックスな出迎え台詞に関するツイッターのコピペから。 サガがこういうこと言うのってよっぽどのことじゃないかなと書いてから思って、ざかざか書き殴った話です。 一応デキ上がってはいますが、こういう俗世めいたことはまだまだ初心なお兄様と、こちらだけ意味が分かっているから余計に気を揉む羽目になるけど、最後は美味しい思いをする弟というのがたまらんとですw (2017/09/12)
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