インテリアに一ついかが?

「何か欲しいものはあるか? カノン」

聖域でサガの影として生きることを義務付けられた最初の日、これから俺が住む場所までついてきたサガは、悲しそうな顔でそう尋ねた。
「…」
双児宮を守護する者にだけ伝えられる、亜空間のごとくに広がる地下室。今日からここが俺の終の棲家。今まで共に居たサガと離れて。
共に過ごしてきた双子の兄が先立つことを前提にしてこれから先、長い間生かされる。覚悟はしていたはずだった。
サガが立派な聖闘士になることは、それ即ち、兄の影になる俺もまたそうあらなければならない。兄の代用品としてふるまうために、兄を観察し模倣する。それが、これより賜った俺の終世の使命。
「カノン」
「あ、ああ、ゴメン兄さん」
欲しいものがあるのかと言う質問に、答えを返すことがないままあてどの無い自問自答を繰り返す俺に焦れたのか、若干背をかがめて上目づかいに覗き込むサガの顔は不安めいていて、どこか少し幼く見えた。
「俺の、欲しいものは…」
黄金聖衣やその地位は望んだところで無駄だ。俺が表舞台に立てば逆にサガが影の立場に引きずり込まれることになる。かといって別にこれと言って欲しいものはない。終の棲家というだけあって、家具などは頑丈で壊れにくい素材の物であるしとりあえずの日用品も揃っている。
「欲しいものは…」
とっさに思いつかない俺の答えをサガは辛抱強く待ち続ける。薄暗くなり始めた時間の中で、双子の兄の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えている。
(綺麗な、色…)
自分だって同じような色の瞳を持っているはずだと、ここに他人がいればそう言われただろう。しかし、サガの瞳は春の息吹のような緑を媒介している色であり、俺の瞳の色とは若干違う。
「…サガの…」
「え」
これからサガの影として、光の当たらない場所で生きる自分。光など望めない空間。だけど、この兄の春の緑を宿した目があれば、きっとどんな光よりも眩く俺を照らしてくれるだろうと、静かに腕を持ち上げる。
「…」
「カノン?」
しかし、ここでサガの目を抉って奪ったところで、俺はその分をサガに返さなければならない。海の碧が宿っていて綺麗だと褒めてくれるサガにあげることには何の抵抗も異論もない。
だけど、この目はサガだから綺麗なのだ。サガの瞳だから眩いのだ。目玉だけ貰ってもそれはたちまち輝きを無くし、ガラス玉にも劣る胡乱なガラクタと成り果てるだろうし、逆もまた然りだ。
「目のような、キラキラした物がいい」
「随分と抽象的だな」
「悪いか」
「いいや…、というかお前の目だってキラキラしてるのに」
首を横に振り、サガの指先が俺の下瞼をそっとなぞっていく。あまりにも心地の良い指の動きに思わず目を閉じようとした瞬間、不意に親指の腹でそれは阻まれた。
「…いっそのこと交換してしまおうか」
「は?」
そのまま目玉を抉られるかという恐怖感は感じず、ただただ俺は、サガからそのような言葉が飛び出したことに呆気にとられていた。
「いや、すまない、くだらない冗談だったな」
「あ、いや、別に」
くだらないなんて、思えなかった。サガが、サガも俺の物を欲しがってる。そう思うと、こんな時なのに、なぜか堪らなく心がジワリと温まる。
「なぁサガ」
「ん?」
「さっきのお願いはなしな」
「さっき…?ああ、あ、でもそれじゃあ」
先ほどの欲しい物の取り消しの申し出に、サガが再び困惑するのが判る。ああサガ、そんな顔をしないでくれ。俺は今からキラキラした碧の物という抽象的な物よりも、もっと難しい物を強請るのに。
「俺の目も、お前にやる」
なに、と言いかけたサガの目に唇を寄せて、煌く緑の瞳の表面を舐める。ぴちゃりという微かな水音が、本来ならば二人いるはずのない宮の地下の隠れ家にやたらと大きく響いた。
「な、や、カノ…」
頬や唇、鼻などには数えきれないほど口づけてきたが、眼球にキスをしたのは初めてだった。だけど、今の俺にはこれ以外、欲しい物など思い浮かばない。
キラキラした春の緑を介した瞳。影に溶け込む日々が続いても、俺だけの、春の緑がそこにあれば何も怖くない。
「定期的に、お前の目を貰う」
一か月後でも三か月後でも、半年後でもいい。だから必ずそ俺の前に姿を見せて、変わらない春の緑を俺にちょうだい。
「な、サガ…兄さん」
良いだろう?と、長い睫毛を唇で食めば、微かにひくりと震えたサガが小さく頷いたのを確認して、軽く口づけて顔を離すと、今度は俺がサガにその目を差し出した。


双子の昔話。齢7~9位? カノンは聖域内でサガの影として暮らしていた際、どこで暮らしていたか非常に想像の余地があると思うんですよ。 聖域近くの誰も近づかない森の中とかも良いなと思うのですが、私的には双児宮に代々伝わる地下かなと思います。 そんな話だったのに、なぜか目ん玉話になった不思議/(^0^)\ (2017/09/15)

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