今度こそ、護るから
「カノン…」
よどんだ空気におどろおどろしい色合いの空。凶悪な魔物がひしめき合い、それを束ねる魔王が住まう異界。しかしそのような世界であっても強さは元より、その神々しさ、強さ、そして美しさが褪せることのないサガが、この世界では勇者としての宿命を持って生まれた双子の弟であるカノンが持ってきたそれに愁眉をひそめた。
「私は、防具を買ってこいと言ったはずなのだが」
「ん、だから防具だぞ」
向こうの世界と魔界を繋ぐ祠から見えた、咲き誇る花のような形状の街、ジャハンナ。この街には値段は張るがそれに見合った武器や防具が売られている。
どういう訳かこの世界でも小宇宙を操れるため武器要らずの双子ではあるが、防具となればそういう訳にもいかない。すでに最強装備を整えているカノンは、かの世界での教皇補佐の法衣に何となく似ている賢者のローブを纏うサガに、せめてもう一つ中に装備しろと常々言っていたが、この場所に来るまでその意見は聞き入れられなかった。しかしここは魔王のお膝元である。何かがあっては遅いのだと言い募るカノンに根負けし、ならばお前が見繕って来いとサガが照れ隠しに弟の背中を蹴り出したのが小一時間前。
「どこからどう見てもコスプレ衣装にしかみえないのだが…」
こんなことなら多少面倒でも自分で適当に選べばよかったかと、サガはがくりと項垂れる。
カノンが持っているのは魔力が込められた生地で作られたカットソーとホットパンツであり、そのデザインがどうにも女性用の防具”天使のレオタード”を模した物にしか見えない、
「コスプレ衣装などではない。世界でただ一つ、このカノンがお前に似合うように改良してもらった天使のホットパンツだ!」
自信満々に胸を突きだす弟にサガはずきずきと痛み始めたこめかみを押さえる。どうにもこうにも愚かだと思っていたここまでとは…とため息を一つ吐こうとしたが、次に続いた言葉が耳に届いた瞬間、痛みもため息も彼方へ霧散した。
「ローブの下に着ける物だからかさばるといけないと思って、シルクのビスチェかエッチな下着とも迷った。だが、即死呪文と冷気の耐性、そして防御力を重視してこれにしたのだ」
「そうか、それは何よりだ。ところでカノン、つい先程私はイオナズンとGEを融合することに成功した。その記念すべき最初の一撃を見舞ってやるから、貴様がそれを着るがいい」
すぅ、と頭の中が冷えていくのを自覚しながら、サガは、両腕を頭上でクロスして、星々を砕く必殺技・ギャラクシアンエクスプロージョンに最大規模の爆発系の呪文の魔力を込めていく。
「だが断る」
しかしカノンも同じ技の構えを取り、更に天上から振り下ろされる金色の鉄槌の呪文の魔力を込めはじめたため、ぐぬぬと臍を噛んで腕を下ろした。
「お前の気遣いは何よりだが、俺にはこれがあるからな」
同じように収めたその手で、ぱん、と双子座聖衣の胸元を叩いた弟の表情は誇らしげで何とも凛々しく、サガが好む表情の一つだ。しかしそれだけで全てが許せると思われても癪に障る。
「何故実用性のない物を買ってくる!?いくら防御力が高くとも、ローブの中にこんなのを着て歩くとかどんな羞恥プレイだ!!」
「ああもうやかましいぞ!お前に似合うと思ったから購入したのだ!」
「どこがだ…っ、うわっ」
隙をついて殴りかかろうとしたサガの胸に、半ば無理やり押し付けられたそれ。
「お前はこのカノンの審美眼を信じてないのか?」
不意を突かれてよろめいたところを畳みかけるように、ことさら寂しげなカノンの呟きに、うぅ、と言葉に詰まる。先の世界では言葉少なだったが故に生じたすれ違い。だからこの世界では、カノンの言い分を頭ごなしに否定せず、何より悲しい顔をさせないようにとサガは誓ったのだ。
「…信じていないとは、言っていない」
ぽつり、と紡いだ言葉はサガの最大限の譲歩だった。
「俺を信じてくれると言うなら取り敢えず着てみてくれ」
その上でどうしても気に入らなかったら、お前の好きな物を買ってやるとまで言われたサガは、さすがにこれ以上固辞することはできなかった。


試着のために一度宿屋に戻り、部屋に設えられている姿見の前でサガは、カノンから贈られたそれを体に合わせる。
その防具はまるで羽根のように軽く、今着ている賢者のローブの下に着込んでも支障はなさそうだ。加えて魔力と共に強大な、しかし馴染みがありすぎる小宇宙までもが込められていて、聖衣のないサガにとって様々な意味で最大の防具であることは間違いない。
「…馬鹿者め」
生地の端々から弟の小宇宙が立ち上るように感じ取れて、自らを慮ってくれていた気持ちが痛いほど伝わってきて、罰の悪そうな表情で、姿見から視線を一度逸らしてぽつりとつぶやく。
少し心を落ち着かせたところで再び姿見に目をやり、改めて大きさを目測する。体格とかけ離れているほど大きすぎたり小さすぎたりといったこともなさそうだ。しかしそれを測るためにカノンはこれを身に着けたのだろうか…? 同じ顔、同じ体躯なのに想像がつかなくてサガはくすりと笑った。
ローブを脱いで、素肌の上からそれを身に着けていけば、ぴたりと肌に吸い付くタイプのカットソーのデザインは、上部が銀白色であり、襟元には細やかな縫い取りがなされていて、胸元は神の加護を受けた細身のチェーンが飾られているのが確認できた。そして胸から下の部分は限りなく白に近い薄桃色で、ところどころ天使の羽根が舞い散るかのような控えめな模様で彩られていた。
ホットパンツはさすがに薄桃色ではなく銀白色で作られていたが、後面のウエスト部分から二筋ほど生えている柔らかな羽根が視覚的にどうにもくすぐったくて仕方がない。ローブの下に着る物だから邪魔にならないように誂えてもらった形跡は認めるが、ならば最初からこんなものを付けるなと思わず言いたくなる。
しかしカノンの気持ちを知ってしまった今、無下にそう言い捨ててしまうのも、早々にローブの下に着込んでしまうのも躊躇われた。ネーミングはともかくとして、自らを守護するために頼んでくれたこの防具をもう少しだけ見ていたい。
「…」
一刻も早く魔王が鎮座する悪魔の山に赴かなければならないことは判っていても、サガは姿見の前から動けずにいる。
天使の防具のカラーリングと相まって、抜けるように白いサガの頬には、隠しようがないほどの紅が刷かれていたからだ。
「ああ、思った通り、お前によく似合っている」
キィ、と控えめな音を立てて扉が開かれ、あっと思う間もなく金色に煌く聖衣を纏った腕に捕えられてしまった。
「…愚弟め…」
鏡に映る双子の弟の姿を直視できずちいさく悪態を吐いたサガだが、カノンはくつくつと笑いながら、更にその腕に力を込めていく。
「相変わらずつれない天使だ、お前は」
「っ…、よくもまあ、そんなことを」
湯気が出ているのではないかと思うほど、火照る顔を俯かせたサガだったが、難なくその顎を捉えられ微かに上向かされる。
「事実なのだから仕方あるまい」
真っ直ぐに、力強くこちらを見据えてくる海の碧を介す瞳。以前の世界では影にその身をやつし、その心もまた徐々に蝕まれていった弟。悪の心一つしか持たぬと豪語していたカノンの気持ちを理解しようともせず、その結果自分たちは道を違えた。最後の最期で交えることが出来た道だったが、あの世界では、こんな弟の姿を見ることは叶わなかった。
それが今生では共に生まれることができ、魔王を倒すことのできる力を秘めた双子座に選ばれ、堂々と肩を並べて戦うことが出来る。
同じように以前の世界の記憶を持っていたカノンに、お前に俺と同じ思いをさせたくないと切実に言われた時、申し訳なさよりも先に嬉しさの方が勝ってしまった。
「…カノン…」
サガもまたカノンの温かく血の通った頬に掌を宛がう。確かにここにいる、お前の隣にと、掌を通じて伝えてくるカノンの存在が堪らなく愛おしかった。
「…共に、生きるために、戦おう。今度こそ、最後まで二人で」
「…ああ」
サガの掌を捉えたカノンもまた、その存在を確かめるように頬を擦りつける。夜の間だけの仮初の命だった兄の唯一の願いを叶えるために奔走したあの世界のことを思い返し、ぐっ、と力強くその手を握り返した。
「…今度こそ俺を置いて逝くな…、三度目は許さないからな」
低く告げられたカノンの懇願に、サガは判っている、と小さく頷く。
「私をそうまでして守ろうとするお前を、残して逝く愚かな真似は、もうしない」
ぐ、っと銀白色のカットソーの上から、双子の弟の手を取って自らの心の臓に押し当てた。
「お前に捧げる。私の生は、勇者と共に」
誓いの言葉が放たれたのと同時、カノンもまたサガの手を取り、最強と謳われた双子座の聖衣の上から自らの心臓に触れさせる。
「俺も、捧げる。俺の生は、天使と共に」
カノンもまた双子の兄に宣誓する。
お互いの心臓に触れた二つの手が、指先から絡み合っていく。前生では置いて逝かれるばかりだった、狂おしいほどの憎しみとそれを上回る愛情を持つこの兄を二度と手放さないことを心に決めた勇者の唇が、今度こそこの腕を手放さないと強く願う天使の唇に深く重なり合ったのだった。






DQ5要素本当にどこ行った!?と言わんばかりのカノサガラブいちゃ馬鹿話。 ほんのりとそこかしこにちりばめているのですが、カノンとサガは本来の時間軸の記憶を所持したままDQ5の世界に来ているという何ともご都合主義の話です/(^0^)\ ちなみに、物語に入りきらなかったのですが、王者のマントを装備したアイオロスとか、メタルキングの剣を装備したシュラとかその他色々なDQ5装備を携えた他の黄金達もそれぞれエビルマウンテンに向かっているといった設定がうっすらとあったりします。 あと、自分で書いておいてなんですが、シルクのビスチェ及びエッチな下着を身に着けたサガをぜひ見たいなと思ったので、同じ気持ちの方がいたらぜひ描(書)いて…ごめんなさいなんでもないです。 (2017/10/05)

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