どてらと兄と着る毛布と弟
「何故お前は判らんのだ!」
冬の息吹に吹きつけられ、深々と冷え込む夜の聖域。その山麓に聳え立つのは黄金聖闘士が住まう黄金十二宮。その第三の宮である双児宮から、何やら憤慨する声が響き渡っている。
一つの宮に一人の黄金聖闘士が守護する十二宮において、唯一この双児宮は二人の聖闘士が守護をしている。言わずと知れた双子座の聖闘士・サガとその弟のカノンである。そして言うまでもないことだが彼らは双子の兄弟であり、姿形は勿論のこと声も瓜二つである。しかし何かと顔を突き合わせることの多い十二宮の住民たちは、滅多なことでサガとカノンを間違えることはしない。だが、このような我を失った怒りの声だけならば、どちらがどちらであるか一聞ではとっさに判断は出来ない。よって、周りに隠す気のない牽制という名のブラコンを発揮している何かと自由奔放なカノンを人前でちょっかいを出されて赤面しながら怒鳴りつけるサガを何度か見たことがある彼らは、この夜に聞こえてきた声も構い倒され過ぎた兄が弟に怒っているのだと結論付けた。

「俺はお前にこれを着てほしいのだと、何度も何度も言ったはずだ!」
しかし実際に怒っていたのは同僚たちの予想を裏切って、弟カノンの方だった。シルクの毛布で出来た丈の長いローブをサガの前に突き付けながら怒鳴る双子の弟に、サガは困ったように眉根を寄せている。
「それは嫌だと私も何度も言った。着るならこちらが良い」
女神から賜ったという急須で淹れた緑茶の湯呑を両手で持ちながら飲むサガは、アイボリーのゆったりとしたニットセーターに黒のコットンパンツという、リラクシング要素たっぷりの姿でカウチソファに腰を下ろしている。そこまではまだ許容範囲だ、むしろ普段のかっちりとした教皇補佐の服を身に纏う姿と比べてそのギャップがたまらないとさえカノンは思う。だがそんなギャップ萌えなどで片付けられないと、かつて神を誑かした男のこめかみが青筋を立てている原因は、浴衣や着物よりも綿がふんだんに詰め込まれたもこもことした広袖の和服、所謂どてらをサガが着用していることにあった。

石造りの宮は冷えるだろうからと、東洋で育った女神によって十二宮の住民達に賜られた、着る毛布、カーディガン、ひざ掛けや乾布摩擦用の布などの数々の防寒具。その中からよりによってこの双子の兄は、藍色の生地に幾分派手な縞模様が描かれたそれを選んでしまった。たしかに一見しても温かさが伝わってくる造りであるしどちらかというと体温が低い兄のことを考えれば温かい格好をさせることに何の遜色もない。
だが、百歩譲って自分が着るならまだしも、神の如くと言われたこの優美な雰囲気を纏う兄には、独特の形をしたこの防寒具は致命的に似合っていない。俺の天使がどてらに着られていると、初めて目にしたカノンは本気で頭を抱え込んだ。しかし嘆いているだけでは何も変わりはしない。この弟が迅速に取った行動は、一刻も早く兄に相応しい格好で暖を取らせるための、見た目と温かさを重視した防寒具を追求し用意することだったのである。
生憎と女神から賜った防寒具の中にカノンの眼鏡に叶う物はなかったため、自腹を切ることになったのだがそんなことはどうだってよかった。己の目で見て手で触れて、双子の兄の身も心も温めることが出来る物を自らの足で探し求めたカノンが見つけた奇跡の珠玉、それが先述のシルク素材の着る毛布であった。高価な価格に見合った抜群の肌触りに、普段サガが身に付けている法衣に似たタイプのゆったりとした足まですっぽりと覆い尽くすデザイン、前から羽織る物なので着脱も楽な上、ガウンベルトもついており腰の部分で結べば足を引っ掛けることもない、非の打ちどころのない逸品である。余談ではあるが足元を完全に温めるタイプのマーメイド型の着る毛布なるものもあり、物凄くカノンの心は揺れ動いたが、どうにかその誘惑は振り切ることに成功した。
そんな訳でカノンは選びに選び抜いたその極上品を兄に献上しようとしたのだが、すでにどてらの心地よさの虜になってしまっているサガは首を縦に振ろうとはしない。しかしカノンも一度や二度断られたところで引き下がりはしなかった。安くない出費の元を取らせたいと言った理由などでは断じてない。自分の選んだ毛布を着て、温かさに蕩けきるくらいの幸福そうなサガの顔を見たいというささやかながらも純粋な想いと、あわよくばそれを脱がせたい、できれば着たまま致したいというほんの少し(カノン比)の邪な下心がかかっているため後には引けず、ここしばらくは膠着状態が続いていた。だが、そんなに温かいのならそれはお前が着なさいとピンとのズレた気遣いをされたがため、ついにこの夜カノンがキレたというのが冒頭に至るまでの経緯である。

「…どうしてそう、私とどてらを引き離したがるのだ…」
一方的な言い合いの果てにすっかりと湯気が減った湯呑をリビングテーブルの上に下ろし、空いた両手がギュッとどてらの襟をつかむ。そんなサガの様子に、あざとい俺の兄さんマジあざといと脳内で叫ぶのと同時、どてらの分際で俺の天使を誑かしやがってというふつふつとした怒りも胸の中に沸き立たせながら、カノンは、ぐ、と臍を噛む。
どうしてと言われても、お前に似合わないからの一言に尽きる。神が手掛けた芸術品と言われるのは伊達ではない美貌と気品を持つ兄は、この聖域においてもカノンにとっても宝である。だからこそそれにふさわしい格好をさせたいと思うのは、家族であれ恋人であれ当然のことだとカノンは考える。
それを『寒いから嫌だ』の一点張りでどてらを脱ごうとしない兄の頑固さには恐れ入る。しかし、この冬の間、下手に妥協すれば似合わない兄のどてら姿を見続けながら悶々とした冬を越す羽目になるのは断じてゴメンだが、余すところなく上記の本心を馬鹿正直にいうのは憚られる。その裏に下心があるとならば尚更だった。
「…どうしても駄目か…?」
なのでカノンは最終手段に訴えることにした。出来ることならばこの手は使いたくなかったが、身も心も視覚もぬくぬく気分で冬を乗り越えるためだと『双子の弟の俺の願いを断る気か?』フェイスとオーラをカノンは発動する。これは、スニオン牢に閉じ込められた時のような必死さは必要としない。第一そんなものは悲しいことに兄に通じないのはすでに判っている。なので、ここは思いっきり自分の弟属性を発揮して、サガの兄属性及び年長者気質に訴える手段に打って出ることにした。
「ダメだ」
「っ…!」
しかしそんなカノンの最終奥義は10秒も持たず呆気なく打ち破られた。打ち破った当の本人は、出がらし寸前だった緑茶をすすり終え、テーブルの上に置かれている籠の中のみかん-こちらも女神から差し入れられた物-を丁寧に剥き出す始末である。
「どうにもその作りは教皇補佐の法衣を着ている気分になってな…」
お前の気持ちは嬉しいのだがと呟きながら、今しがた剥き終えたみかんを一房取ってカノンの口元に押し付けるのは、折角購入してくれた弟の願いを無下にしてしまった罪悪感だからだろう。罰の悪そうに視線を逸らすサガを眺めながら、取り敢えずはとカノンは受け入れたみかんをもぐもぐと咀嚼する。
「知っている。だがこれは、法衣とは違う」
「…むー…」
丁寧に白い筋をを取ったみかんを自らの口に放り込みもくもくと咀嚼しながらサガは、カノンの手にあるシルクの着る毛布をじっ…と、見やる。
「確かに法衣とは違って温かいのかもしれないが、どうにも執務も連想してしまってな」
再びみかんを一房ちぎって口に運びながらサガは目線でカノンに隣に座れと訴えかける。テーブルを挟んで向かい合う形ではみかんは食べさせづらいのかと考え、話し合いは一時中断とみたカノンは、すとんとサガの隣に腰を下ろした。
「せめて自宮(うち)では、執務よりもお前のことを考えていたいのだ」
「ごはっ!」
もう一房サガによって口の中に放り込まれたみかんは、他ならぬサガの一言によって光速で吹き出される羽目になった。
「大丈夫か? 良く噛んで飲み込まないからだぞ」
隣で盛大にむせている弟を、器官にみかんが詰まったのかと解釈したサガは、さすさすとその背中を撫でてやるが、無論そんなことでカノンの状態は回復しない。
「おま、え…それは…!」
「?」
せき込みすぎて涙すら浮かべている己を心配そうに見やるサガのきょとんとした表情に、顔がじわじわと熱くなる。その熱は咳込みすぎたからだというのでは断じてない。
「ああ、だから悪いけれど、防寒以外の理由もあって私はどてらが良いのだ。…お前の気持ちを無下にするようで本当に申し訳ないのだが…」
言葉通りにすまなさそうな顔でこちらを見るサガの隣で、赤みを増していく顔を片手で覆いながらカノンは俯いた。

この兄は、本当に、何と言おうか…。
あざとい、いや、ずるい。
神すらも誑かしたと自称もし他称もされてきた自分だが、今日限りでそれは返上しなければなるまい。
だって、この無自覚な双子の兄に対して良いように誑かされている真っ最中なのだから。

「…それならば、仕方ない」
「!判ってくれたかカノン」
「ああ、もう本当痛いほどに」
「?大げさな奴だな」
どうにか赤面状態から脱したカノンがゆっくりと顔を上げ、きょとんとしているサガの身体を正面に向かせ、その肩にぐ、と手を置いた。
そんな理由を持ち出されてしまえばこちらは妥協するしかない、本当に性質が悪い兄だが、如何せん惚れてしまった弱みという奴だ。
折角選び抜いたシルクの着る毛布は返品が効かないため、本当に不本意だが自分用にしてしまおうと割り切ろうとしていたカノンだが、その思考を読んだかのように、サガの視線は弟の傍らに置かれている件の毛布に向けられる。
「ああでも…お前が折角選んでくれたその毛布…ここでは着ないが教皇宮に持って行ってはダメか?」
泊まりがけになった時に、お前がいない分温めてくれそうだから、と、了承の言葉を吐く前に、続けて投下されたらサガの必殺の一言に、ついにカノンの諸々の限界は無残にも砕け散った。
「ど、どうしたのだ!? まさか風邪か!?」
顔の熱量が一気に上がった弟を見て、サガの表情は一転して心配そうなそれに代わるが、今のカノンにしてみれば可愛さ余ってなんとやら、である。
「違う! もう本当に何なんだお前は!!」
「何だその言い草は!」
更に表情が変わり目を剥いて怒るサガの身体をカノンは力任せのままソファの上に押し倒す。その弟の行動に、え、ちょっと待て、と慌てふためくサガの身体から、カノンは遠慮なくどてらを脱がしていく。
「もう辛抱ならん。お前はどれだけ俺を翻弄すれば気が済むのだ」
「翻弄なぞしておらん!そもそもお前が私にどてらを着るなと言うから」
「ああ、そうだな。だから今からどてらなんぞ着なくても温まるようなことをしようと言うのだ」
「だからなぜそうな、…んっ」
これ以上、この性質の悪い小悪魔に振り回されてなるものかと、無自覚故に罪な言葉を紡ぐ唇を塞ぎにかかる。
「ふ、ぁ、んぅ」
最初に目論んでいた兄からどてらを引き離すことに成功したが、その代わりに自分が選んだシルクの着る毛布を着せる選択肢など今のカノンには勿論、ない。

この寒がりで無自覚に人の熱を煽ることに長けている兄を真の意味で温めることが出来るのは、後にも先にも自分だけだという想いを新たにしながら、顔から全身に回り始めた熱を兄と分かち合うために、カノンは着ている衣服をばさりと脱ぎ捨てた。





2017年10月14日の双子座ワンドロ&ワンライのお題「衣替え」をテーマにしたカノサガでした! 相変わらず時期遅れの投稿で申し訳なさ倍増ですが(^_^;) ・リラックスモードのサガの私服+どてらを着せて緑茶を飲ませたかった。 ・サガがカノンにみかんをあーんとさせたかった。 ・着る毛布よりもどてらが好きな理由をサガに言わせたかった。 全部詰め込んだら色々とカノンが振り回される内容になりましたw でもこの双子、どてらもスタイリッシュに着こなしそうな気がします。 (2017/10/27)

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