ちいさな双つの人形劇(夜音様のイラストから)
とっぷりと日が暮れ、時計の針はもうじき重なり合う刻の、双児宮の居住区内の薄暗いリビングにて。
二人揃って座っても余裕のあるアイボリーのカバーがかけられたカウチソファに座るサガは、その両手に小さな人形を握りしめていた。
共に暮らす双子の弟のカノンの姿を模したその人形は、その服装も彼と同じ水色の修練服に手首にはバンテージ代わりのリボンが巻かれている。
「…情けないな、私は」
無邪気でにこやかな笑みを浮かべているカノンの人形とは正反対の、自嘲を含んだ笑みを浮かべながら独りごちたサガは、かち、こち、かちと無機質に時を刻む針の音を聞きながら、ただひたすら手に持つその人形を見つめていた。

一週間前から海界に仕事へ出かけたカノンから帰還予定だった今日には帰ってこられないと連絡が入ったのは三時間前の事だった。突如の事態はどうにか収束できたが念のためしばらく様子見をしなければならないから先に休んでいて欲しいと、他の海将軍に聞かれれば示しがつかない覇気のない声の弟に、何を情けない声を出している、しっかり勤めを果たして戻って来いと発破をかけたのに、言った本人がこんなに落ち込んでいるのでは世話がないなと、サガは悲しげに笑う。
片や教皇補佐と双子座聖闘士、片や海将軍筆頭と黄金聖闘士。自分の影としてでしか存在を許されなかった弟が、海界と聖域を繋ぐパイプ役として忙しくも生き生きと奔走している姿は、身体を壊さないかという心配はすれどとても嬉しく思っている。その分、お互い忙しくて重なる休みは殆どなくとも、共に生きていける日々が続くことが何よりもかけがえのないものだと思うからこそ、一緒に居られる時間を蘇ってから何よりも大切にしていた。その時間は、双子の兄弟としてのそれから形を変えた今現在の関係になってから、より一層得難いものになっている。
一週間ぶりにカノンに会えると自分でも抑えきれないほど浮かれ立ち、海界での仕事を労う意味で明日の朝食は少し豪華な物にしようかと仕事の合間を縫って買い出しに行ったり献立を考えていた気持ちはたちまち萎んでしまった。
「…」
すらりとした長い指先に包んだままのカノンの人形をそっと持ち上げる。いつかの誕生日に十二宮の仲間たちから沢山貰った贈り物の中の一つ、心優しい黄金の野牛が初めて作ったと言っていた自分達の人形。平素の定位置はリビングに置いてあるチェストの上であり、翌年に双子の弟は彼らに合わせたサイズのベンチを拵えていたのをふと思い出す。その周りには、ドライフラワーに加工されたアイオリアからの贈り物である花冠やアフロディーテの薔薇、ミロから贈られた12枚より更に枚数が増えた絵画、シュラの手作りのしおりが2枚挟まっている、貰った頃よりも読み込まれたアイオロスからの星の本、カミュからのスノードームといった、年々仲間たちから贈られてくるプレゼントが飾られていて、いつしかこの双つ揃えの人形は、それらを守護する番人の役目を果たしている。
しかしこうしてどちらかが遠征や泊まり込みなどで長らく宮を開ける時、サガがカノンの、カノンがサガの人形を持っていく。それはどこに居ても互いの存在を感じられるようにという意味と、この人形をかつての自分達のように永く離れ離れになどさせない、元の場所へと帰すために必ず無事に戻ってくるという御守としての役割を果たす意味が含まれていた。
じ、と薄暗い中でもう一人のカノンといっても過言ではない人形を眺めながらサガは、精一杯務めを果たしているであろう弟を想う。たまたま、今日、帰ってこられなくなったぐらいでこんなにも寂しさを感じるなどどうかしている。もっともっと長い間自分達は別たれていたのだ。その時に比べればどうということなどない。何よりも、すれ違い、道を違え、闇に、野心に捉われたあの頃とはもう違うのだ。カノンはきちんと戻ってくる。自分を模した人形と共に。
そう、頭の中では判っているつもりでも、それでも寂しさを拭い去れない自分を、心なしかカノンの人形も心配そうな顔で見つめているように思えた。
「…馬鹿者め」
そんな顔をするなら早く戻って来てほしいと願いながら、サガはそっと弟の人形を持ち上げて小さく口づけを落とす。そしてそのまま口元に宛がったまま、少しでも早く無事にカノンが戻ってくるようにと祈りを捧ぐために目を閉じた。


息を切らせた状態のカノンが双児宮の居住区に戻って来たのは、聖域の白亜の建物が陽に照らされ始める少し前の刻だった。どうにかこうにかで目途が付き、その足で帰ろうとするカノンにせめて休んでいってほしいという海将軍の申し出を辞退して、海界から光速で戻って来たカノンが目にしたのは、ソファに横たわり自分の人形を包み込んだまま眠る、一刻も早く会いたかった愛しい兄の姿だった。
「…ただいま」
軽く居住まいを正し、寝息を立てている兄を起こさないようにそっと近づいて、その前に立つ。いつも自分の隣で眠る表情とは違う寂しそうな寝顔は、気丈な言葉とは裏腹にどれだけ心配をさせてしまったかと胸を痛ませるには十分すぎるものだった。
「遅くなってゴメンな、サガ」
小声でそっと囁きかけながら、眉間の間に触れるだけのキスを落とす。目を覚ますことなく無防備に眠り続ける兄に、自分がいないこの一週間またぞろ無理ばかりしていたんじゃなかろうなという訝るカノンの目の前で、待ち望んだ気配を覚ったのか、たちまちサガの顔は安らぎのそれへと変わっていく。
「っ…」
まるで花が綻ぶようなその表情にこみあげてくる想い。このままサガが息苦しさに目を覚ますほど、強く抱きしめたい。そう思って手を伸ばそうとしたカノンの目に飛び込んできたのは、安らかに眠るサガの横に身を挺して守るようにそばにいる、自分を模した人形だった。
「…そっか、お前がサガを守ってくれてたんだっけな」
そう一人ごちながら、カノンもまた私服の胸元から兄の姿を模した人形を取り出す。海界から空間転移をしないで高速で駆け抜けてきたのは、万が一次元の狭間に彼を落とすリスクを考えてのことだった。自分達のように永いこと戻れないことがあってはならないと、今度こそこの命が尽きるまでサガと共にありたいと願うカノンもまた、文字通りこの小さな兄を肌身離さず大事に側に置き、任務を遂行していたのだ。
「ありがとな、俺と…サガを守ってくれて」
取り出したサガの人形を自分の人形の側に持っていき、そっと唇同士を触れ合わさせる。その瞬間、心なしか小さな自分もまた嬉しそうな顔をしたように見えたのは気のせいだろうか。
「ん…」
小さく身じろいだサガにカノンはそのまま持っていた兄の人形を自分の人形の隣へ寄り添わせる。寂しい思いをさせてしまったのは小さな自分達も同じで、まずやるべきことは彼らの距離を埋めること、そしてサガの安眠を損なわせないことだと判断したカノンは、そっと近くに常備してあるテンダーブルーのスローケットをかけてその場を後にした。

とりあえず軽くシャワーを浴びた後、寂しい思いをさせてしまった埋め合わせのために心を込めた朝食を作ろう。ありあわせの物であっても出来るだけ豪華な物を。
そしてその後、たっぷりと自分もこの数日間ですり減った部分を、兄から充足させて貰おう。

陽が登るまであと少し。小さな双つの人形がいつも通り寄り添いながら贈り物の番人へと戻り、サガが微睡みから目を醒まし、カノンからの穏やかで温かな愛情に包まれ、それを返し与える幸福な一日の始まりはすぐそこまでやってきていた。




このお話は、想うままにの夜音様が描かれた、十二宮制覇【双子座編】(双子座誕)に出てくる双子人形にとにかく萌えたことが全ての始まりでした。
「このお互いの人形を、交換して肌身離さず持っていたら可愛い!」「普段はリビングに飾ってある人形を幸せそうに眺めるサガの横顔を見てカノンもほんわかしてたら尚よし!」といった私の自重しない妄想に、夜音様が更にスパイスを効かせてくれて、いつかカノサガとこの双子人形のお話を書きたいと密かに願っておりました。
それが今回、こちらのイラストの掲載許可を頂けたので、ずっと温めていたこのネタを形にしても良いですかとお伺いしたところ、こちらもいいよと快くご許可いただけたので、形にさせていただきました。本当にどうもありがとうございました!
(2018/01/03)

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