最初の桜を見つけた日、うるさい鼓動を抑えながら「君からキスして」



「サガ…」
熱っぽく囁きかけられながら、すっとサガの頬にカノンの手が宛がわれる。
「…ん」
カノンの手の熱さと低音のカノンの声に、言わんとしていることが判っていても、そこから先へ進むことを躊躇っているサガの頬に触れていた弟の指が、不意に髪に差し入れられた。
「っ…」
そのまま手触りを楽しむように動いていた指先が焦れたように奥まで入り込み、後頭部に到達しようとする所で、サガは限界を訴えかける。
「すまない、カノン…」
今日も勇気を持てずに、カノンの望みを叶えることが出来なかったとサガが小さく俯いた。

「判っているさ。双子の兄弟としての俺らの関係は良好にはなったが、それとは勝手が違うと小難しく考えるのはお前の性分だ、仕方あるまい」
後頭部へこちらへ引き寄せようとしていた手が引き抜かれ、その変わりだと言わんばかりに、わしわしと多少乱暴に髪を撫でられる。これくらいはせめて許せと笑いかけてくるその手つきから、恋人になってからもうじき二か月ばかりが経過するが、一向に進展できない自分をどんなに弟が慈しんでくれているかがストレートに伝わってきた。

今度こそお前を大切にしたい。
もう二度と手離すものか。

言葉でも行動でもそう示してくれる他ならぬカノンだからこそ、切望されるまでもなくこんなにもお前を愛しているのだという気持ちを伝えるための口付けを贈りたいのに、いつもこの身は竦んでばかりいる。
小難しく考えている訳ではない、ただ単に自分に勇気が足りないだけなのに、この弟はそんな自分が気に病むことが無いようにと、いつも心を掬い上げてくれている。
だからこそ自分が不甲斐なくて仕方がないと言わんばかりにますます沈んだ顔を隠せなくなってしまったサガに、カノンはそうだな…と苦笑しながら、顎に手をやり思案するポーズを取った。
「このままお前のペースに合わせても良いが、俺とてそんなに我慢強いわけではない。だからせめて、今年最初のアーモンドの花が咲いた日に、真にお前からの心が籠った口付けが欲しい」
おどけながらカノンが提案してきた期限は、雪の舞い散る今の季節からすれば随分先のことだ。不甲斐なくて本当にすまないと言葉を紡ごうとしたサガに、今はこれで満足しているから謝るなと上向かされ、改めて弟からの口付けが贈られる。そんな双子の片割れであり恋人にサガは、その背中におずおずと、だが申し訳なさ以上の愛しさを込めて手を回し、そのままギュッと抱きしめた。


「カノン…」
真白の雪の華が鈍色の空から舞い散る季節が過ぎ、澄み渡った青の空の下で桜に似た白い花が咲く頃、煩く高鳴る鼓動を押さえながら、サガはするりとカノンの頬に手を宛がう。
自らの手を重ねて優しく柔らかく笑うカノンに、今日までに積み重なっていた愛おしさが、柔らかく吹き付ける風に舞い散る花弁のように更に音もなく降り積もっていくのを感じてサガは微笑んだ。
(ああ…)
ここまで辛抱強く待っていてくれたカノンに対して、感じすぎていた愛しさが今にも溢れ出そうになっている。この想いを少しでも早く伝えたいと思う一方で、これ以上にないほど鼓動が高鳴り、上手く言葉が出てきそうにない。

幸福
慈しみ
憧憬
羨望
労り

次から次へ湧いてくる今日までに覚えたカノンに対しての気持ちを、これ以上言葉で言い表すことも封じ込めることも出来ないと、サガはカノンの首に腕を回し、ありったけの想いを乗せた口付けを、恋人の唇に初めて自分から贈り届けた。
「ん…」
弟がいつも与えてくれるようなスマートなものではないのは自覚していたが、それでもカノンはサガの不器用で純粋な口付けを待ちわびていたと言わんばかりに、その身体を更に抱き寄せにかかる。

「愛してる、カノン…」

唇を離して春の緑を介する瞳に、生涯かけて大切にしたいと想える愛しい者を映す。先ほど以上に高鳴る鼓動が煩くて、上手く表情が取り繕えていないのを自覚しているが、ずっと待たせてしまったにも関わらずそれでも真摯に待ち続けてくれた弟を出来る限り見つめていたかった。

「俺も愛してる、昔も今もこれからもずっと」

柔らかな陽の元で舞い踊る白い花びらの中、柔らかく笑いながら紡がれたカノンの言葉に一瞬息が詰まる。しかし次の瞬間、ぶわり、体温が上昇するのを感じ、もう堪えきれないと言わんばかりにサガはぼふんと弟の胸の中に顔を埋めてしまっていた。
そんな兄の様子にカノン小さく苦笑いを浮かべながら、抱きしめた腕に力を込める。平素は何でもそつなくこなす兄の臆病な部分をたまらなく可愛く感じていたが、自分のために勇気を出して一歩踏み出した健気さにまた更なる愛おしさが募っていく。
「な、サガ…顔をあげてくれないか?」
「…すまん、もう、少し…」
消え入りそうな声でそう返答するサガに、しようがない兄だと少しばかり苦味を濃くした笑みのまま、周りを舞うアーモンドの白い花びらのような柔らかく羽のような口づけを、そのつむじにそっと贈る。
「サガ…もういいか?」
優しい手つきだがやんわりと顔を上げるように促されたサガは、おずおずと顔を上げていく。
「っ、」
その瞬間を逃さずに降ってきた額への口付けにまた顔を埋めそうになるが、そうはいかないと言わんばかりに頬に触れてきたカノンの熱い手によって阻まれた。
その熱さが他でもない自分へ向けられたカノンの愛情であることを、双子故の勘から頭ではなく心で理解したサガは、自分の手を重ね合せてそれを取り、掌へゆっくりと唇を落とす。

「すま、ない…これ以上は、その…」
──…さっきので精いっぱいだ…

そう言いながら再び俯いて、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ兄は、やはりどうしようもなく可愛くて仕方がない。

「いい、ここまで待ったのだ。後は気長に付き合うさ」
笑いながら言葉を返して己に対し、顔を火照らせたまま申し訳なさそうな顔をするサガに、カノンは冬の初めの頃と同じように顎に手をやり思案するポーズを取った。
「この白いアーモンドの花が散って実が成る頃には、今日よりも一回多くサガからキスをしてほしい」
思わず俯かせた顔を勢いよく上げたサガの春の緑を宿す瞳に映るのは、先ほど以上に蕩けてしまいそうな笑みを浮かべるカノンの姿だった。

ああ本当に…。
彼は、どれだけ自分を甘やかせば気が済むのだろう…。

「一回だなんて見くびられたものだな。お前が音を上げるほどの口付けを贈るから覚悟しておけ」
照れ隠しに吐いたのは我ながら可愛げのない言葉だったが、それすらもカノンにはお見通しなのだろう。
「ふふ、言ってみるものだな。お前と共に過ごす楽しみがまた増えた」
改めて頬に手を宛がわれ、目線を合わせられる。

生まれる前から共にいた、この半身が大切で仕方がなかった。
彼が背負う色んなしがらみを支えてやりたかったのに、それを渡そうとしない片割れに段々苛立ちが募り、真に想い合っていたはずの感情は徐々に捻じれていき、ついには道を違えてしまった。
永い夜は微かな曙の兆しを見せてはいたが、そうする前に生を終えてしまった二人だが、その心に微塵の悔いもなかった。
だが、女神の慈悲により再び共に居られることを許された今、互いにもう二度と手放さないと固く誓いあった。
その決意が肉親の親愛の情に上乗せされた関係へと導き、こうして今、新たな愛おしさに結ばれていく。

「私も…」
「ん?」
「私も、お前と共に居て…たまらなく幸福だ」
噛み締めるように紡いだ言葉に小さく見開かれた海の緑の介する瞳。そこに映るサガの表情は、その言葉が上辺だけのものではないことを如実に物語っている。
たまらなくなって何度目かの口付けを贈るためにゆっくりと近づいて来るカノンへの想いがまた募るのを感じながら、サガは実が成るまでではなく、せめて遅咲きのピンクの花が咲くまでの間に少しでも多くこの半身から贈られた想いを返そうと決意しながら、白い花びらがくっついている弟の僅かに固い髪に指を絡ませながら、両手を首の後ろに回していったのだった。



BGM:ペダルハート

例のごとく診断ツールから出てきたお題にあまりに萌えすぎて、書き殴ったカノサガです。元ネタはこちら
本当はこれ、SS名刺メーカーでアップするはずだったのですが、色んなデザインがあって全部使いたいって言うのと、文字数や行数を考慮しなきゃならないという部分で思っていた以上に時間がかかったので、結局文章にしてアップしちゃいました(*ゝω・)b
一応SS名刺バージョンも作ったのでせっかくなのであげています。宜しければご覧ください。こちらからどうぞー。


(2018/01/03)




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