お前以外じゃ到底だめだ
「お前は私が双子の兄だから懸想しているのか?」
「相変わらず唐突におかしなことを聞く」
聡明なはずだが変なところで純粋な兄は、こうして時々突拍子もないことをカノンに訊ねてくる。さて、今度の話の出所はどこなのかと思案しながら、じっとこちらを見据えてくる兄の視線をカノンは流すことなく、海の緑を介する眼で真っ直ぐに受け止める。
「正直、考えたこともないな」
「ならば今考えてみろ」
「相変わらずの無茶ぶりをありがとう兄さん」
そう言って考えては見たものの、やはりカノンとしてはピンとこない。
共に生まれ、途中まで育ち、光と影に別たれ、そしてそのまま潰える道を辿ってきた。今こうして蘇った命だが、もしもそれを蘇らせたのが慈悲深い女神ではなく、もっと未熟だったり残酷な神だったりしたのなら、どちらか一方かはたまた両方の記憶が欠け落ちて生命を与えられていた可能性は高い。だが、二人は傍から見れば正に鏡像も同然だ。
本人達が記憶を取り戻さずに例えばそのまま恋心を持ったとしても、至極当然のことではあるが周囲がそうさせてはくれまい。なのでカノンにとってはサガはどこまでも双子の片割れであり、そしてその上で愛しさを持てる唯一無二の存在なのだ。
「…残念ながら、そもそも今更他人であるお前など想像すらつかん。なので答えようがない」
「そうか…」
本当に何を誰にどう吹き込まれたのだろうか。少し残念そうに顔を俯かせたサガをカノンはじっと見つめる。
この美しい兄の曇った表情は別の色気があってまだ許せるが、その清らかな心にかすり傷程度とは言え憂いを帯びさせるなどあっていいことではないと考えた、カノンの手がそっと伸ばされ、ふわりと柔らかな色合いと感触の金の髪に触れた。
「ただこれだけは言える。お前が双子の兄で良かった」
指の隙間から滑り落ちる絹糸のような手触りが心地いい。撫で付けていく手の動きに合わせたかのように顔を上げていく兄の、小さく見開かれた春の緑を介する瞳を優しく見据えながらカノンは言葉を紡いでいく。
「サガという存在だから、俺は放っておけなかった。やり方は間違えてしまったが、思い詰めてしまっていたお前を少しでも解放してやりたかったのだ」
「カノン…」
「お前が双子座の聖闘士だから、俺はその意思を引き継いだ」
そのまま後頭部に手を回し、己の肩口にグッと抱き寄せて、微かに離れている距離を惜しむように密着させる。
「こうして共に居てやり直すことができたのも、そこに新たな関係を付随することができたのも、お前と俺が他人ではなく双子だからに他ならない」
間近で感じるサガの体温、匂い、そして重み。
前言撤回する。この愛しい半身が他人だったらなどと思うだけでも嫌だ。

「”サガ”以外の双子の兄に懸想する趣味はない」

――…俺は、お前だから、惚れたのだ。

一句一言、噛み締めるように不安を感じさせてしまった兄の耳に送り届けると、腕の中の身体が小さくピクリと跳ね上がる。
「愛している、サガ…兄さん」
そしてそのまま頬にキスを落とすと、唇を伝ってくる熱は例えようもないほど熱かった。
「…なあ、顔見せて」
少し体を離して、すっかりと俯いてしまった兄の両頬を包み込めば、バツが悪いのか予想以上の答えを返され気恥ずかしいのか、恐らくその両方であるサガが小さく頭を振り、今は駄目だもう少しだけ待てとの言葉に思わずカノンは噴き出した。
「ああ、いいさ」
ただ少し離れていて欲しいと暗に言われているように、己の胸に置かれた両手はいただけないと感じたカノンがその片手を取って、戯れに手の甲に落とした口付けのせいで、照れ隠しに振り払われた手が顎を直撃した挙句、大人しく待てないのかこの愚弟!とぷんすか怒りながらサガは部屋へ引き上げてしまい、イチャイチャできるチャンスを逃してしまったカノンが、やはり要らないことを兄に吹きこんだ輩を探し出して吊し上げてやると決意した結果、隣の宮の住民が異次元に飲み込まれる事態となったのは翌日のことだった。
 





最大の被害者は蟹さん。
某やる夫のDQ5作品に出てくる名迷言である「幼女だから惚れたのではない!惚れた女が幼女だったのだ」からの、ベネット老人役での海原先生の至高すぎる名言がこの話の元ネタだったりします\(^0^)/詳しくは”DQ5 二周目”もしくは”DQ 塔の人”でググることをおすすめします。
何でサガがこんなことを聞きだしたのかは、隣の蟹さんから吹き込まれたというのまでは考えているのですが、詳細が思い浮かばない(´`)ずばりこのやる夫作品を見せてそんなニュアンスのことを言ったのかというのが今のところの最有力候補です。ぽっと出の双子の弟に構いっきりのサガに対してほんの少し面白くないなと感じていてうっかり口が滑ったみたいな感じのほんのりデス→サガでお願いしますw
(2018/02/07)

ブラウザバックでお戻りください。