女神と海神と冥王の条約が結ばれて、全ては治まるべきところに治まった。 しかしそれは大まかな目で見た世界の話。小さな世界で生きる人間同士の新たな歪の生じまでは防ぐことは、いかな神とて出来はしない。 そう、出来はしないから、俺はこの道を選択する。 「待て!」 清々しい青空と鳥のさえずりは、平素の此奴であるならば身に纏う聖衣も相まって、さぞかし似合うだろうし、ますます周囲の人々からはあがめられるだろう。だが、そんな穏やかな景色とは似つかない表情で、奴は…、俺の双子の兄は、双児宮(ここ)から出ようとする俺を引き留めにかかる。 必死さが滲む自分と決して同じではないその声に、俺はピタリと足を止める。どうせ、これが最後になる。双子の兄弟としてのやり取りは。 「何故だカノン、何故ここを出ていくと…」 何故だと?それをお前が聞くのか? 13年前、あのまま俺が何も言わなければやり過ごせていたはずの”子”を孕ませた挙句に産み落とさせ、破滅を迎えさせたこの愚かなる弟に。 一度だけと決めて振り返り、その顔を見てしまったのは間違えようもない未練。瓜二つだと言われてきたサガの表情は痛々しげに歪められ、今にも泣き出しそうなそれで。 「っ…、もう、決めたことだ」 出来るだけにべもなく吐き捨てるように答えた後、今度こそこの兄に対する未練を断ち切るように歩みを進めようとした、が。 神の化身と謳われた所作をかなぐり捨てて駆け寄ってくるサガの手が俺の腕を引っ張った瞬間。ぞわりとした、感覚が全身に駆け巡っていく。 ――…その手を取れ。 ――…そしてそのまま組み敷いてしまえ。 ――…お前は欲しくて欲しくてたまらないのだ。この愚かな”母”を ――…お前を幽閉したこの忌々しい”光”を ――…だから今度はお前だ。 ――…お前が”我”を孕む番だ。 ――…その清廉潔白な身をお前の薄汚い欲望で穢して今度こそ引き摺り下ろせばいい 「っ、くどいぞサガ」 わんわんと鳴り響く、俺の頭に、否、心に巣食う黒い澱みのようなそれ。 俺の腕を掴み挙げる、手入れのされている滑らかな手を振り払っても、ますます内なる声は酷くなる。 それは恐らく13年間サガが聴いていたものよりも、もっと性質の悪いそれだというのは、蘇ってから今日まで共に暮らしてきた中で、嫌という程思い知らされた。 やり直したいと、確かに思った。 数多くの命を犠牲にした、大罪人である俺とお前なら、誰よりも判り合える。支え合って生きていこうと、そう確かに誓った、はずなのに。 側にいればいるほど、一点の沁みのように張り付いた澱みは消えることなく大きくなっていき、思い知らされる。 言葉も行動も違えてサガを壊して破滅に追い込んだ俺が。13年前より前から、捻じれた邪恋を抱えている俺が。懸命にその身を削り、聖域のために償う兄の隣にのうのうと居座って、今更、麗しく仲睦まじい”兄弟愛”を育んで行けるのか、否。 「行かせぬ!」 振り払ったはずのその手が再び、ぎり、と俺の腕を掴んでくる。すまなかった、ちょっとした冗談だとその手を取って言えたならどんなに良いだろうか。だが、それは、決してしてはならぬことだ。 「…っ、そうやって、またお前は俺をねじ伏せるのか」 「っ」 心にもないことを口にして心が痛んだのは俺とて同じだった。そしてそのことに対して、自分以上に負い目を感じ、だからこそ大切にしてくれていたサガが一瞬怯んだ隙を逃さず、無心となった俺はみぞおちに容赦のない一撃を入れる。 「ぐ、ぁっ」 あの頃のサガならば易々とかわせていたはずの俺の拳。だがそれを真正面から喰らい昏倒した。 その事実が何を示すのか、それが判っただけ十分だ。そして改めてお前の側にいられない真実を突き付けられる。 「恨んでくれて、罵ってくれて構わない」 俺は、今度こそお前を大事にしたいから。 「俺は影。影ならばそれ相応に動くことができる」 双子座だけの影から聖域全体の影に立場を変える。罪もない数多の命を消した償いとして、更に消えることのない穢れをその身に浴びる役割を選んだ。女神は最後まで反対していたが、これも必要な役割なのだと、シオンとアイオロスの弁を借り受けてどうにか納得してもらえたのはつい先ほどのことだ。サガには自分から伝えると三人に言い含めたが、結局はこのザマだ。 「お前は、俺が焦がれた高貴な双子座でいろ」 ――…臆病者の偽善者が じくじくと痛む内側から、吐き捨てるような声が聞こえてくる。本当のことだ。否定するつもりは毛頭ない。 誰よりも近くにいたからこそ気づけなかった宝の在処。それに気づいたのは壊した後。 「俺はもう、二度と過ちを繰り返すつもりはない」 だから、二度とお前に触れない。 頽れたままのサガの姿を目に焼き付けた後、俺はそのまま踵を返して歩みを進める。 この内なる声が聞こえなくなる頃には、俺を呼ぶサガの柔らかな声も響くことも届くこともないだろう。 そうだ、それでいい。 二度と俺を、許すな。 サガ。
診断系で出てきたナイスなお題より、『カノサガは ”いろんな後悔と言葉”さんの『「君の事が大切で 大好きで だからこそ 触れたら壊してしまうんじゃないかって そんな臆病な事を考えだしたら止まらなくて 触れられなくなったんだ」とゆっくりと眼を伏せ囁くような声で言いました。』から。当家のカノンは蘇り後は元より13年前でも、サガと離れて暮らすことは考えられなかった人だと思っているのですが、そんなカノンがもしもサガに触れられないとなる状況ってどんなのかなーと考えたらこうなりました\(^0^)/ 攻めキャラは、強く格好良く潔いものだという信条を持っている私ですが、たまにそれが崩れてしまうのも美味しいよねっていう話。 そしてエピ0でも黒サガの謎は今のところ明かされる気配がないので、自分設定の黒サガを曲げることなく使っていく次第であります(^ω^) (2018/02/07)
ブラウザバックでお戻りください。