ツインテールと兄さんの日・その3-①
「ん・・・」
少し冷たい風に頬を撫でられてゆるゆるとサガの目が開かれていく。
未だはっきり覚醒しない頭と視界の中、ここは一体どこだったろうと思い出そうとするが、その前に今しがた吹き付けた風の冷たさを軽々と上回る心地よい温もりが膝の上にあることにサガは気づく。
「え・・・?」
先ほどまで自分の髪を結い、背後に抱きしめられていたところまでは覚えてるが、その後のことを思い出せない辺り、眠ってしまったのだろう。だが、何故今度は弟が自分の膝の上に崩れる形で寝ているのか、その経緯にさっぱり心当たりのないサガは、しばし悩む。
「ん、んん、カノン」
暖かいとは言えど乾燥しやすい時期のため、喉の掠れを自覚したサガは、軽く叱咤するように小さく咳払いをして弟に声を掛ける。しかし彼は目を覚ましそうにもない。
「起きなさい。風邪を引く」
今度は声をかけながらその肩を柔らかく揺り動かすが、起きるどころかその弟は、むずがるような声を上げて、がしりとサガの腰に両腕を回しにかかってしまう。
「こらっ、カノン」
腕を解くよりも頭を膝から引きはがすことで覚醒を促すものの、揺りかごから出たくないと訴える猫のように、爪をたてるかわりにますますしがみつかれ、サガはやれやれとため息を吐いた。こうなってまえばテコでも起きないことは十分すぎるほど理解している。寝台の上ですっぽりと抱きしめられ、途中で目が覚めた際に寝返りを打つのにどれだけ苦労していることか。そんなことを思い返しながら早々に起こすことに見切りをつけたサガは、自分の首元からストールを外して、己の腰にしがみつくカノンの肩にふわりとかけたその指で、カノンが結ってくれた髪を愛しげに撫でる。
鏡があればぜひ見てみたいと思ったが、あいにく膝の上には猫よりも甘えたな存在が支配しているため見ることは叶わない。だけども伝わってくる手触りから、弟がどんなにか大切にこの髪を結わえてくれたのか心に染み渡る。そんなカノンの髪を愛しさを込めて撫で付け始めたサガの手入れの行き届いた指に、不意にカノンの髪が絡まった。
「…」
ふとサガは思い立ち、弟の肩に置いていた手も動員して、せっせと細い三つ編みを編み始めた。弟ほど器用ではないが几帳面ゆえかそれなりに器用な指により、洗いざらしのはずなのに不思議と指通りのいいその髪は、着実に三つ編みが増えていく。同じ色であっても彼の髪は、稲穂畑や菜の花畑といった大地に確かに根付いて人々に恵みをもたらす金色(こんじき)を思い起こさせる。そんな生命力に満ちている弟は、蘇ってから過去の罪に蹲りがちな自分に手を差し伸べて、確実な実りを与えてくれる。
そんなカノンを眺めながら、唇に小さく笑みを乗せてそのペースを崩さず三つ編みをこしらえ続けるサガの脳裏に、この髪に似合う花は何だろうかという思いがこれまた不意に過った。
花言葉で考えるならペチュニアか向日葵だが、如何せんこの弟には可愛らしすぎるし、後者では彼の髪の輝きに本来の花の魅力失せてしまうと考える。ならば、妥当なところでシロツメクサだろうか。この際花言葉を脇に置いておくとして…といったことを考え込んでいたサガの手首を掴み、三つ編みの量産を阻んだのは、眠っているはずの弟の五指だった。
「寝ている間に随分と可愛らしいことをしてくれるではないか」
こちらも寝起き特有の掠れ声…ではない。そしてその口ぶりからだいぶ前から起きていたことを覚り、サガはやれやれと言ったように肩を竦める。
「ほんの少しの礼のつもりだったのだが、如何せん張り切り過ぎたようだ」
「全くお前は…」
片や豪奢な髪を二つに結わえた兄、片や細かな三つ編みを不規則な位置にこしらえた弟。互いが互いの姿を、それぞれ春と海を介する緑の瞳に映しながら、くすくすと笑いあう。
「お前は本当に加減というものを知らない。こんな頭を誰かに見られたらどうしてくれる」
そう言いながらカノンはサイドに作られた三つ編みを指先で摘まみあげる。
「それはこちらとて同じことだ。カノン」
そう穏やかに笑いながらサガもまた、結わえられた髪を先ほど以上の愛おしさを込めた手つきでそっと触れる。
そんなサガの指先に不意に落とされたのは、少しかさついた弟の唇だった。
「…もう少しだけ触らせてくれても良いものを」
性急な動きでその手を取って指先に啄むような口づけを繰り返す弟の真意を汲み取り、ほんの茶目っ気を出してそう言えば、判りやすいようにカノンはむくれた表情を作る。
「目の前に俺という者がありながら、俺以外のものにそんな表情を向けるお前を黙って見過ごせと?」
そう言いながらゆっくりと立ち上がると、先ほど自分がされていたようにそのままサガの頭をかき抱いた。
「他ならぬお前がしてくれたものだぞ? 愛しく思っても何の不都合がある?」
「それでも、だ」
これ以上自分から目を離すことは許さないと言わんばかりに、カノンの両の掌が少し冷えてきたサガの頬を包み込み、そのままぐっと顔を寄せる。
「ん…」
自分が施した髪型のせいで普段より可愛く見えてしまっている弟の姿だが、それでも与えられた口付けが平素よりも甘く熱く感じるのは、少しずつ冷えはじめている身体のせいだけではない。
「カ、ノン…」
いつもよりも見上げる位置が高くなったカノンから与えられる口付けはだんだんとサガの心に情欲の熱を灯しだしていく。何度も何度も角度を変えられてまずは表面上を貪られた挙句、唇を舌先で突かれて開かされた口内にゆるりと入り込んでくる熱い舌先にひくんと身体を震わせれば、不意に弟の顔が離れていってしまう。
「俺だけを見る気になったか?」
きっと物欲しそうな表情をしているであろう自分に、口角を微かに上げてこちらを見下ろすカノンの言に、一気に顔に熱が集まっていくのが判る。
「…っ、この馬鹿」
視線を逸らしながら、照れた表情を手元で隠したサガに、カノンもまたこれ以上の駆け引きは不要と言わんばかりに、ガーデニングチェアからその身体を軽々と抱え上げる。そしてサガもまた、寝室に行くまでは決して見てなどやらんというように、細い幾多の三つ編みが編まれたままの髪の毛ごと、カノンの首に腕を回してその顔を埋めにかかる。
そんな可愛らしい意地を張る兄が愛おしいという想いを新たにしながら、カノンは露わになっている耳元に唇を寄せて、小さくキスを落とし、真に、サガが自分だけを見てくれて、尚且つ冷えはじめた身体を温めることのできる場所へと歩みを進めていくのだった。


BGM:のどかな家並(DQ7サントラ)
ツインテと兄さんのお話その3…のパターンその①
DQ7の三大癒し曲(やすらぎの地、のどかな家並、憩いの街角)を聞きながら、幸福で平和な時間を謳歌する双子を考えると、このテーマだけでいくらでも書ける気がする不思議!
この話では、弟の髪を三つ編みにするおちゃめな兄さん自分のこしらえた髪型であっても俺がいる時は俺を見ていろという兄大好きな弟というテーマでお送りしました\(^0^)/
まだあと二つほど残っていますが、それもまた近いうちにアップいたします<(__)>

(2018/02/18)

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