兄と食べるご飯プライスレス☆
聖戦が終了して季節が巡り迎えた11月23日は澄み切った青空に覆われている。しかしそんな恵まれた晴天を台無しにするかのような怒号が聖域の第三の宮・双児宮から響き渡っていた。
「何故私の気持ちが判らぬのだ! カノン!!」
「判ってないのはお前の方だろサガ!」
双児宮に設えられている居住区のキッチン内で一定の距離を保ったまま、何やら激しい言い争いを繰り広げている寸分違わぬ姿の二人の男は、言わずと知れた双児宮の守護者である黄金聖闘士の双子座のサガと同じく双子座のカノンである。
守護星座と同様に双子の兄弟である二人は、聖戦が終わった後この双児宮で共に暮らし始めていた。辿ってきた過去の道程が道程なだけに、最初はお互いにぎくしゃくするかと身構えていた部分もあったが、元から仲が悪かったわけではない。むしろあの別離は互いが互いへの想いが溢れすぎたが故に拗れてしまった部分がある。そういったところを踏まえて、サガは弟の言い分を頭ごなしに否定せずに聞くことを、カノンは兄に対しての言葉や想いの伝え方を間違えないようにと密かに心がけた結果、二人の仲は見違えるほど良好になり、現在にまで至っていた。

しかしそんな双子が何故こうして言い争うことになったのか、それは本日の深夜に起因する。

聖戦が終わった今、聖域や海界、冥界との繋ぎ役を果たすカノンが双児宮に帰ってきたのは11月22から23日へと日付が変わった直後だった。帰宅を伝えたその小宇宙はとてつもない疲労が滲み出ているのを、まだ教皇宮に詰めていていたサガは感じ取り、自分を待たなくていいから先に休めと弟に伝えたのと同時に執務椅子から立ち上がる。明日は、否、もう今日だが、半休を貰っているので、出来るだけ進めるところだけ進めようとしたのだが、こんなに疲れ切った弟を無視してまで次に持ち込める仕事を続ける必要はないと、とっくに誰もいなくなった教皇宮を後にした。自宮へ急ぐ帰り道の中で、疲労困憊の弟を労う意味でも、本日の食事…朝食と昼食を兼ねても良いだろう…は自分が作るのだと心に決めて。

そして数時間が経過した、言い争いが勃発する小一時間前、眠ることに集中したおかげかはたまたこの良好な晴天のせいか、幾分かすっきりとした気分でサガはエプロンを身に付けキッチンに立った。
『おはよ、サガ』
しかしそう決意したサガの後ろから寝起き特有の高い体温でくっついてきたのは、折角休みを貰ったにも拘らず起きてきてしまった双子の弟だった。
『ああ、おはよう』
出ばなを挫かれてしまった落胆を飲み込みつつ、平素ならばその心地よさに身を委ねてしまいそうな弟の両腕の拘束に甘えるわけには行かないと、やんわりとその腕を解かせようとしたサガだが、カノンが離れていく方が一瞬早かった。
『ああ、今から作るからちょっと待ってろよ』
『は?』
カノンの言葉に思わず険が混じってしまったが、そんなサガに構わず弟は食材を物色するために冷蔵庫の扉を開けている。
『お前、今日が半休だからってまた根を詰めていたんだろ? これから仕事なんだから大人しくしていろ』
こちらの気持ちを知らない弟の言葉にサガの機嫌は少しずつだが確実に降下していったが、カノンはそれに気づかず鼻歌まで歌い出していた。
『お前は日付が変わったのと同時に帰ってきたばかりだろう? たまには私にお前を労わらせてくれないか』
それでも出来るだけ言葉を選んで伺いを立てたが、カノンは何を言っているのだと言わんばかりにそんな兄を凝視する。
『何を言っている?自分の身を顧みない奴に労わられる程、俺はやわではない』
平素ならば何てことのない軽口だと聞き流せていただろう。だがカノンのその物言いは、これ以上機嫌が降下するのを何とかとどまらせているサガの癇に障るには十分すぎるものだった。
『そんな言い方は』
『事実だろう? 俺がどれだけお前に無茶をするなと言っていたのか知らんとは言わせないぞ』
開いていた冷蔵庫の扉をやや乱暴にパタンと閉めてこちらに向き直るカノンの表情も、若干の不機嫌さを滲ませており、冒頭のやり取りに発展するまでさほど時間はかからなかった。

「確かに私は不出来な兄だ! だがクタクタに疲れて帰ってきたお前をを労わって何が悪いと言うのだ!」
「っ! 不出来な兄などと思ってもいないし悪いなどとも言っていない! ただ俺の方とて同じ言い分が通用するだろう!? 普段からワーカホリックなお前を労われる時に労わって何が悪い!?」
「っ、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う…っ!お前という奴は!!」
「その言葉そっくりそのまま貴様に返すぞ!!」
もはやこれ以上の問答は色んな意味で無用と言わんばかりに二人同時に小宇宙を高め、千日戦争に突入する構えを取ろうとした刹那、いい加減にしろと言わんばかりに双子の腹の虫が咆哮をあげるかのごとく盛大に鳴り響く。
「……」
「……」
その見事に奏でられたユニゾンにたちまち張りつめていた小宇宙は霧消し、しんとした静けさが戻ってくる。
「…あー…その」
キッチンを包む沈黙が二人の頭に上っていた血を戻し徐々に冷静にさせていく。それに伴い、先ほど互いに投げつけ合った言葉を反芻し、自分達がどれだけこっ恥ずかしいことで言い争い、不毛な時間を過ごした事実に否が応にも気づかされた。
「…すまん」
「う、うむ」
先に謝罪を口にしたカノンにサガはヒッコリーストライプ柄のエプロンの裾を握りしめ、俯きながらこちらこそ済まなかったと小さな声で謝する。
「…折角だし、一緒に作るか?」
「!良いのか?」
良いのかと言いつつも、パッと顔を上げたサガの表情はこれ以上ないほどの嬉しさに彩られている。
「…良いに決まってるだろう、ホラ」
そんな兄の顔を目の当たりにしたカノンは、顔に集まってくる熱を誤魔化すように再度冷蔵庫の扉を開けて、あたりを付けていた食材を取り出していく。

果たしてお互いをお互いが労わりたいと希う双子の兄弟喧嘩は急速に幕を下ろし、本日の晴天に相応しく仲睦まじい様子で肩を並べあって料理に勤しんでいる。
家事能力の差はほとんどないが小器用さの関係で、カノンはメインディッシュ、サガがパンと付け合せを担当する。その間、相手の方にある調味料を貸してほしいだとか軽く腕が当たってしまう場面も見られたが、そんな些細な事に時間を割くのは惜しいと言わんばかりに互いが担当する料理に集中していたため、食事の準備は順調に進められていった。


朝食と昼食を兼用した、普段と変わらぬ料理がカノンの手によってテーブルに並べられた頃には、リビングダイニングの壁に掛けられた時計は午前11時20分を指していた。
「ではそろそろいただくとしようか」
カノンの後に続いてやってきたサガが焼き立てのパンが入った籠をテーブルに置いて席に着き、今日という日の恵みと感謝の祈りを女神に捧げるために口を開きかけた。
「あ、ちょっと待て」
「何だ? 何か足りない物でもあったか?」
唱えかけていた口上を止められたサガは椅子から腰を浮かしながらカノンを見やる。
「いや、そうではないのだが」
こほんと小さく咳払いをして再び着席するようにとジェスチャーで促されたサガは内心を察し、弟が触れやすい位置に自分の右手を置く。そんなサガの仕草を見て、自分が何を考えているのかを大体理解してくれる程に関係が修復できたことの喜びを噛み締めながら、そっと兄の手に触れる。
「…その、な」
「ん?」
平素ならばストレートな物言いをしてくるカノンが口ごもり視線を落とす様子を見たサガは、静かに手の向きを変えて、器用な弟のふわふわとした掌と己のそれを重ね合わせた。
「すまん、もうちょっとだけ待っててくれ」
「ああ、構わんよ」
そのまま壁時計をちらりと伺った後、再び少し頼りなげな目線を寄越してくるカノンにサガは小さく苦笑する。こういうところがまだまだ可愛いと思ってしまうのは兄の欲目の一つだろうなと考えながら、双子の弟の掌の感触を存分に楽しむことに集中する。
コチ、コチ、コチと小さく時を刻む秒針が一周し、また一周を歩み始めるのと同時、不意にサガの掌は、今まで堪能していたカノンの指に優しく、きゅ、と握られた。
「女神から伺った。今日は日々の糧を得られることに感謝を捧げる日であると同時、兄を敬う日でもあると」
横を向いたままで静かに紡がれていくカノンの言葉に、サガの春の緑を介する瞳がほんの少し見開かれる。
「だから今日、この時間、どうしても伝えたかったのだ」
ゆっくりと海の緑を媒介した瞳を持つ弟の顔が、真摯にサガを捉えはじめていく。
「お前という兄と共に、こうして日々美味しい食事が出来ることへの感謝を」
カノンの真っ直ぐ過ぎる視線に射抜かれたまま、サガはただただ弟を見つめ返すことしか出来ずにいた。
蘇ってから構築していった関係で得られたものは、カノンが何を考えているのかを大体ではあるが察してやれることだった。双子の兄弟としての勘が戻ってきたというよりも、人同士の絆で新たに結び付けられたといった方がいいのだろうか。その絆ゆえカノンがこのような態度を取る際は、自分にとって何か嬉しいことを齎してくれるであろうというのは、ある程度予見することが出来た。だが、それでもこんな風に真っ直ぐに見つめられ、混じり気の無い純粋な想いで紡がれる言葉や、大切に自分に触れてくれるその温もりには慣れることは出来ない。不意打ちのようにカノンから贈られてくる言葉と真心の重みはいつだって予想していた以上の嬉しさと愛おしさを齎すからだ。
「これから先もずっと、兄さんと一緒に美味い飯を食べていきたいんだ」
良いだろう?とささめかれながら、慈しむようにもう一方の掌で自分のそれを包み込まれてしまえば、もう、言葉が出てこない。
「っ、」
駄目だ、今、涙を零せばせっかくお互い協力し合って作った食事の味が判らなくなってしまうのに。
「…ゴメンな」
ふと目じりに膨らみかけた真珠は、頬が滑り落ちる前にカノンの熱い唇でそっと拭われた。
「お前を泣かせてしまうのは判っていたが、言わずにはいられなかった」
「っ、この…馬鹿者」」
吐息がかかる距離で囁かれた声と、時と場合を考えた末の弟の行動に、サガは小さな声でカノンを甘く詰る。
「馬鹿でも構わない、ちゃんと伝えられて、兄さんに受け止めてもらえたのだから」
そう言いながらコツンと額を合わせられながら浮かんだカノンの笑みは、今度はサガの心に温かな燈火を与えていく。
「…私もだよ、カノン」
これ以上ないほどに感じ取ることが出来るカノンの愛情と温もり、そして一緒に作った料理の美味しそうな匂いに満たされながら、サガは雨に濡れた春の緑の如くの瞳をゆっくりと閉じていく。
「馬鹿だと思われてもいい、お前という弟を持って、私は果報者だ」
カノンの言葉を待たないままサガは、今しがた目尻に触れた熱い唇に自分のそれを触れ合わせた。
「っ、」
「これで、おあいこだな」
ふふ、と微笑みかけて離れていこうとしていたサガだったが、そうはさせないと言わんばかりにカノンの手が後頭部に回され、しばし見つめ合った後、二人の唇は甘く柔らかく重ねられていく。

食前にしては甘やか過ぎる口付けが再び腹の虫で中断され、お互い顔を見合わせて苦笑する双子が共に食事を摂り始めたのは、時計の長針が5から6へと滑り出す直前のことだった。






2017年良い双子の日&良い兄さんの日記念日のカノサガ。
新たに人生をやり直すきっかけを与えてくれた女神に感謝するのは大前提として、生き返った双子はふとした瞬間にお互いがそこにいる感謝の気持ちを伝えていれば良いなと思ってざかざか書き綴りました。
カノンは女神から11月23日の二つの意味を聞いていますが、それを伝える時間については多分自分で気づいたと思います。
カノンにとってサガは確かに良い兄さんではなかったと思いますが、昔から彼らはかけがえのない存在であったのは間違いないでしょう。双子本当美味しいですw
(2017/11/25)

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