双子座ワンドロ大掃除
「今回は比較的楽に終わりそうだな」
居住区にあるほぼ全ての部屋の掃除機と水拭きを終え、この一年でたまりにたまった要らない物を選り分けてまとめ終えた双子が一息ついたのはそろそろ夕陽が沈もうとする時間だった。
女神から賜った急須で淹れたお茶を飲み人心地着き恰好を崩してソファに座るカノンの隣には、三角巾と割烹着がこれでもかと似合っているサガが行儀よく両手で湯呑を持ちながら、熱そうにお茶をすすっている。自分が同じような格好をすれば周りに大爆笑されるかドン引かれるかのどちらかなのに、どうしてこの兄はこんな格好でも天使のように着こなすのかと内心思いながら、カノンは再び片手で持ち上げた湯呑に入っている茶を啜る。
「そうだな、蘇って埃まみれの双児宮を掃除したころに比べれば、な」
「ああ、あの掃除は一日がかりでようやく寝る場所を確保できたんだっけな」
遠い目になったサガの横顔を見やって小さく苦笑したカノンもまた、かつてのその日に思いを巡らせ始めた。

聖戦が終わり再びの生を与えられて彼らに限らず黄金聖闘士達が最初に行ったのは自宮の大掃除を兼ねた修復だった。各宮に一人の守護者が着くのが常である十二宮の中で、今生は二人で双子座として認められたサガとカノンだが、正直なところ不安でたまらなかった。
聖戦で間近で顔を見、交差した視線は一度きり。そして交わした言葉はカノンからサガへ向けた一言だけ。贖罪の蠍の針の禊を甘んじてその身に受け、真に女神の聖闘士として生まれ変わった弟へ、どれだけ賛美したかったことか。そしてそれはカノンも同じで、女神への反逆を試みた冥王の走狗として、どれだけ兄が血の涙を流したか、その高潔な聖闘士の魂に少しでも近づきたいと、誰に強要されるまでもなく心の底からそう思い、そうであろうと振る舞った事を声高に伝えたかった。
だが、その想いを言葉にしようとしても13年前の別離がお互いの心に横たわり引っかかっていたのもまた事実だ。
弟はサガを想うあまりに、兄は完璧な聖闘士を重んじるあまりに、間違えてしまったあの日のことが頭に過ぎる。
女神神殿からの帰り、双子は一言も発せずに、これから二人で住まう双児宮に辿り着いた。長いこと主不在だった宮は、恐らく他の所よりも埃が積もっており大がかりな掃除が必要になるだろう。
そんなことを考えながらまずは空気を入れ替えようと、十年以上も閉ざされた窓に手をかけようとしたサガの手に重なったのはカノンの手だった。
弾かれたように弟の顔を見つめたサガの春を媒介する緑の瞳には、ぎこちなく、だが小さく笑うカノンが映っている。
『…ただいま、そしておかえり。兄さん』
一歩踏み出す勇気を最初に持ったのは、かつて、一歩、また一歩とかける言葉を間違えてしまい、二度目の生こそは二度と過ちを犯さない、女神を除く誰よりもこの兄を大事にしようという誓いと覚悟を決めた弟の方だった。
降り積もっていた心の澱みをかき消していくかのように、開かれた窓からは新鮮な空気と眩いばかりの光が入り込んでくる。
『ああ、ただいま、そしておかえり、カノン』
窓から差し込む光に照らされたカノンの声を聞いて思わず少し涙ぐみながら、今度こそ弟を手放す様な短慮な真似はしないと、サガもまた心に固く決めて、数年ぶりの挨拶を交わしたのだった。

「あの日は結局、辛うじて埃が少なかった地下室で寝たんだよな」
「そうだった。あんな暗いところで一人で寝起きしていたのかと居たたまれなくなった私を、お前はただ黙って抱きしめてくれたな」
「言葉で伝えるのも良いが、あの時は抱きしめてやった方が安心すると思ってやった事だ」
「ふふ、そうか。おかげで安心してぐっすりと眠れた」
「それは何よりだった」

今ではもうすっかりと懐かしい記憶を思い返していた双子の談笑が不意に途切れる。
あの時、カノンが勇気を出してくれなかったら自分達は今こうやって共に居られたのだろうかとサガは思う。
二度と女神に仇なす真似はしないという誓いに嘘偽りはない。ただ、もし、あの一言がなければ、13年前以上に余所余所しく、冷え冷えとした関係になっていたのではないかと、冷めかけたお茶の入った湯呑を持つ指に知らず力がこもる。
「ああ、そうだ。言い忘れるところだった」
何だ?と尋ねるより先に、カノンの少しかさついた指がサガの指先にそっと重ねられた。
「今までありがとう。これからもよろしくな、サガ」
そしてあの日に見せた表情よりも、ずっと自然に、親しく笑いかけてくるカノンに小さく目を瞠ったサガだったが、海の緑を宿すの瞳の中で花が綻ぶように嬉しそうなものへと変わっていく。
「ああ、こちらこそありがとう。そしてこれからもよろしく頼むぞ」
「他ならぬ兄さんの頼みだからな、ずっとよろしくさせてもらうさ」
おどけたような口調のカノンに心からサガは笑う。こうして来年も隣に並びあい、一年間で貰った喜びや思い出を噛み締めながら共に掃除し、次に迎える年もまた一緒に居られる喜びと感謝を新たに出来るようにと願いながら。




2017年最後の更新になるかと思いきや、タッチの差で2018年を迎えてしまいました。ハッピーニュイヤーでございます<(__)>
今回力を入れたのは、サガの割烹着+三角巾姿なのですが、こういう格好もこの人なら着こなせてしまう謎の説得力がありますよね!
サガマジ天使なのは2017年に証明されましたが、2018年はサガマジ聖母の定説も打ち立てて行こうかなと今年の抱負を述べさせていただきます。


(2018/01/01)

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