眠れる幸福なこの日に寄せて
すやすやと丸まって眠る姿は何年経過しても見惚れずにはいられないのだと改めてカノンは感じ入っていた。
リビングから燦燦と入る陽射しから丁度身を守るようにして置かれているふかふかした雫型のソファ…所謂人をダメにするソファの上で、我が愛しの半身が思いっきり寝入っている。
このソファーを購入したのは昨年のこと。何度言っても頼んでも、気が付けばソファに座りテーブルの上に書類を広げて仕事を持ち込む兄に対しての最終手段兼誕生日プレゼントとしてだ。『俺の望む誕生日の贈り物は、無理をしないお前だ』としおらしい表情で誑か…もとい希いも添えて。
横向きで丸まって眠る兄の両腕には、一昨年辺りに自分が贈ったジェミニ仕様のぬいぐるみがぎゅっと抱き抱えられている。
なまじ普通のソファだから仕事を持ち込むのだと、女神の伝手を頼ってグラード財団系列の家具・インテリア企業が手掛けている選りすぐりの素材と寝心地をとことん追求したこのソファは、カノンの想像をはるかに超えたいい仕事をし続けている。
「……」
目の前のサガを眺めて止まらないにやけに、さすがにこのしまらない顔をどうにかしようと一度目をそらすも、ナノ秒で兄が恋しくなったカノンは無駄な努力を早々に止め、再びかの人の寝姿を視界に映した。
窓から差し込む陽の光に照らされる金の髪はまるで砂金のごとく煌めいており、人々からは神のごとく微笑みを浮かべて振る舞うその姿は、今は猫のように無防備だ。
横向きに少し丸まって両手にジェミニのぬいぐるみを大事そうにかき抱いて眠り、時折幸せそうな笑みを象るその姿は、一つ年を重ねたことで神々しさや麗しさやらその他諸々を醸し出している。
年々上がっていく兄の天使度数に、何故羽が生えていないのだろうかおかしいだろうとカノンは真剣に首をかしげる。
これはもう”俺の兄貴マジ天使”という概念を通り越して、『俺の兄貴マジキューティー☆エンジェル♡だろ尊い』という真理だと、30秒も持たずに辿り着いたカノンは、その可愛らしさや美しさやあざとさやその他諸々の雑念やら邪念やらを想いでコーティングして神妙に手を合わせた。

我が女神よ、このように駄目になってもなお美しく気高く尊いつまりはOAMTであらせられる半身をありがとうございます生きててよかった誕生日万歳と、心の底からの感謝の念を捧げた後、カノンはサガの姿をフレームに収めるかの如く、両人差し指と中指を合わせて菱形に開いた。

この技はGTの応用で、指枠の中にとらえたものを画像化し自身の作り出した異次元に転送する技である。ざっくりと言えばディメンションサービスと言ったところだ。
保存される期限は術者の脳の容量に比例するが、サガ専用の脳内メモリを愛ゆえに無限に広げることのできるカノンにとって、その記録は一生涯と言っても過言ではない。
半身であり天使であり聖妻でもある最愛なる奇跡の権化のどんな姿も余すところなく記念に残すために編み出したものではあるが、バレたら文字通りの意味で脳内メモリーを消される悲劇に見舞われるのは判っているため、こうした寝姿か隠し撮りに限られるわけだが。
兄のことになると斜め下の努力を発揮するのは何故だ…と、どこぞの蟹に残念なものを見る目で見られたが、平和になった地上で俺の天使を堪能して何が悪いと開き直ったカノンにサガに関すること以外で怖いものなどない。
と、その時、うぅん…と小さな声が聞こえたため、カノンはすっ…と指を解く。
「おはよう兄さん」
もう少しOAMTタイムを堪能していたかったが、今の寝顔はばっちり脳内フォルダに保存済みであるし、起きているときでも楽しめると瞬時に割り切って春を宿す緑の瞳がまだぼんやりとしている兄の少し乱れた髪に触れながら、カノンは挨拶を交わす。
いつもなら、ああ、寝すぎてしまったな…すまないと少しはにかんだ表情になるのだが、この時サガはふんわりと…本当にふんわりとした無垢な笑みを浮かべて、カノンの手を取った。
「え」
不意を突かれたカノンは思わずぽかんとしてしまう。そのまますり…と頬を寄せられ、あまりにも無防備なサガの行動に動きが止まったままだった。
「おいで」
次いで聞こえてきた甘やかな声と共に、ふわりと抱き寄せられる。
「ちょ、な、おい」
寝ぼけているのか?それとも人を駄目にするソファでこの完璧なる兄の駄目な部分が出ているのか?むしろどんどんダメな部分を俺だけに見せろHAPPYOAMTと少しの混乱と兄への愛を再確認しているところに、先ほど同様に甘い声がカノンの耳元をくすぐった。
「つかまえた」
ああ、呆気なく捕まってしまった。今だけではない、昔から俺はお前に捕らわれっぱなしだと、兄の匂いに包まれながら頭の片隅でそう思う。
「何を今さら…」
そう言いつつも顔が赤らむのが判る。いつもなら、俺がお前を捕まえて、耳元で愛を囁いてその顔を赤く染めてやるのに、今日に限ってそれはままならない。
「ふふ、そうか、今さらだな…」
ぽんぽんと、背中をあやすように柔らかく叩かれる。寝起き特有の高めの体温、甘く芳しい香り、かすれても尚優しい声に顔の熱が引かない。
「この平和な地上で…お前が隣に居て…」
ぎゅっと抱き締められ、甘やかに囁かれ、さらにふんわりと微笑んだのが判った。それだけで溶けそうなほど頬が熱い。
「新たにまたお前と年を重ねる日を迎えることができて…」
おかしい、俺はこんなに初心だったか?
「お前が私の半身であることが…、こんなにも幸せで…いや…」

──お前の存在そのものが、私の幸せであるということが…

かすれるような吐息のような声がしっかりとその耳に届いたのと同時に聞こえてくるのは安らかな寝息。
「…」
言葉が出てこない。今さら気づいたのかとも、そんなことは当然だとも、キチンと起きているときに言えとも、言いたいことは色々あるが、何よりも伝えたい言葉はただ一つ。
「俺もだ、サガ…」
俺の半身。俺の天使。俺の幸福。
俺が幸せにしたいとも幸せにして欲しいとも心から誓い、想う、最愛の者。

首の後ろに腕を回したまま再び眠りに落ちた眠れる天使をそっと抱き上げる。
今日の宵の口、彼らは数多くの祝福に包まれる。有り余るほどの幸せをこの身に感じる今日という日、不意打ちという形で届けられた兄の想いはほわりとカノンの心を包み込む。
貰いっぱなしでは性に合わないと言わんばかりに、寝入ってしまった兄の瞼に口づけを落とせば、幸福を象る寝顔がくすぐったいと言わんばかりに微かにむずがった。

「覚悟しておけ…。このカノンがお前に与える幸せはこんなものじゃない」

一つ年を重ねるごとに積み重なっていく幸福は、途切れることのないかけがえのない明日へとつながっていく。
そうしてまた一年、年が巡るごとにお互いにまた幸福を噛み締めて、互いが互いの幸せそのものなのだと実感する日々が、半身が愛しくて仕方がない。
燦燦と日差しを降り注ぐ太陽がゆっくりと確実に西へと傾いでいき、あと数刻で盛大な祝福の時間がやってくる。
その前に、この穏やかな時間の中で、カノンは自分への誕生日プレゼントを兼ねた幸福を腕に抱えてソファに改めて腰を下ろし、寝息を立てているサガの頬に、唇に、新たな年を重ねてから初めての口づけを贈ったのだった。





BGM:未来航路(La'cryma Christi/Covered by Blu-BiLLioN)
こんなんですが2021年双子誕おめでとう!!
何というか誕生日にかこつけたOAMT祭りになっちゃってますが、OAMTの赴くままに突っ走りましたサーセン/(^0^)\
夜には目いっぱい仲間に誕生日を祝ってもらうので、そのちょっとした時間にのんびりゆっくりするお兄様とそれを堪能する見守る弟さんが改めて誕生日に幸せを感じるのも立派なプレゼントだなーって思います。
これ、当初は天使に駄目になってもらおうとして、件の人をダメにするソファを使わせたいという思い付きから書いた話なので、カノン氏の愚弟化が進化した挙句OAMT祭りになっちゃったという事情があります\(^o^)/

ちなみに作中に出てくる、指を菱形にして念写(便宜上)は、中学時代の国語の教科書に載っていたきつねの恩返し(仮)な話をモチーフにしました。
あの話は、指先に蒼の染め粉を付けている限り有効だったという能力でしたが、誰か知っている人いますか?








ブラウザバックでお戻りください。