ツインテールと兄さんの日・3―②
「ん・・・」
少し冷たい風に頬を撫でられてゆるゆるとサガの目が開かれていく。
未だはっきり覚醒しない頭と視界の中、ここは一体どこだったろうと思い出そうとするが、その前に今しがた吹き付けた風の冷たさを軽々と上回る心地よい温もりが膝の上にあることにサガは気づく。
「え・・・?」
先ほどまで自分の髪を結い、背後に抱きしめられていたところまでは覚えてるが、その後のことを思い出せない辺り、眠ってしまったのだろう。だが、何故今度は弟が自分の膝の上に崩れる形で寝ているのか、その経緯にさっぱり心当たりのないサガは、しばし悩む。
「ん、んん、カノン」
暖かいとは言えど乾燥しやすい時期のため、喉の掠れを自覚したサガは、軽く叱咤するように小さく咳払いをして弟に声を掛けるが、一向に目を覚ましそうにもない。
「起きなさい。風邪を引く」
これでもかと言うほど己を甘やかして癖に今のカノンとて大概薄着だ。このままここで寝かせっぱなしでは風邪を引かせてしまうと判断したサガは、カノンを抱え上げて自室に引き上げるために身じろごうとしたが、そんな動きの機微に反応してか、『俺から離れるな、側にいろ』とでも言うように、カノンの頭はぐりぐりと兄の太ももに押し付けにかかる。
「こら、カノン」
そんな弟にサガは少し声を荒げ、聞き分けがなくむずがる弟の頭を少し強引に引きはがそうとするも、起きるどころか、寝心地の良い揺りかごから出たくないと訴える猫の如く爪をたてるように、ますます強くしがみついてきた。
「まったく…、困った弟だ」
こうなってしまったらテコでも動かないことを、夜中に目が覚める度に寝台の上で身を持って味わわされている兄は小さく息を吐いて諦めたようにガーデニングチェアに座り直す。そのまま気を取り直して、本来の目的である読みかけの本に手を伸ばそうとするものの、それがどこにも見当たらないことに気づく。恐らく転寝をしてしまった自分が本を取り落としてしまい、それを気遣ったカノンが仕舞ったことは容易に想像は出来る。だが、そのためだけに、深く寝入ってしまっている弟を起こしにかかるのは流石にどうかと思い、早々に読書の続きを再開する選択肢を思考の彼方に追いやった。
「…」
するとすっかり手持無沙汰になってしまったサガに残されているのは、すうすうと眠る弟の寝顔をじっと見下ろす事しか残されていないのだが、こうやって自分の膝枕で眠るカノンを見るのはどれだけぶりのことだろうと、知らずその表情は穏やかなものになる。
13年もの間離れていた弟は、真に生まれ変わったかのようだった。実際のところ、嘆きの壁で終えた命が、神々の采配により蘇り、こうして人としての生を繋げられている事実があるため、その言葉は間違いではないのだがそれはさておいて。真の聖闘士として生まれ変わり、三界を忙しく駆け回るまでに成長したカノンとやり直せる機会を与えられ、幼い頃と変わらない寝顔を再び間近で見られる関係に構築できたのを心から喜ばしく、そして幸福に想う。

幼い頃からずっと、自分の影として生きる運命を強制させてしまった弟。双子に生まれたから背負わされてしまったカノンの境遇を双子の兄である自分がどうにかして変えたいと、心に固く秘めた誓い。だがその誓いがやがて歪み始め、暴走し、その結果、真に想っていたはずのカノンを切り捨てるに至ってしまったことに、サガは蘇っても尚心を痛めていた。
聖戦で挙げた功績により、真にカノンが双子座として認められ、共に双児宮を守るようにという女神の言葉とその慈愛にサガは深く頭を下げたが、同時にある覚悟も決めていた。
カノンにとって、辛いことが多い双児宮(ここ)で暮らすのが苦痛であるならば、自由にさせてやりたいというそれ。真に弟が聖闘士として生まれ変わった様を目の当たりにしているサガは、彼の女神への忠誠を心から信じている。故に固めることができた新たな誓いを、今度は決して歪ませ、暴走などさせないという覚悟。
だが共に暮らして行くうちにその覚悟が齎している自分の不安を感じ取ってか、ある夜、静けさが沁み渡る双児宮の回廊で、カノンはサガに向き直ってこう告げた。

『お前が過去を憂う気持ちは判らないでもない。だが、起こってしまった事実は消えない。そのことで足踏みを続けても前へは進めない』
『俺は俺の意思でここにいる。だからその件についてはもう何も言いっこなしだ』

居住区のリビングや寝室ではなく、巨蟹宮と金牛宮を結ぶ回廊で、あえて聖戦の際対峙した際と同じ状況で、真摯にサガの手を取りながら、海の緑を介する瞳を真っ直ぐに春の緑を介する瞳に向けてカノンはそう伝えてきた。
そんな言葉を受け止めて、年甲斐もなく涙を溢れさせてしまった自分をカノンはしっかりと抱きしめてくれた。

きっと真の意味で歩み寄れたのはあの夜からなのだろうとサガは改めて思い返す。
カノンがあの夜に見せた真摯な態度や包容力は、きっと13年前から変わってなどいなかった。あの時は意地ばかりを張っていて伝える方法を間違えたと弟は苦く笑いながらしきりに言うが、自分の方こそそんな弟の気持ちを受け取れる器を形成していなかったと、過去を顧みれる余裕が出来た今だから思う。
そしてその器は、他ならぬ弟の力を借りながら、ようやく完成しつつあるのだろう。彼の想いや包容力が自身の器に注がれる度、どれだけ満たされ、そして救われているだろうかと微笑ながらサガは、陽光の下に煌く小麦畑を彷彿とさせる金髪を指に絡めつつ、その頭を優しく撫でつけていく。
「カノン・・・」
意図してたよりも甘く優しい声音が喉の奥から滑り落ち、愛しい者の名を紡ぐ。
「・・・愛してる」
万感の想いを込めた告白と共に、弟の髪を一房掬いおずおずと唇を落とした瞬間、眠っていたはずのカノンが不意に顔を上げ、その手を取られて口付られた。
「っ、寝たふりか? 本当に困った弟だ」
内心の動揺を気取られないような口調を装っても鼓動は正直だ。きっと弟にも聞こえていることだろう。
「そんな弟の寝込みを襲う困った兄は誰だ?」
滑らかな手の甲に唇を滑らせながら、にっと悪戯めかして笑いかけたカノンは、寝入ってしまって固くなった体をほぐすように伸び上がった後、そのままサガの両肩に手をかけて深い口づけを贈り始めた。
「ん、っぁ…」
いい加減外にいた時間が長かったせいか、互いの唇は少しだけひやりとしたものを感じさせるが、ぴたりと密着した身体から互いに伝わる温もりはこれ以上にないほど心地よいものだった。だけどそれだけじゃすぐに物足りなくなることを、この身はとうに知っている。
「ああ、すっかり冷えてしまったな」
結わえられた髪を恭しく手に取られ、柔らかく口づけられる。感覚などないはずなのに、キスを落とされたそこからぴり、と甘い痺れが伝わって来るような感触に、サガは小さく体を震わせた。
「待て、髪が乱れてしまう」
このまま、カノンの誘いに乗ってしまっても良かったのだが、折角弟が整えてくれた髪型をまだ見ていない未練もあって、小さく顔を逸らしながら異を唱えたサガの顎にカノンの指先がかかる。
「そんな勿体ないこと、俺がするはずないだろう? 髪が乱れない手法などいくらでもあるしな」
「~っばかものっ…!」
カノンの指先を振り払うように、ぷいとそっぽを向いたサガの、普段は隠れている白い耳たぶがほんのりと赤い。本当に同じ顔でありながらも、どうしてこうもいちいち可愛らしく愛おしいのだろうと感じ入りながら、カノンはサガに改めて密着し、その背と膝裏に手を回して抱き上げる。
「…愛している、サガ」
柔らかな光に照らされた蜂蜜のように甘い色合いの黄金が束ねられ、露わになった耳元に唇を寄せて愛の言葉を告げれば、平素よりもダイレクトに響くのか、ぴくんとサガの身体がカノンの腕の中で小さく跳ねる。
「お前は…?」
「っ、さっき伝えただろう」
「半分寝てて聞こえてなかった。だからもう一度聞かせろ」
そう囁いてやれば、髪型のせいであどけなく見えるサガの真っ赤になった顔がいつもよりもよく見え、眼福だと言わんばかりにカノンの目が細められる。そのまま顔を隠そうとその肩口に埋めれば、更なる悪戯が不埒な弟によって仕掛けられるだろう。少しだけ頬を膨らませて思案し、サガが取った行動は、自分もこれ以上にないほどカノンを愛していることを伝えるためにその唇を塞ぎにかかったことだった。こちらの方が手っ取り早いし、素直に言葉にして聴かせるのも癪だった。結果的にカノンを喜ばせることにはなったが、それで良かった。
「っ、本当に、困った兄さんだ」
「人聞きの悪いことを」
一瞬だけ驚きに目を瞠った弟を見て、サガはしてやったりと笑う。それでも顔の熱は引かないままだったけれど。
「いいさ、受けて立ってやる。覚悟しておけ」
「望むところだ」
このまま引き下がれるかと言わんばかりに挑戦的な眼差しで見据えてくる弟の宣戦布告に、サガもくすくすと笑いながら受けて立つ。

穏やかな陽だまりの時間は着々と終わりに向かい、新たに訪れるのは灯った熱を激しく燃え立たせ鎮める夜。
そんな宵闇に染まり始める安らげる庭園に背を向けて、その腕に眠れる天使を目覚めさせ抱え上げたカノンは、これからの時間に相応しい場所で想いを確かめ合うために歩き出す。
そんなカノンの腕の中に納まったままのサガは、少しまだ冷たい弟の身体を温めるという名目でするりとその首に腕を回し、これから訪れる平素よりも激しくなりそうな時間の訪れに期待して、密かに灯った身の火照りをしばしの間冷まし続けていた。




BGM:のどかな家並・安らぎの地(DQ7サントラ)

ツインテと兄さんのお話その3…のパターンその②
カノンの寝顔を見下ろしながら、その愛情を再確認するサガという内容でお送りしました。
パターン①はチョコレート+ザラメとするならば、この話はチョコレート+タピオカをぶち込んだ甘さだろうなと書きながら思いました\(^0^)/
しかし、カノンがサガをお姫様抱っこする、髪や指に口付けるは絶対に外せないです。蘇ってからのカノンはもう本当に軽率にサガにちゅっちゅしたりお姫様抱っこして甘やかしていて欲しいと思います切実に。
(2018/02/18)

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