ツインテと兄さんと若干の猫成分
「ん・・・」
少し冷たい風に頬を撫でられてゆるゆるとサガの目が開かれていく。
未だはっきり覚醒しない頭と視界の中、ここは一体どこだったろうと思い出そうとするが、その前に今しがた吹き付けた風の冷たさを軽々と上回る心地よい温もりが膝の上にあることにサガは気づく。
「え・・・?」
先ほどまで自分の髪を結い、背後に抱きしめられていたところまでは覚えてるが、その後のことを思い出せない辺り、眠ってしまったのだろう。だが、何故今度は弟が自分の膝の上に崩れる形で寝ているのか、その経緯にさっぱり心当たりのないサガは、しばし悩む。
「ん、んん、カノン」
暖かいとは言えど乾燥しやすい時期のため、喉の掠れを自覚したサガは、軽く叱咤するように小さく咳払いをして弟に声を掛ける。しかし彼は目を覚ましそうにもない。
「 起きなさい、風邪を引く」
今度は声をかけながらその肩を柔らかく揺り動かすが、起きるどころかその弟は、むずがるような声を上げて、がしりとサガの腰に両腕を回しにかかってしまう。
「…こら、カノン」
膝に置かれているカノンの頭の重みから伝わる温もりは確かに心地がいいが、弟の体調を崩してしまう些細とは言え生じるリスクに目を瞑ってまで堪能するつもりはないサガは、腕を解くよりも頭を膝から引きはがすことでカノンの覚醒を試みる。しかし、天使の膝の上という何物にも代えがたい揺りかごから出たくないと訴える大猫の如く、爪をたてるようにますますがっしりとしがみつかれ、サガは小さく諦めのため息を洩らした。こうなってまえばテコでも起きないことは、寝台の上で十分すぎるほど理解している。もうどこにも行かないというのにぴたりと身体を寄せた挙句にすっぽりと抱きしめられ、途中で目が覚めた際に寝返りを打つのに未だに苦労している身だ。そんなことを思い返しながら早々に起こすことに見切りをつけたサガは、弟がかけてくれたストールを首から外して、己の腰にしがみつくカノンという名の大きな猫の肩に羽織らせると、弟と同調するようにと己の小宇宙を軽く燃やす。ほどなくして双つの小宇宙がピタリと重なった瞬間、サガは虚空にす、っと指を滑らせ異次元への空間を小さく開くと、先ほどカノンが仕舞い込んだ本を取り出して読書を再開する。
時折聞こえてくる鳥のさえずりと未だに暖かさを保っている陽射し、そして猫のように時折頭をぐりぐりと膝に押し付けながらも気持ちよさげな息を立てて眠っているカノンがいる。
カノンの身体が冷えないようにと小宇宙を微弱ながら燃やしているサガの表情が、読んでいる本の隙間から見える弟の寝顔を確認して、ふと溶けるような笑みになる。何の変哲もない穏やかで静かな時間を弟と過ごすことがこんなにもたまらなく幸福だと噛み締めながら微笑んだサガの表情は、写真家や画家がもしその場にいたら、自らの作品のモチーフとして使いたいと思うほどに美しかった。
「…サ、ガ」
ふと、膝の上から聞こえてきた弟の声に起こしてしまったかとサガは慌てて本を閉じようとする。が、小さく身じろいだ後、起きる気配がないまま引き続き寝息を立て始めたカノンの様子に、サガは美しい笑みに小さな苦みを載せる。
「まったくお前は変わらんな…」
女神の愛に触れ改心し、聖戦を駆け抜け真に女神の聖闘士として認められ、記憶の中よりもずっと頼もしく成長したはずの双子の弟だが、こういう部分は幼い頃から変わっていない。そんなところが堪らなく可愛いし愛おしく想うのは、真に彼に惚れているからに他ならない。
もう少し時間が経っても起きる気配を見せなければ、幼い頃のようにカノンを抱えて自室に戻ろうかと思案したサガの膝の上で、再び弟の寝言が聞こえてきた。
「にぃさん」
甘やかな声で夢現に自分を呼ばわれ、ああもうこの弟は…と、柔らかな陽光に照らされただけではない赤味を白皙の顔(かんばせ)に載せながら、蕩けそうになる想いをどうにか堪えていたサガだが、穏やかな時間は他ならぬカノンが発した次の言葉で営業終了となった。

「えんりょ、するな、もっとほしぃだろ?」

サガの表情がそのまま不自然なほどに固まったのと同時、ぴしり、と空間に小さな亀裂が走る音が聞こえたのは気のせいではない。
寝言だけならまだ聞き流せた。微妙な空気は残るものの何事もない穏やかな時間は再び針を進めたことだろう。
「っ…!」
しかし何の夢を見ているのか判ってしまう程、腰に回されたカノンの両手がワキワキと不埒な動きを見せ、段々とブランケットに温められている長丈服に包まれた尻下に降りていくのを感じ取ったサガは浮かべていた笑みを完全に消して、本家本元の水瓶座の黄金聖闘士もたじろぐ程の絶対零度の視線をもって弟を見下ろしにかかり。
「い゛っ!?」
持っていた本を閉じ、光速の動きと渾身の力でもってその背表紙の角をカノンの頭に撃ち下ろした。
「~~~っっ!!!??」
あまりの痛さに声も出せない弟を、膝の上から払い落してサガは立ち上がる。だが、姿形だけではなく攻撃力もさることながら同じぐらいの防御力を誇るカノンは憤懣やるかたないといった体ですぐさま起き上がった。
「いきなり何をするんだサガ!」
「黙れ愚弟! お前の頭は年中それしかないのか!」
「ああ?!いきなり何言ってる!?」
折角気持ちよく眠っていたのに目の前に星が砕けるほどの衝撃でもって文字通り叩き起こされたのだ。昔ならいざ知らず、今はこちらには何の落ち度もない、理不尽だ!と吼える弟に、一瞬サガはたじろいでしまう。
確かに夢の中での出来事でこの仕打ちはやりすぎかもしれない。もう少し弟とこの穏やかな時間を楽しみたかったのは事実だが、結果的に自分の手でそれを不意にしてしまったかと、方々に負い目を持っているサガがうっかり絆されそうになった際、今も昔も”口は災いの元”を地で行くカノンはこの時も言ってはならないことを言ってしまった。

「よくもお前とイイコトをする夢を見てたのに台無しにしてくれたな。でも、それはお前の態度次第では許してやらなくもない」

今度こそ、サガの頭の中の何かがぶつりと切れ、跡形もなく消滅していく。
一撃必殺がせめてもの情けだと言わんばかりに、双子座の聖闘士の強力な小宇宙の加護を受け、先ほどよりも殺傷力のある武器と化した書物がその後頭部にめり込むのは僅か2秒後のことであり、更に自分が拵えたツインテールを堪能する暇もなく、無情なおあずけと無慈悲な一人寝の長い夜が訪れ、自分の言動を心の底から呪い、血の涙を流しながら反省する未来など、 自分の失言に気づかずに調子づいているカノンは知る由もない。

ここまで引っ張ったツインテと兄さんの日話ですが、今日が丁度猫の日(そして明日がにゃん兄さんの日)なので、申し訳程度の猫成分を加味した話を書きたいとなったところ、見事な愚弟ルートができあがりました\(^0^)/
ここだけの話、イイコトをする=ニャンニャンするもひっかけているので、2月22日にアップしようとこだわったのですが、一度冷静になった頭で考えてみたら、本気で支障のないこだわりだった事に気づきました\(^0^)/
このシリーズのラストがこれでいいのかという疑問もありますが、まあいいやと思います(*゜∀゜)b

(2018/02/22)

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