上級者向けプレゼント
Q:憎からず想う恋人から、「これをお前に」と差し出された包みの中身を想像しながら内心ワクワクして開いたところ、手作りの毛糸のパンツだった時の心情を述べよ

こう尋ねられた際、ほんの少し前の自分ならば「カノンが自分のために編んでくれたものならば、どんなものでも喜んで受け取る」という答え一択だったのにとサガはクラクラする頭でそう考える。まさかカノンから贈り物など貰えるはずがないと、こうした関係になる前まではそう思わずにはいられなかったからだ。だがしかし、こうして想いが通じ合い幸福な日々を送り合う日の中、ブルーとホワイトのストライプ柄の包装しに包まれたそれを冒頭の台詞と共に手渡され、手触りを確かめながら、帽子かマフラーか、厚みからして手袋では無いな…と年甲斐もなく心の中でウキウキしながら開いていけば、対面したのがその毛糸のパンツである。しかもご丁寧に双子座聖衣のフロントパーツの模様まで繊細に編み込まれているのを目の当たりにしたサガの脳裏に、いつぞや何かの書面で読んだのだか雑兵たちの雑談で耳にしたのだか定かではないが、とにかく冒頭のフレーズが思い浮かんだのだが、それが浮かんだところで何の足しにもならず、リアクション以前にどういう顔をすればいいのか判らないと内心で途方に暮れていた。
「笑えばいいと思うぞ」
小憎らしくも己の考えていることを正確に読んだカノンが、清々しいほどににっと唇の端を吊り上げて笑いかける。いや、笑い方をレクチャーされてもなと頭の中でツッコミをいれるが口に出すのも今はちょっとだけしんどくて、何というか色んな意味で笑うしかないと判断を下した脳の命令通りサガは、はは、は、はぁと乾いた笑いを洩らした。
「サガ…」
ひきつる頬に熱いほどのカノンの両掌が宛がわれる。そして向けられた真摯な視線。
「無理に笑わなくてもいい、俺が見たいのはお前が真に心から浮かべた笑顔だ」
ギュッと、パンツを広げている両手を握りながら、真剣な眼差しと共にそう言い募るカノンに、平素ならば胸が高鳴るサガだが、今の状況はハッキリ言って『私の心情を汲みやがれこの愚弟』の一言に尽きる。
「…ひとつ、良いか?」
とりあえず小さく息を吸って吐き、平常心を心がける。決して悪気があってこれを送ったわけではないことだけは判る。13年前ならともかく、そう感じられる双子の兄弟としての勘を信じても良い位には、カノンとの関係はやり直すと共に、新たに築けて来たと自負できる。
「ああ」
「何故数ある手編みのカテゴリーの中から、ニッチな層しか喜びそうにない毛糸のパンツを選んだのだ…?」
二度目になるが大切なことなのであえて言わせて貰うと、コットンシルクの毛糸をふんだんに使って編み込まれた毛糸のパンツはとても手が込んでおり、双子座の聖衣の模様もどんな技巧を使ったのか、毛糸とは思えないほどに再現されている。カノンが自分よりも小器用であるのは知っていたが、それにしたって売り物であると言っても過言ではない出来栄えのそれを完成させるには、相当の熱意がなければ難しいことであるのは容易に窺い知れた。そこまでして完成させて渡したいというカノンのありったけの熱意が向かう先にいるのは自分であるということは、確かに喜ばしいことだとサガは重々理解しているし、その幸福を噛み締めてさえもいる。が、それとこれとは話が別だ。毛糸素材で恋人に身に付けて欲しい物を作るのであればマフラーや手袋がオーソドックスであるのは、世情に疎いサガでさえ何となく判るのに、何故自分よりも世間を知っているカノンがそっちの方へ行ったのか、その考えがさっぱり理解できない。悪気がないことは漠然と判るだけにと、平素なら見た者全てを虜にする笑顔を浮かべる顔(かんばせ)に、サガは困惑の色を隠しきれずにいた。
「決まっているだろう?マフラーや手袋などは寒い季節にしか使えない」
そんな兄を真正面から見つめながら、ある程度の反応は予想していたものの、そんな風に困らせるつもりではなかったのになと自身の至らなさを省みる一方で、どんな表情でもサガが魅力的であることには変わりはなく、網膜に困惑の天使然とした表情を焼き付けながら口を開いた弟の、常日頃兄爛漫桜色で染まっている思考回路は本日も絶好調であった。
「だが今渡したパンツは違う。通気性や素材に優れた毛糸を使っているから、時期を選ばずに使える」
上品ではあるが保温性に富んではいない生地で作られている教皇補佐の法衣に身を包むことが多くなり、陽が落ちれば一際温度が下がる時間まで仕事をしているお前に、文字通り肌身離さず身に付けていられる物を贈りたかったのだと、改めて真剣に言われてしまえば、サガとて悪い気はしない。それに何より弟がそれを贈った理由にハッとなった。”決まっている”ことだと彼は言うが、自身はカノンに言われるまでプレゼントとして贈るのに適していると思っていたマフラーや手袋にそんな盲点があるとは思いもよらなかったし、真に身に付けてもらいたいのならば確かにこちらの方が理に叶っている。
自分にはない弟の発想や考え方、それに触れるに自分の世界は良くも悪くも広がっていくサガの春の緑を介する瞳は海の緑を介する瞳に捉われまっすぐに捉われる。
「納得してくれたか?」
「…ああ」
そこまで言われてしまえばこれ以上不満など出るはずがない。強いて言うならば誰かにこれを見られた際、カノンから貰ったものだとこっそり自慢したかったのだが、この模様ではさすがに人前で堂々と見せる勇気はないのでもう少しシンプルにしてほしかったとは感じる。だが、この弟のことだ。あえて模様を双子座聖衣のフロントパーツ仕様にしたのも、自分への想いの表れなのだろうことも今の言葉を聞いて納得できた。
「…ありがとう、大事にする」
目元をうっすらと赤く染めながら、両手でぎゅっと自らが贈ったパンツを胸に抱き込み小さな声で礼を述べたサガに、どういたしまして、これからも宜しくなと返しながら、今しがた皺が寄っていた眉間にカノンは唇を触れ合わせる。
擽ったそうに苦笑を浮かべたサガを間近で見ながらも、もっと側にいたい、自分でも呆れるくらい兄から一分一秒でも離れていたくないのだと、カノンは自身の想いを検める。
「他の奴らには極力見せるなよ」
「判っているさ」
お前の気持ちは確かに受け取ったぞと微笑むサガの顔を見て、やはり心身ともにこの天使を温めてやれるのはこれから先もずっと自分だけであるし誰にも譲るつもりはないと改めて誓いながら、カノンは、今度は同タイプの腹巻を編んでやろうと、早速次回作の構想を頭の中で練り始めたのだった。





聖闘士聖衣パンツの話題があまりにも鮮烈すぎて、日記でちょこっと触れたカノンさん毛糸のパンツを編める説。
拍手コメントで返した自分の一文と合わせて妄想してみたら何か思いの外むくむくと浮かんできたので、ラブいちゃラブパンツ話として書き上げてみました\(^0^)/
しかしよくよく考えてみたら、毛糸のパンツって万能選手だと思うんですよね。素材にこだわれば年中通して履けるし、冷え対策も取れる。唯一難点なのはデザインがイマイチってところですが、昨今ではおしゃれな毛糸のパンツも出回っているのでその辺もカバーできている。
これから先、手編みで恋人にプレゼントしたい物の上位に食い込むこと間違いないと思います。
(2018/03/04)

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