星降る世界に二人きり
眩いほどの星がキラキラと降り注ぐ中、俺は呆然と立ち尽くしていた。
馴染みのある双児宮の中庭から見る星空でもなく、かといって海界から見上げる海面越しの夜空に瞬くそれらでもない。周りはうっすらとした水色に取り囲まれて、その所々にオレンジや薄い桃色、クリーム色と言った大小さまざまな星によって彩られているのが目視でき、そこでここがようやく夢の中だと理解した。
夢の中とはいえ、これほどまでにキラキラとした星空にはお目にかかったことがないなと思いながら、俺はただただ圧倒される。星々を砕く程の技を持ち、双子座の聖闘士として選ばれている身で何を思うのかと自嘲めいた苦笑が漏れたが、それほどまでにここの世界の星々は現実の星とは違う魅力に溢れている。綺麗、というよりも可愛らしくファンシーだと言った言葉が似合う数々の星。目を凝らしてよく見てみると空に該当する部分ではなく、地面に落ちる自分の影も型抜きでくりぬかれたような星によって彩られている。目が覚めたら忘れてしまう夢とは言え見ないのは惜しいと思えるこの光景をじっくり眺めようと腰を下ろしかけた瞬間、不意に目の前に小さな人影が現れた。
「ん?」
ゆっくりと一人の人物に象られていくその影。どこかで見たことがあり、それが誰だったかを思い出すのとほぼ同時、脳裏に浮かんだ寸分違わぬ姿が目の前に映し出されていく。
「かのん……」
だが目の前のその人物は俺の記憶よりも遥かに幼い姿で現れた。確かに面影は残っている。だけどこんな姿と声であったかと、もう遥か彼方の記憶の波間に砂のように散らばっている姿と声音を、目の前の情報を元に手繰り寄せていく。
春の緑を介する大きな瞳に高貴な蒼の癖のある長い髪、少し気弱げで儚げな容貌。ああ、確かに目の前のこの子供はかつてのサガだったと俺は納得した。違和感を覚えた理由はサガの装いにある。チュニック式の修練服を常に纏っていたかつての細っこい身体は、アイボリーのブラウスにダイムグレイのベストとハーフパンツと言ったフォーマルな衣服に、足は白いソックスとキャメル色の皮靴に包まれていて、どこぞの貴族の子息のようだった。夢の中とはいえ、おおよそ幼い頃の俺ならば脱ぎ捨てて逃げるような服をきっちりと着こなしているサガに新鮮さを覚えた俺は、改めてしゃがみこみ、あどけない瞳と同じ高さに目線を合わせる。
「これ、あげるね」
そんな俺にホッとしたように小さく笑ったサガがす、と両腕を伸ばす。まだ修行の傷跡など見当たらない小さな掌に乗せられているのは、周りよりも小さい形の星だった。欠片と言っても良いほど小さく柔らかく控えめな輝きを放つそれは、不用意に手を触れれば消えてしまいそうなほど儚かった。
「…いらない?」
息をするのも身じろぎするのも憚れて、ただただ呆然と小さな掌の星を見ていただけの俺の耳に、悲しげな幼い声が届く。はっと顔を上げれば、目の前にいる小さな双子の兄は、春の緑にうるりとした雨を降らせる寸前だった。
「いや、違う、欲しいけど…」
他ならぬサガがくれると差し出されたものだ。欲しくないわけがない。
だけど触ったら穢れてしまう、壊れてしまう。そんな予感に駆られて躊躇っていると、ファンシーな星々がひしめく水色の虚空から、サガが手にしているものと同じ輝きを持つ星が現れ、羽根が舞うようにふわりふわりと小さな手の中へと降ってきた。
「ひとつだけじゃないよ、かのん。」
その言葉の通り、サガの掌に降る星は、2つ、3つ、4つ、5つと徐々に数を増やしていく。それに伴い儚い星の欠片も数が多くなるにつれて眩く力強い輝きを放ち出す。
「お前にあげたいものはまだまだたくさんある、カノン」
不意に耳に響いたのは、馴染みのあるサガの声だった。それに気づいた途端、降り積もる星々を受け止めていた小さな掌は、すらりと整ってはいるが聖闘士としての傷が所々刻まれている五指になり、目の前の姿も漆黒の法衣を纏った、双子座の聖闘士兼教皇補佐である現在の兄の形貌に変わっていた。
「どうか、受け取ってくれ」
サガの言葉に後押しされて、俺は一つの星を指先で掴む。途端、すとんと俺の中に入り込んできた一つの思念。
”お前に、影という役割を押し付けてしまい、本当にすまないと思っている”
は、っとして兄の顔を見れば、今にも泣き出しそうに笑うサガの顔がそこに在る。そして俺の指の中にあった星の欠片は、コットンキャンディのように音もなくさらりと消えてしまっていた。
兄の掌にある星はあと4つ。それを俺は一つずつ貰っていく。
”お前が双子座として私の目の前に現れたとき、どれほど嬉しかったことか”
”そしてお前と共に生きる今が、これほどまでに幸福だとは”
”今度こそお前を離さない”
”愛している、カノン”
一粒一粒の星たちが俺の指で消えゆくごとに、染み入ってくるサガの思念。それが、薄っぺらい言葉だけのものではないというのは、俺の心が証明している。
これほどまでに鋭く、鮮烈で、それでいて温かい。それはかつてのスニオン岬で感じた女神の小宇宙を受けていた時と同じような感覚を俺に思い起こさせる。
「確かに受け取ったよ、兄さん」
そっと俺はサガに腕を伸ばす。そのまますっぽりと抱きしめようと腕を回そうとしたが、何故か両腕が届かない。
困惑する俺の頭上から可笑しそうな兄の笑い声が聞こえ、顔を上げようとした瞬間、ひょいと持ち上げられてしまい、ここでようやく今度はこっちの時間が逆行したことに気が付いた。
「カノン」
穏やかな蕩けるような微笑が間近に映ったのと同時に名前を呼ばれて鼓動が大きく高鳴る。夢とは言え綺麗すぎるサガの笑顔と、先ほどとは逆の意味で目線を合わせる形になったことに対してとてつもない気恥ずかしさを覚えた俺は、赤らむ顔を隠すためにぎゅっとサガの首元に顔を埋めてしまっていた。
「カノン…」
ゆっくりと滑らかな指先が髪を撫でつけていく。そしてそのまま背中に下ろされた兄の掌の大きさを俺は初めて知った。
「私のカノン…」
そのままぎゅ、と抱きしめられる。くそ、いつもなら俺の方がお前を窒息するまで抱き返してやるのに。
頬が熱く火照っていて顔を上げられない俺の頭に、不意にこつんと何かが落ちてくる。ふと顔を上げると、そこには先ほどの小さなサガが差し出して来た白金の星だった。
「さが、いっかいおろせ」
自分の声が先ほどのサガと同様に記憶の物よりも高く、幼いものになっている。判ったよと、普段より甘やかで優しい声音と共に地面に俺を下ろしたサガもまた、さっきの俺と同じようにゆっくりとしゃがみこんだ。
「おれも、おまえに、やる」
そう、この星たちはきっと、言葉にすらできない大事な想いを媒介するものなのだ。そしてそれは夢の中だからこそできる奇跡。
その夢を見ることを叶えてくれたのは女神の慈悲か海皇の戯れか、はたまた冥王の臣下である眠りの神の気まぐれか。それとも別の存在の力の介入か。
だがそのどれでも構わない。ありったけの想いを伝えてきたサガに、昇華しても尚、自分の中で持て余している想いを余すところなく伝えることができるのならば。
見慣れない自分の掌に降る星を受け止めれば受け止めるほど、自身の想いがその中に浸透していくのを感じながら俺は、サガの綺麗な指先が俺の星の一かけらに伸ばされるのをじっと見つめていた。

BGM:シティライツ
想うままにの夜音様から頂いた誕生日祝いのイラストがあまりにも素敵すぎて、書かせて貰ったイメージSSです。
小さなサガが大きなカノンにそっと差し出されている星を見て、双子座の運命やら何やらを想うとそれはとても感慨深く色んな想いが込められているのではないかという話が浮かんできて、是非書かせて貰いたいとお伺いを立てたところ、快く承諾して下さいました!改めましてありがとうございます!
夢の中でもサガのことが大好きなカノンや、夢の中だからこそカノンに伝えたい言葉を星に託して伝えるサガというイメージで今回は書きましたが、見れば見るほど色々なストーリーが浮かんでくるとても素敵な一枚だと本当に思います。
夜音様の素敵なイラストは頂き物ページに飾ってありますので、是非見てみて下さい!

SSメーカーバージョンはこちらからどうぞ(´∀`)
(2018/03/25)

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