「ただ、いま」 「おう、おかえ…!?」 どこまでも広がる青空の晴天の日、麓の村の慰問に行っていたサガを出迎えた俺は思わず言葉を失った。白い教皇補佐の法衣を纏うサガの両手にはこれでもかと言わんばかりの赤いカーネーションが抱えられていたからだ。よくよく見るとさらさらと指通りがいい、陽の光と蜂蜜を溶かし込んだかのような髪にもピンク色のカーネーションがふんだんに挿しこまれている。 「ああ、そう言えば今日は母の日だったか」 「うむ…」 そう改めて口にすれば複雑そうな顔でサガは黙り込む。諸説由来は色々とあるが、古くはギリシアの大神達を生んだ母であるレア神を祝う春祭りが起源とも言われる、母に感謝をする日。近隣の村々では優しく穏やかな風貌や佇まいからずっと慕われ続けているサガだが、特に子供たちからは性別の垣根を越えて母親のようだと親しまれているのを知っている。赤とピンクが主だったカーネーションに託された無邪気な想いに、元々人当たりの良いこいつは無碍には出来なかったのだろう。手渡そうにも腕一杯の花を見てがっかりする子供達に自らの髪を差し出す双子の兄の姿をありありと想像しながら、俺はとりあえず中に入るように促した。 「ちょっとだけ待ってろ」 生憎とこれらの量を収められる花瓶などうちには無い。あったとしても入れてなどやるものか。幸い次の回収日まで間が空いているため、空になった手ごろな酒瓶があるので袋から何本か取り出して、キッチンシンクの中へと並べていく。 「ホラ、半分寄越せ」 「ああ、すまん」 抱えているカーネーションを半分以上奪い取り、中身を軽く洗って水を入れたその中に適当にまとめて瓶に挿しこんでいく。この俺を差し置いてこれ以上サガの腕の中に居させてなるものかという気持ちと共に作業を進めていると、もう少し丁寧にやれと声がかかった。 「折角の貰い物だ。そんな乱暴に扱っては」 「ほら、頭を出せ」 長くなる小言を言いだしそうな雰囲気を察した俺はサガの言葉を打ち切って、金色の髪を鮮やかに飾っていたピンクのカーネーションをそっと引き抜いていく。腹立だしいことこの上なかったが、美しいサガの髪を綺麗な彩りで飾ってくれていたせめてもの情けで、幾分かは丁寧に扱ったつもりだ。 「これで全部だな」 花冠かと見紛う程に髪を覆っていたピンクを赤のカーネーションと混ぜながら活け終えると、サガは心なしかホッとしたような顔を見せた。両腕一杯の花を抱えて身動きが取れない中、髪に飾られたそれが一本たりとも落ちないようにと気を張っていたのだろう。全くどこまでこの双子の兄は生真面目なんだかと俺は思わず苦笑する。 「何を笑ってる」 頬を少しだけ膨らませた兄に問いかけられて、俺は正直に答えた。 「相変わらずお前は真面目すぎる。そこも変わらずに魅力的なのだが」 「な、何をお前は馬鹿なことを…」 途端狼狽えた表情を見せるサガ。この顔は、件の村人たちや子供達には到底引き出すことは出来ない俺だけの物。 「馬鹿で結構。こんなにも夢中になれる相手がいるというのは、これ以上にない幸福なことだ」 平素でも美しい金糸の毛先を取って口付ければ、真っ赤になった顔を見られないようにとぷい、とサガはそっぽを向く。照れれば照れるほど真っ赤になった顔を見られまいとそっぽを向いたり俯いたりするのは、未だに口説き慣れていない兄のせめてもの抵抗だということについ最近気づいた。 「サガ」 「…」 名を呼んでもまだサガは絆されてやるものかと目を閉じたままだがその方が好都合だ。俺はほんの少しだけ小宇宙を燃やして小さく次元の扉を開きにかかる。 「カノン、何を…っ」」 僅かとは言え突然小宇宙を燃やした俺に疑問を持ったサガが正面を向いたのと同時、次元の合間に隠していた二つの花を髪に挿しこんでやる。ほとんど警戒心を抱かずにいたサガの髪に素直に収まったこの日のために用意した青とオレンジのカーネーションは、これ以上にないほど似合っていた。 「これ、は…?」 「カーネーションだ」 髪に挿されたそれを手で確かめるサガにそう告げると案の定不思議そうな表情になる。この季節によく映える春の緑を宿す瞳をじっと見つめながら、滑らかな指先を手に取り口付けて、想いを紡ぐために口を開く。 「お前は俺の大切な兄であると同時母でもあった」 幼い頃からほんの僅差で兄になったサガは、不器用ながらも俺を守ろうとあり続けた。滅多に弱音を見せずにいたこの兄の心の機微を覚ろうともせず甘えるだけ甘えていたことを思い出した途端、言葉が途切れて苦い笑いが漏れた。するとサガは俺の手から指先を抜いてそのまま頬に触れてくる。無言のままで無意識に励ます、そんな兄の手の温かさと大きさをまざまざと感じた俺は、改めて自分のそれを重ね合わせてそのまま掌に口付けを贈る。 「っ」 出来るだけ優しく口付けた瞬間、小さく息を飲む音が聞こえた。あの頃は兄であり母であったサガ。そう、今でも母と思う相手にならばこんな口付けは贈らない。 「そして今でも大事な兄であると同時、このカノンの伴侶でもある…、伴侶となった今だから、あの頃の分までお前に感謝の気持ちを送りたいと、そう思ったまでだ」 再び顔は赤く染まっているものの逸らすことなくこちらを見つめ続けてくる。真剣な想いには真剣にかまえる、そんな生真面目な性分の、今は何よりも大切な存在になった者の温もりをもっと近くで感じ取りたくて、両手でその頬をそっと包めば、滑らかな肌はほんのりと熱を帯びていることを伝えてくる。 「今までありがとう。兄さん」 言葉だけなら今生の別れとして取られかねない一言。だが俺は決してサガと二度と離れるつもりはない。 ”永遠の幸福” ”曇りなき一途な慕情” ”あなたを熱愛する” これらの花言葉を冠するカーネーションを髪に挿したサガの瞳からほろり、と小さな涙が零れ落ちた。 「おい、俺はお前を泣かせるつもりはなかったのだが」 「っ、だれの、せいだと…!」 相変わらず涙もろい奴だと何度目かの苦笑を浮かべた俺は、慌てて目元を拭おうとするサガの抵抗を封じるようにそっと目尻に口付ける。 「二度とお前を悲しませる真似はしない」 この春の緑を宿す瞳に慟哭の血の涙を流させることも、意に添わぬ闘いに身を投じさせることも二度とさせない。 そう改めて誓う口付けを髪に挿した花に落とした直後、サガの両手が俺の頬にかかる。 「私も…、お前を二度と手離さない」 蚊の泣くような小さな声だったが、はっきりとその言葉は俺の耳に届く。 「これからも、よろしく頼む、カノン…」 そう言ってふわりと微笑んだサガに言葉を紡ぐのすら惜しくてその身体をさらに強くかき抱く。贈ったカーネーションに飾られたサガを見ることはしばらくお預けになってしまおうとも、今はとにかくありったけの想いを伝えるのが先決だと、目を閉じて待ちわびている、昔から変わることなくかけがえのない存在である者の唇に口付けを落としていった。
ツイッターのハッシュタグ"#リクエストの早い5人に140字SS投げつける見た人も強制でやる"で、リクを頂いて書いたカノサガSSでしたが、140字SSの概念が最初の時点で異次元の彼方に消え失せました\(^0^)/ 文字数数えてみたら2000字超えてたんですが、とりあえず自分の中で140字はクリアしてるからそれで良いじゃんってことに落ち着いたという/(^0^)\ リクを頂いて書いたタイミングが丁度母の日だったのと、反抗期留年バージョンの愚弟がサガに花を贈るというネタがぼんやり浮かんでいたため、これ幸いと言わんばかりにドッキングしたら通常運転の双子になりました(*゜∀゜) カノンにとってのサガって兄であり母であり伴侶であり妻でもあり姫でも天使でもある訳ですが、、どんだけチートなキャラなんでしょうかねサガ。
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