パフェと双子
じりじりと暑さを振りまく真夏の太陽が朝から眩い日曜日の朝。双児宮のダイニングテーブルの上には、先日空にしたばかりの蜂蜜の瓶が一つ置かれていた。その中には、サクサクとしたコーンフレークとさっぱりとしたヨーグルトアイスが交互にこれでもかと言わんばかりに詰め込まれている。更にその上を渦を巻くようにして乗せられている生クリームの中央には色鮮やかなラズベリーソースがかけられており、そこをぐるりと取り囲むようにして飾り立てられているのはイチゴ・バナナ・キウイや桃といった王道のフルーツの他、小さく切った市販のクリームチーズケーキが、落ちるか落ちないかの場所に絶妙なバランスで生クリームの中に鎮座している。
「どうした? 食わんのか?」
ハッキリ言って自信作である、そう顔に張り付けたまま椅子を引いて着席したカノンの向かい側で、サガはしばしの間固まっていた。
「カノン・・・、私はサンデーをと言ったつもりなのだが」
パフェグラスとして転生を果たした蜂蜜の瓶は、小ぶりでも大ぶりでもなく丁度良いサイズである。二人揃っての休日前夜、朝食が何がいいかと問われたサガは、連日続く暑さと疲労のため、冷たくて甘い物を食べたいという明確なリクエストをカノンに返した。更に言えばサガは安息日には質素な食事を好んでいる。それはカノンも良く知るところであることから、今日の朝食は質素な甘味であるサンデーだと信じて疑わなかったのだが、出てきた物は想像とは真逆の嗜好を凝らしたパフェだった。
作ってもらって文句は言いたくはない。しかしこのような贅沢な物を安息日に食べるのを良しとしないことをカノンは知っているはず。だからこそ問いたださずにはいられない。
「やれやれ・・・、お前は自分が考えてるより疲れているようだな。明日も休日にするように言っておくか」
だがそんな自分の声もどこ吹く風で、肩をすくめながら聞き流すカノンにサガは思わず声を荒げてしまっていた。
「何を言うか! 私が安息日に豪華な食べ物を口にすることはを好まないことはお前こそ知っているだろうに!」
激情に任せ勢いよくだん、とテーブルに手を突こうとするが、ギリギリのところでサガは思いとどまる。蜂蜜の空き瓶とは言え…否、だからこそセンスが光る、カフェさながらの出来のパフェに何の罪はない。ましてや過去に仲違いし、悔やんでも悔やみきれないほどの悔恨の果てに和解した、今では色んな意味でかけがえのないたった一人の弟の手によって作られた物である。一時の激情にまかせて台無しにするわけにはいかない。
ぐ、と息を飲み動きを止めたサガの顔を、同じぐらいに真剣な表情でカノンもまた見つめ返しながら、己の考えを述べていく。
「お前こそ何を言うのだ。平素から清貧を気取り質素な物しか食っていない癖に。一週間の締めに我が愛する兄君に美味しい物を食べて欲しいと願ってなにが悪い」
「っ・・・!」
かつて神をも誑かした達者な口は未だ健在である。それに加えサガは昔からこの双子の弟に本気で翻弄されっぱなしだった。兄として情けないところではあるのは重々理解していたが、柔軟な考え方を持ち、更には”好きな人ほど苛めたい”タイプであるカノンに口で勝てた試しがない。増してや善意でやってくれたことだ。これ以上文句を言うのも野暮と言うものではないだろうか。
あっという間に丸め込まれて、改めて作られたパフェに視線を落とせば、どうしたらこれほどまでに綺麗に盛り付けられるのだろうと半身の手腕に密かに感動している目の前で、ニヤリと口角を持ち上げたカノンにサガは気づいていなかった。
「いらないならば俺が喰うが」
周囲からは物腰柔らかで優美だなんだと言われているが、根本的には負けず嫌いのサガである。軽く挑発するように言ってやれば意地でも食べにかかるだろうことを見抜いていたカノンはポーズとしてスプーンを持って来ようと腰を浮かせたが、彼もまた肝心なことを失念していた。
「黙れ。誰がいらぬと言った。私に献上したものなら私のものだ。ましてや他ならぬお前が作ったものだ。誰にも渡すものか」
「・・・」
平素は聡明で雑兵や近隣の村人からは貴き双子座として崇められている愛しきこの半身は無意識のうちに破壊力のある言葉を紡ぎだす。そのあまりにも純粋な衒いのない言葉は本当に不意打ちに襲いかかって来るので己の頬が熱くなったのも一度や二度ではない。
サガがカノンの口の達者さに悔しく思うのと同時、カノンもまた自分に翻弄されていることなどサガは知る由もない。
「オレの兄は天使か・・・」
「?何か言ったか?」
「いやなにも」
毒気を抜かれたようにすとんと腰を下ろしたカノンの前で、覚悟を決めたのはいいが完璧に作られたパフェのどこにスプーンを入れるべきかと、麗しきかんばせに困惑を滲ませるサガが可愛くて堪らない。己の兄は双子座聖闘士と兼任して天使なのかとカノンは心中でもう一度呟いた。
不意にカノンは女神の育った東洋の国の一部にて、我が兄こそが天使だと思う者が須らく入会資格があるというとある協会の噂を思い出した。如何に自分の兄が本当に天使なのかを布教することが目的である、通称"OAMT"協会は、今なら入会記念に協会名のロゴと天使の羽根があしらわれたTシャツなるものが配布されていると聞く。もとより双子座と海龍を両立しているのだから、この際兼任するポジションが一つくらい増えたってどうということない。近いうちにその門戸を叩こうか否かと真剣に悩み始めた自分の前で、いただきますと手を合わせたサガを前にして我に返ったカノンは、自分用のフルーツパフェ作るために一度席を立ち離れて行った。


己が食べる物だからとあまり頓着しないで作ったため、戻って来た時間はさほど経っていない。にも関わらず、まるで小鳥が啄んでいるかのような量でしかパフェが減っていないのは気のせいではない。
「まだ躊躇っているのか?」
「う…」
質素な物を好むサガがこのパフェを素直に口にせずある程度ごねることは見越していた。なのでいつもよりも部屋を涼しくしたり材料をギリギリまで冷やしたり、易々と溶けない状況を整えた。にも関わらず、減りが遅いせいで全体的にパフェは溶けかかってしまっている。
生き返ってからは鳴りを潜めていたはずの、兄の完璧を求めるかのごとくの几帳面な部分。かつて二人が道を違える原因の一つでもあったそれは、蘇ってから一度たりとも強制されたことはないし、たまに仕事の面で根を詰めるところはあるとはいえ大分薄れていたかと思っていた。だが、サガを想い、一分の狂いも無く作ったパフェはその名に相応しい"完璧"な形をなしていると自負していたがまさかそれが裏目に出てしまうとは。
(やはりこれも性分なのだろうか…)
しかしある意味でこれは嬉しい誤算でもある。勿体なくて崩したくないと兄が思う程に上手く作れたことの証明でもあるし、何としても己の作った物を無駄にしたくないと四苦八苦するサガの姿は控えめに言って可愛くいじらしいとすら思える。だが作り手としては美味しい内に早く食べてもらいたい気持ちがあるカノンは、自分用のパフェを無造作にテーブルの上に置き、持ってきたスプーンを反対側から差し入れて生クリームとイチゴを掬い上げた。
「あっ! こら、それはわたし、っ、んんっ」
皆まで言わせずカノンは、突きつけたスプーンに載せたそれらを抗議しかけたサガの口の中に放り込んだ。
「良いから食え」
「んっ、んん」
不意に訪れた冷たさとこればかりは自分がもたついていたからだという負い目もあり、サガは非難の声を上げずにバツが悪そうな表情で目線を斜め下に逸らしてもぐもぐと咀嚼する。そんな姿をまじまじと眺めてくるカノンに居たたまれなさを感じていたが、当の本人は内心で『俺の兄は聖域に降り立った天使か知っていたがこれほどの破壊力とは』とサイレントシャウトしていることなど勿論サガは知る由もない。
「ほら、その調子だ。早く食べてしまえ」
今度は先ほどよりも少し多い量を乗せたスプーンを突き付けてくるカノンに、意を決したように思いきりそれに噛り付いたサガの口中にラズベリーソースとキウイ、そして生クリームが絡まった桃とイチゴが口中に入ってくる。数回咀嚼してこくんと飲み下した際、甘さと冷たさのためかぎゅっと目を閉じたサガをカノンは少しばかり驚いた表情で眺めていた。
もう少し躊躇いがちに来るかと思っていただけにその行動は意外と言えば意外である。だがそれすらもたまらなく魅力的に見えてしまうほどに、己はこの兄に惚れていることに改めて気づかされた。
「ちゃんと食えるな」
「ん」
「何なら俺が食わせてやろうか?」
「いや、いい」
一度食べさせてやったことである意味で吹っ切れたのか、淡々と答えながらクリームチーズケーキにフォークをを挿しこんで口に運んでいくサガは、それでも美味しさと冷たさを隠せないと言わんばかりに顔をほころばせたりしかめたりと忙しなく普段の完璧な聖人然とした姿からは程遠い。だがそんなことで幻滅するような心はとうの昔に捨て去っていたカノンは、兄のそんな無防備な表情もしっかりと堪能しながら器用に己の分のパフェも平らげて行った。


「美味しかった。ご馳走様」
食べる時と同じように手を合わせたサガの前に差し出されたミントティーは、冷たい物ばかりでは身体が冷えてしまうのを考慮してか、ホットで淹れられた物だった。少し熱そうにティーカップを両手で持ち上げながら、それでも弟の気遣いに満ち足りた感情を隠せないでいる。そんな兄の満足げな表情を勿論カノンは見逃すことはせず、ブラックなはずなのに何故か甘く感じられる珈琲を啜っていた。
「また作ってやるから」
ふぅ、と一息ついたサガのどこかあどけなく無防備な表情を目にしてカノンは目を細める。やはり作って正解だったし、これからももっと食べさせたいという気持ちをストレートに口にした弟に、サガもまた、控えめな笑みを浮かべていく。
「ああ頼む。だが次はもう少し控えた物を…」
そう言いかけた唇を、パフェグラスの中に突っ込んでいたスプーンで触れて先の言葉を封じてやる。冷たさでしかめられた、自分とは同じようで違う兄のそんな表情もたまらなく愛おしく思えて仕方がない。
「何度も言わせるな。普段から清貧を気取るお前に美味い物を喰わせたいと思って何が悪いのだ」
一生俺が作ったものを喰わせたいしその全てを手に入れたい。もちろん胃袋もそこに含まれているのだと暗に仄めかせば、かちり、と小さく音が鳴る。
「…こちらとて同じことだぞカノン。お前の作ってくれた物はどんな物だろうと美味いことには変わりはない」
微かに聞こえたそれは、スプーンに軽くサガが歯を立てた音だと気づいた時にはもう遅かった。
何よりも甘く柔らかなその声がカノンの耳に侵入し、優しくしっとりと鼓膜を震わせる。
しばし訪れた無言の時。やがてどちらからともなく吹き出す声が聞こえ、やがて双つの笑い声が重なっていく。
「仕方がない。今回はお前が折れたのだから、次は俺が折れてやろう」
「そうしてくれ」
何気ない穏やかな時間。互いが互いの思いやりに満ちていることを言葉を交わして知り得るまでに修復した関係。
笑い声が止み、再び訪れた心地よい静寂の中で、春の緑と海の緑がお互いを慈しむ光を称えて交差する。やがてどちらからともなく顔を寄せ合い、互いを愛おしむ様相は、眩い朝日に照らされたアイボリーの壁に、仲睦まじい影絵となって映し出されていく。

"完全なデザート"という意味を持つパフェは、色々なやり取りはあれどカノンが望んだとおりサガの胃袋に納まり、そしてこれ以上にないほど完璧な甘い大団円を双子に与えてその役目を全うしたのだった。




ちなみに後日、件の協会に入ろうとパンフレットを集めていたカノンだがあっけなくサガに見つかり、こってりと絞られたのだが、怒りながらも恥ずかしげに顔を赤らめていた様子に、『やはり俺の天使の可愛らしさは自分だけが知っていればいいか』と考えを改め、入会を断念したことも余談として付け加えておく。






パフェの日とソフトクリームの日はとっくに過ぎていますが、暑い日が続いているので冷たい物を食べさせる双子と言うことで(*´∀`*)
パフェ=サガという意見をネットで見て、「なるほど、パフェのように甘く美しく飾られているところは天使と通じる部分があるな」と真顔になってしまった自分(及び脳内カノン)はどんだけなんだと思いました\(^0^)/
最初は自分の分も込みでジャンボパフェを作るカノンと、その精巧さに本当に食べてもいいか躊躇うサガに発破をかけるため、反対から穿ってどんどん食べて行きながら、サガにあーんさせる展開だったのですが、それじゃサガがパフェ完食出来ないじゃんとなってこんな展開になりました。あまり変わっていませんが\(^0^)/
そして今回、初めて作中にステマなる物を仕込んでみましたが、果たしてどれほどの効果があるのかその辺も気になるところですwww
(2018/07/16)



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