花火カノサガ
ひゅるるるるという音と共に火の軌跡が描かれて数秒後、ドォンという音を立てながら濃紺の夏空を華やかに彩る無数の火の花。一瞬でその軌跡は途絶えるものの、後から後から打ち上げられるそれは、まさに圧巻の一言につきた。
「綺麗だな」
「ああ」
そんな花火に彩られた夜空を双児宮の中庭にて寄り添いながら眺める人影は双つ。小気味よい音を立てながら空中に打ち上げられていく模様の齎す明るさは、双児宮の主であるサガとカノンの顔を平等に照らし出していく。

冥界と地上の聖戦が終了してから幾度目かの季節。散っていった戦士たちの魂は蘇り、様々な戦後の処理も落ち着き地上、海界、冥界の関係も保たれつつある。
それでもまだ平和を脅かす存在は点在しており、地上は聖闘士が、海は海闘士が、冥界は冥闘士が訪れた泰平を保つために日々尽力している。そんな彼ら闘士達を労う意味も込めて、三界の勝神である女神の案により花火大会が実施された。
元々は冥界の女主人であるパンドラの故郷であるドイツで毎年開催されるというの「日本デー」なる物がきっかけである。日本の食文化を表す屋台が立ち並び、カルチャーや伝統文化を紹介しつつ、最後には日本の花火職人が打ち上げるそれで有終の美を飾るという情報が、個人的な友好も深めつつあるパンドラから女神に経由したというの端を発し、そこからあれよあれよと計画は立てられ実行された。ポセイドンやハーデスもこの計画には乗り気であり、二神の神通力によりこの花火は地上では聖域のみならずハインシュタイン城の跡地とエリシオン、海界では水面を通して見られることになっており、まさに三界全域はお祭りムードに包まれていた。

「我々に労いを…とのことだったが、この暑い中では打ち上げる方も大変だろう」
今からでも手伝いに行こうかという言葉を言外に仄めかして腰を上げかけたサガを、隣にいたカノンは内心慌てながらも、やんわりと言った体で止めにかかる。
「待てサガ、女神が仰っていただろう。これは労いだけではなく和平の願いも込めた花火大会だからと。ただ花火を眺められる時間がどれほど貴重なものか、それをわからぬお前ではあるまい」
「それは…そうだがしかし…」
「いいから今回は女神のご厚意に甘えておけ。女神とて一財団の当主であらせられる方だ。花火師やその他の労働者に対しては十分な休息や対策を練っておられるだろう」
未だに躊躇いの色が顔に浮かぶサガの手をぎゅっと握りしめながら、あの手この手で引き留めるカノンの言葉の半分は一応本心だ。残る半分は『何が悲しくて、最愛のお前が打ち上げた花火を眺めなければならないのだ』という健気な男心である。
十二宮より下の麓では様々な出店が立ち並んでおり、地上に派遣されていた聖闘士達がほぼ聖域に集まりそれを楽しんでいた。最初は花火など教皇宮からでも眺められるからと、この祭りのための休息日を執務に当てるつもりでいたサガを今と同様に言葉を駆使してひっぱり出したはいいが、サガに構い倒されたくて仕方がない若き英雄の天馬や、こういう時くらい息抜きをしているかと確かめに来た名目で世話を焼きたくて仕方がない年中三人組を始めとする諸々の前では大っぴらにくっつくことも出来ず、内心で慟哭の血の涙を流していたカノンである。
流石に天もそんな様子を憐れんだのか、一瞬だけサガと二人きりになれた時間を無駄にせず、カノンは兄を瞬時に抱え上げ、誰にも見咎められないうちに光速で自分達の守護する双児宮に戻ってきたのだ。抵抗する間もないまま双児宮に拉致され、中庭のガーデニングチェアに下ろされたサガが我に返る前に、『お前と二人きりでゆっくり花火を眺めたかった』と拝む勢いで口説き倒した真意を本当にこの兄は判っているのだろうか?
(いや、確かにやり方は強引だった自覚はあるが…)
しかしそうせざるを得ない程に自分は彼に惚れているのだ。口にしても口にしても伝わりきらない想いがあるのは十二分に判っているが、たまには察してくれてもいいじゃあないかとそっぽを向いた拍子に、余りある愛しさの反動でどこか鈍いところのある半身への若干の恨みがましさが顔に出ていたのか。
「そんな顔をするな。確かに今のは私が無粋だった」
バツが悪そうな苦笑を浮かべたサガの手は無意識のうちに固く握りしめてくる弟の手の中で返されて、その五指はゆっくりとカノンの指に絡められていく。
「っ…」
思わず振り返った顔が赤らんだと同時に何度目かの花火が上がる。眩い光に一瞬目が眩んだため兄の表情は見えない。そして次に視界が開けた時はパチパチパチと音を立てて連続で上がる花火に子どものような無邪気な顔で見入っている横顔だった。
(まったく…)
こちらの気もしらないでという想いが沸き上がるのが否めない。そんな無防備な顔で見上げるほど楽しみにしていたくせに、他人の事ばかり考えて自分の事をおざなりにするのは美点であると同時どうしようもない欠点でもある。
(何も後ろめたく思う必要などない。むしろ周りからも心配されているほど十分すぎるほど頑張っているではないか)
そんな思いを抱きながら、花火に照らされたサガの美しい横顔を眺めるのを、しばしの間カノンは止めようとはしなかった。

花火よりも綺麗なサガの横顔をほどほどに盗み見するカノンの視界の端に、次に打ちあがった三連発のカラフルな花火の光がほどほどにせよと言わんばかりに入り込む。それと同時、神をも誑かしたお前の口の上手さを見込んで頼みがあると、おおよそ人に物を頼む態度ではない言葉を紡ぎながら、冥界の翼竜にアドバイスを求められたことをふと思い出した。
共に戦い心中して、改めて話してみたところ馬が合ったため、手合わせは勿論、腹を割った話もするようになった。その中には色恋沙汰の物も含まれており、散々カノンはサガのことについて惚気ていた。呆れながらもカノンの言葉に耳を傾けていたラダマンティスだが、ついぽつぽつと恋仲である相手のことについて打ち明けたのがこの花火大会の数日前。相手はカイーナ軍の副官であり、傍から見てもラダマンティスに心酔していることが手に取るようにわかる妖鳥とのことだった。
あのハーピーの事だから翼竜がかける言葉なら何でも喜ぶだろうという言葉は辛うじて飲み込む。そんなことはラダマンティスが一番良く判っているのだ。上司として部下にかけるそれではなく、一対一の恋人としての言葉で喜ばせたいのだと言うことは、自身にも心当たりがある。
なのでカノンは、花火よりもお前が何よりも綺麗だと言ったことを伝えろとアドバイスをした。案の定ラダマンティスはそんな歯の浮くようなことを言えるか!と難色を示したが、ヘンに気取ればクサく感じる言葉も、実直なお前が言えばぐんとその言葉は重みを増すのだからという意見を添えることで、ようやく覚悟が決まったようだった。

「あいつは上手いことやっただろうか…」
「ん?」
知らぬ間にぽつりとつぶやいた言葉を聞きつけてサガは不思議そうにカノンを見やる。
「あ、口に出していたか」
「ああ、何か気にかかることでも?」
「いや、大したことではないのだが…」
そうしてカノンは数日前に冥界の裁判官に悩みを持ち掛けられたことをざっくりと説明する。
「恋愛に関してはこと不器用な部類のあいつのことだ。うっかり口説き文句を間違えて花火をバックに"お前もああなる"とか言っていなきゃいいが」
からからと笑いながら説明する弟を、サガは黙って聞いていた。一緒に笑うでも咎めるでもない。ただただ何物にも代えがたい、愛しさに満ち溢れた視線でカノンを包み込みながら。
「…っ、おい、」
ひとしきり笑い終わった後、何となしにサガの顔を見てしまったカノンは思わず息を飲む。一度引いたはずの火照りが再び上がっていくのを止められない。蕩けるように幸せそうに笑うその顔は、心から愛されていることを知るには充分すぎる破壊力を持っていて。
「何だ?」
ふふ、と嬉しそうに笑いながらも尚自分を見つめることを止めないサガに、思わずカノンはたじろいでしまう。
「いや…、お前がそのようにして関係を広げていって、上手くやっているのだと思うと嬉しくて仕方がないのだ。私だけが知っていたカノンがようやく世界に認められたのだと思うとな」
次いで紡がれた言葉に、いよいよもって一気にカノンの頬は熱くなる。珍しく照れた様子のカノンを見つめることをサガは止めようとしない。
「っ、俺の顔など見飽きているだろう。それよりもそろそろ花火も終わりに近づいてきたのだからそっちを見ることに集中しろ」
悔し紛れの言葉などで、この兄に本心は隠せない。下手をすれば泣き出してしまいそうなほどの嬉しさと幸福感に支配された表情を見せる側になるにはまだまだ経験値不足であることを自覚せざるを得ない。
たまらずに夜空を見上げようとしたカノンの頬に、滑らかで温かな感触が触れる。あ、と思う間もなく、柔らかな春の緑を髣髴とさせる兄の視線に捉われてしまっていた。
「見飽きることなどあるものか。そんな風に話せる者が出来て笑うお前の顔は、花火と相まってとてつもなく眼福だ」
「っ」
平素はキスで塞げば艶やかで愛らしい吐息を漏らす唇が、今日は自分を翻弄する言の葉を紡ぎだしている。先ほどの指繋ぎと言い今と言い、まさに天使の如くの微笑みとサガにしては大胆な行動に、夏の暑さや花火の明るさでは誤魔化せない程カノンの顔は熱くなっていく。
「…今日は如何したのだ?」
やっとの思いで紡いだ言葉に、サガは悪戯っぽくくすくすと笑う。
「たまには私もお前を口説きたい日がある。なるほど、お前の気持ちが少しだけ判った」
そんな風に狼狽えるお前の顔もたまらなく愛しいと紡がれていよいよカノンは俯いた。
「っ、くそ、不意打ちは卑怯だ」
「そんな不意打ちをいつも私に仕掛けてくるのは誰だ?」
どこまでもしてやったりと小悪魔さながらの言葉と微笑を向けてくる兄に、いよいよカノンは観念する。

今日はとことん小悪魔めいた天使に口説かれてやろう。
そして胸を突き上げる愛しさに倣って、とことん愛されてやろう。


「判った、今日はお前の好きにしろ」
「言ったな? 黄金聖闘士たるもの自分の言動に責任は持つように」
「それはこっちの台詞だな」


くすくすと笑い合いながら顔を近づけ、その距離がゼロになった瞬間双つ瞼がそっと下ろされた瞬間、ひときわ大きく色鮮やかな最後の花火が打ち上げられる。
夜空に大輪に咲き誇っていた軌跡が消え、麓から聞こえてきた喧騒が薄れつつある。
泰平の時を悠久のものにするために尽力する日々の再開が訪れるまでの束の間、互いの身と心を甘やかな花火で満たし満たされ合う時間が夜の帳に包まれた双児宮の奥にて始まろうとしていた。











毎年の如くふざけた暑さを誇る夏ですが、そんな夏だからこそ双子にはイチャイチャしてもらいたいものです(`・ω・)
夏と言えば海水浴や熱帯夜、浴衣に花火大会と美味しいイベントが盛りだくさんですが、今回は花火大会をチョイスしてラブラブしてもらいました\(^0^)/
そしてまさかのカノサガカノ展開に\(^0^)/ 天使だなんだと言っていますがサガは対カノンに対しては生身の男性らしくそれなりに情欲を感じると思いますw
カノンはサガをひたすら天使だと思っていますがねwww
勿論この後の双児宮with夜の打ち上げ花火大会は、カノンがひたすらサガの中に打ち上げ花火をぶっ放します(自重は暑さで溶けました) しかしサガも負けじとカノンの花火筒から花火を取り出すために口や手で(以下GE)
(2018/08/04)


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