電マと天使と愚弟と元凶兼被害者・蟹
その日の聖域は夏らしい空が一面に広がり、目が洗われるような晴天だった。
いつものように出仕したサガは、いつものように執務室にて会議に使う書類を作成したり聖域に上がっている報告を取りまとめたりと過ごし、いつものように昼を迎えた。
常ならば昼休憩の時間も持参した昼食を摂りながら書類に目を通して、共に仕事をしているアイオロスに苦笑されながら窘められるのだが、本日彼は視察に赴いているため、この時サガは一人だった。
先述したとおり外は気持ちの良い青空が広がり、それに加えて過ごしやすい気温にも恵まれて、更には窓からの陽光はサガを外へと誘うように入り込んできている。一人で籠って食事をとるには勿体ないと判断したサガは教皇宮の中庭に移動して、夏の日差しを浴びた草花に囲まれて思う存分リフレッシュしたのである。
その間珍しくうたた寝をしてしまったのだが、教皇宮から近づいて来る愛しい半身の小宇宙を感じてパチリと目が開く。執務中はあまり私情を持ちこまないサガであるが、それでも憎からず想う相手がそばに来ているのなら会いたいと思う。少しだけ開放的になった気持ちをそのままに、カノンが赴いているであろう執務室に戻ろうと、小走りで廊下を歩いていると、その件の相手が早足で近づいて来て、あっという間に目の前に来たかと思うと、食い込むのではないかと思うほどに爪を立てられた手が両肩をわし掴んだ。
「サガアアアアアアアア!!」
「ど、どうしたのだカノン!?」
「貴様、これ以上天使の顔をしてオレを翻弄してどうするつもりだ!?」
「???」
目の前の弟の突然の剣幕にサガは戸惑うしかない。
緑の匂いと陽光をたっぷりと浴びて気分を切り替えてきたところにカノンの小宇宙を感じ内心浮き足立って戻って来たら、その愛しい相手はさっきまで過ごしてきた穏やかな時間は何だったのかと思えるほど、滝のような血の涙を流しながら、怨霊もかくやという表情で詰め寄ってきたのだから。 
そのあまりの狼狽えっぷりに、前教皇であり現教皇の相談役であるシオンに喝を入れてもらおうと考えたサガだったが、あいにくこちらも避暑という口実を作って五老峰の童虎の所へ行ったことを思い返した。
「カノン、取り敢えず落ち着きなさい」 
「これが落ち着いていられるかくぁwせdrftgyふグハアッ!?」
「落ち着け」
カノンのがら空きになった鳩尾にワンパンを入れて強制的に大人しくさせる。意識を刈り取った弟の身体を肩に担ぎ上げ、のしのしと歩いていく様は、まさに黄金聖闘士の中でも一、二を争うに相応しいそれだ。
遠巻きにこちらを眺めてくる人々に対し「騒がせてしまってすまなかったね」と微笑む姿はとてつもなく優美であり、一瞬にして騒ぎを収める姿もまた、神の如くと呼ばれるに相応しいと、肩の上でぐったりとしているカノンを忘れ、その場にいた誰もがそう思ったと、名もなき文官見習いは後にそう語ったという。

背中に感じるふわふわとした感触はまるで雲の上にでもいるようだと、微睡む意識の中で感じていたカノンは、遠くから自分の名前を呼ぶ声にうっすらと目を開けていく。
視界にぼんやり映るのは、日に透けるように眩い金糸の如く髪を持つ美しい容貌の、春の緑の息吹を感じさせる瞳を持つ己だけの天使の姿だった。
・・・ノン、カノ・・・
その唇から歌うように紡がれるのは自分の名前であり、その声は愛してやまない半身のそれ。
「ん、サガ・・・」
天使であり半身の名前を呼びながら、カノンはゆっくりと手を伸ばしていく。
そんな悲しげな顔をするな…、俺は今度こそお前の傍にいると誓ったのだ。しかし不安ならそれを確かなものにするためにも、今一度、お前からキスを…。

「起きろ愚弟」
「ぐへっ」
雲上の楽園の如くの微睡みから一転し、誓いと祝福の甘いキスの代わりに与えられたのは、天使の妙なる拳からなる容赦ない目覚めの鳩尾への一撃だった。 
「何をするサ…」
「落ち着いたか?」
「はい」
一瞬にして目が覚め、がばりと起き上がったカノンは反論をしようとするも、冷徹なサガの視線とその声に、たちまち反論する意思を奪われる。
「起きたならそこに座りなさい」
そこ、と指し示した場所は、二人きり落ち着いて話し合うために選んだ仮眠室のベッドの上であり、既にサガが座っている隣だった。
もぞもぞと身体を起こし、しおらしくちょこなんと正座するカノンに、よし、と一声置いてサガは口を開く。
「まったく…黄金聖闘士たるものがあんなにも取り乱しては示しが付かないであろう。ましてやお前は海将軍の筆頭でもあると言うのに…」
つらつらと始まる説教の口上に、騒ぎ立てた負い目もあって大人しくしていたカノンだが、しかしそれでもどうしても引き下がれないことだとサガの言葉を遮るように顔を上げ、声を荒げた。
「それは判っている、しかしだなサガ!」
「…」
対するサガもそんな弟の必死の剣幕に言葉を切る。十三年前ならともかく、真に女神の聖闘士となり、海将軍の筆頭ともなったカノンがここまで食い下がるには何か大きな理由があるのだろう。
「・・・一応だが言い分を聞こうか」
自分には心当たりは全くないが、弟の言うことを頭ごなしに否定するような真似はもうしないと固く誓ったサガは、ベッドの上に正座した弟に楽な姿勢になるように促し、改めて自分の隣をぽん、と叩く。一瞬躊躇いが浮かんだがそれはすぐに消え、覚悟を決めた表情でカノンは指定された場所よりも・少し間を開けて腰を下ろした。

事の発端は、カノンが執務室を訪れたことから始まった。 
「サガ、居ないのか?」
聖域に提出する海界における情勢を纏めてきた書類があったことをうっかり忘れていたカノンは、オフ日にも関わらず昼食をランチボックスに詰めてせっせと長い階段を上って教皇宮までやってきた。提出期限には余裕があるし後日にしてもよかったのだが、思い立ったが吉日と言わんばかりにやってきたのは、少しでも長くサガとともに居られる口実ができたからに他ならない。ちなみにサガが帰宮してから手渡すという考えはカノンの頭にこれっぽっちもない。プライベートモードから一点、仕事モードに切り替わってしまった兄に放置され、甘い夜から一人寝のわびしい夜を味わわされるのが目に見えているため、考えるだけ愚の骨頂である。
それはさておき、生憎サガはここにはおらず、珍しく中庭にて休憩中らしいことは辿っていった小宇宙から判明した。しかも無防備に眠っているらしい。休めといってもなかなか休まない仕事バカとすら言っていい兄の貴重な時間を邪魔するのも無粋かと思ったが、いくら暑いからと言って屋外で寝ていては体調を崩す恐れがある。こっそりと仮眠室に運び、そこで天使の寝顔を拝みがらランチにするかと考え、とりあえずはと書類をしまうために開いた抽斗が二度目のポセイドンの鉾となることなどこの瞬間までカノンは知る由もなかった。
「・・・・・・・・・・・・は?」
整理整頓されているはずの机の中に仕舞われていた異質な存在感を放つそれ。球体の如くの先端からしなやかな曲線を描くフォルムを保ち、持ち手にはスライド式に強弱を操作すれば震動するそれ。
「ちょ、ま、なんで」
何かの間違いだと震えるてで机の中の引き出しに仕舞われていたそれを恐る恐る手に取れば、シリコン素材であることが伺える。いいや、まだだ、最後まで見るまで俺は諦めんと気力を奮い立たせて取り出して見ると、"Made in OAMT”のロゴがフォルムに刻まれている、近代のアダルトグッズとして名高い電動マッサージ機、通称電マがその姿を露わにした。
何故サガがこんないかがわしいアイテムを持っているのかと自分の全身から血の気が引いていくのが判る。
未だに根底に張り付いているサガの罪の意識に付け込んで、あわよくばその身を好きにしようと画策している輩がいるのか、それとも十三年間聖域を牛耳ってきた黒い息子の置き土産か?はたまた・・・と考えてるうちに目覚めたサガがやってきて、そのままカノンのソロ修羅場に巻き込まれたという訳である。

「・・・そうか、アレがバレてしまったか」
重くため息を吐き出すサガに、いよいよ持ってカノンの一度冷静になったはずの怒りはマグマのごとく上昇していく。
「そんな馬鹿げた物をお前に送りつけた不届き者はどこの誰だ」
さあ話せ、正直に話せとカノンは詰め寄るが、サガは口をぐっとつぐんだまま顔をそむけた。
眉尻を下げて困ったような顔でそっぽを向いているサガに、平素ならカノンもあざと可愛い俺の天使めと釣られたであろうが、あいにくと今回ばかりはほだされてやるわけにはいかないと、ぎし、とカノンは深くベッドの上に乗り上げた。
「サガ」
低く唸るような声で名を呼べば、顔を合わせないままの兄の身体がひくりと震える。
「そうか、言う気はないのか…ならば仕方がないな」
「っ!?」
手のひらサイズの異次元の中に隠し持っていた件の機械を無表情のまま取り出して、振動させた先端部分をサガの顔へと突きつける。
「俺とて本意ではないが、これを駆使してお前を追いつめて事実を白状させてもいいが、出来ることならやりたくはない」
これはカノンの偽らざる真実だった。確かにこうした小道具を使って乱れに乱れるサガを堪能するのもいいが、この天使の身も心も満足させられるのは己自身の肉体の身だという矜持を持ち続けるカノンにとっては最後の賭けとも言えよう。
「っ、それだけは…!」
「ほう、なら言う気になったか? 誰にこんなオモチャを貰った?」
「…で、デスマスクに…」
「やっぱりかあの蟹マスク野郎」
心当たりのありすぎる名前にカノンの顔は凶悪なまでのものとなる。サガが自発的にこんな玩具を購入するはずはない俺の天使に変な入れ知恵を付けさせやがってあの蟹めゆでるか凍らせるか締め上げるかどうしてくれようという考えに頭を支配された弟に、兄は必死になって追いすがった。
「カノン! あの子は悪気があってこれを勧めたのではない!その…机仕事ばかりで肩や腰が凝って、自分一人で何とかできる器具はないかと相談したところ、これを勧められて…」
「…」
はた、とカノンの手の中の電マ別名称ハンディマッサージ機の振動が不意に止まった。
そう言えばこれは元々電動マッサージ機で、一人で気軽に肩こりをほぐせるために作られたものだったという。それがどこぞのスケベな輩が、先に世に出ていた大人の玩具よりも振動が強いからとAV業界に持ち込んだのがきっかけとなり、今や電動マッサージ機=電マ=股間や胸に押し付けるものというイメージが強くなってしまったのだと、ある種の風評被害を被ったであろう電動マッサージ機を、カノンは無造作にベッドの上に放り出した。
「カノン?」
「…すまん…」
冷静になって気づいてみれば最愛の人にとてつもない醜態を晒してしまったのだ。そして万が一の気まぐれだったとしても、デスマスクがサガに純粋な親切心でこの道具を勧めたなど思いもしなかった自分の心の汚れ具合は恥ずべきものだと、先ほどベッドの上に正座していた時以上にカノンはしゅんと小さくなった。
よくよく思い返して見れば、彼は子供の頃かタダ働きはゴメンだ、見返りがある方に常に付くと言い憚っていた。十三年前にアイオロスが赤子の女神を聖域から逃がそうとする際も、モノ次第で通してやらんこともないと言ってのけたほどの男だ。そんなデスマスクが最後までサガに着いてきたその理由を、双子の弟である自分は推して知るべきだったのだ。
と、そこまで自省していたカノンの耳に、ようやく誤解が解けたとホッとしたようなサガの声が飛び込んでくる。

「良かった…。"カノンにだけは知られるな、知ったが最後、あいつはノリノリであんたをマッサージしにかかるから"と言われて、お前に負担をかけるまいと黙っていたのだが、それがかえって誤解を招いたのだな。すまなかった、カノ…っ!?」

前言撤回。自分の心は相当穢れている自覚はあるが、あいつに比べれば石灰水のようなものだ。
「そうだとも、俺が兄さんをマッサージすることに負担など感じるわけがない」
「カ、カノン…?」
ゆらりと立ち上る幽鬼のような小宇宙に思わずサガは後ずさるが、それを許すカノンではなく、逃がすまいとがっちりと肩を掴んで抱き寄せる。
「だがあいつの心遣いを無碍にするわけにはいかない、折角だから今から俺がこれを使って隅々までマッサージしてやるからな」
たった今決めた。あいつはカニ味噌が出る位のワンパンを食らわせよう。今から楽しむ時間を与えてくれたほんの少しの慈悲はかけてやる。覚悟しろ蟹。覚悟しろ兄さん。
「お、お手柔らかに頼む」
「善処する」
まるで冥界よりも奥深い地獄の底の釜が開くかのごとくの重低音の唸りを響かせる電マを手に取り掲げたカノンの表情は、13年前にも見たことがないほどの邪悪なたくらみを感じさせる笑顔だったと、後にサガは語る。
何だかとてつもない地雷をぶち抜いたかもしれないと感じたが時すでに遅し。光速でありとあらゆる箇所を徹底的にマッサージされたサガば、当然午後から仕事にならず仮眠室のベッドの上に沈み込んでしまい、カノンに体調不良の理由をでっち上げられテイクアウトされる羽目になり、双児宮のベッドの上でじっくりたっぷりねっとりと電マを使ったマッサージの第二ラウンドを施され、翌々日まで足腰が立たなかった。
そして双児宮に戻る途中、不穏なカノンの小宇宙を感じたデスマスクが、予想していたよりも早いネタバレと予想以上の不穏な小宇宙を感じて積尸気に逃げようとしたが、サガと言う名のターボを付けた、不気味なほどにいい笑顔を浮かべたカノンに光速以上のスピードで飛び掛かられ、小指の爪の先にも満たない慈悲がかけられた誓いのカニ味噌パンチを貰い、沈み込んだのは言うまでもない。











暑さから一点して涼しくなった中、暑いだけしか考えられなかった脳みそが不意に「電マって元々腰や肩の凝りをほぐす機械だったんだよな。それを股間に押し付けるという発想をした人はある意味ノーベル賞ものじゃね?」という考えを弾き出したのが最後、このような馬鹿話に相成りました\(^0^)/ しかしながら、それは建前上の話で、本来はやはりそういったことに使うために開発されたという裏話もあるようですが(^_^;)
全てにおいて酷すぎる話ですが、私の脳みそだということは判っているので除外した上で、何が一番酷いかっていうとやっぱり蟹の扱いでしょうか?痛い目を見ると判っているのに自ら地雷へ突っ込んで行くイメージが強い。
そしてOAMTのステマ再びです\(^0^)/ もはやすでに協会ではない件ww 活動資金のための裏活動だと思ってくださればありがたいですw
(2018/08/08)

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