ある凶星さんの受難といきさつについて









我は御母ケールの分身である凶星である。名前は明かせないが、コードネームはキツネザルとインプットされている。
ケール母上の命により、この時代の宿敵である第一の聖闘士に取り憑くようにと命じられて誕生したが、その対象が双子でありどちらに取り憑くべきか最初の選択を迫られている。
とはいっても前聖戦の生き残りである、天秤座と牡羊座がいる手前、まごまごとしているわけにはいかない。
我の目的はこの時代の第一の聖闘士に取り憑いて、聖域を内側から崩壊させることにある。御母からは『遠慮はいらない、お前の望むままに遊んで来なさい。フッフフフフ』との言葉を頂いているが、折角なら最高の環境で遊びたいものだ。
さて、どちらにしようかと何も知らずにすやすやと眠る双子の魂にとりあえず触れてみることにしよう。
たった一度だけ使える、御母から預かった記憶を削除する力を放ち、老いた教皇の意識を刈り取る。我らが冥界軍の監視を務めている五老峰の天秤座の記憶も繋いでいた小宇宙より伝達させて同様に消去させ、一先ずの憂いを潰すことに成功した。
御母も冥王様が封じられて力が出せない身。その中で僅かとはいえ身を削って我を生み出してくれたその恩に報いなければと、まずは我から見て左にいる赤子の魂にそっと同調してみた。

青、蒼い、碧い色。
澄み切ったそれと、深く濁るそれ、そして混じりけのないそれ。
これが、こっちの赤子の魂の、色。ふむ、悪くはない。
しかしここで取り憑くのは時期尚早であり、もう少しだけと魂を探るために深く潜りこもうとした刹那、不意にぐいと前のめりに引っ張られる感覚があった。
驚いて抜け出そうとするも、ものすごい勢いで取り込まれていき身動きが取れない。
そうしていくうちにあおで彩られていた魂の色はピンクと黒が入り混じった、何とも形容しがたいものへと変わっていき、しかもそこから何がしかの声まで聞こえてくる。
生まれたばかりの脆弱な人間の赤子の魂に取り込まれそうになるばかりか、力を使ったとはいえ御母の力を宿した神の欠片である我に干渉するほどの、不明瞭ではあるがその声に生まれて初めての戦慄を覚え始めていた。

”…し…”
”…じ、…んし”
”お、……イ、ま…て…”
”…れの、…ベ……じ、て、…”

やばい。
こいつはやばい。

だんだんと近づいてくる明瞭な響きを持つ、どこか邪な匂いすら感じ取れるその声。これを最後まで聞いてしまったら、我はこの赤子の魂に跡形もなく飲み込まれて消される、そんな凄みを感じさせた。
小宇宙とはまた違った人ならざる力が宿される想いを抱いた赤子に、これには干渉すべきではないと本能が告げている。
不本意ながら我は全速力でその赤子の魂から抜け出した。敵前逃亡ではない、御母の面子を守り確実に遂行するための名誉ある撤退なのだ!!

ずぽんっ!と音がするほど勢いよく左の赤子から抜け出し、右の赤子の中に入ると、そこは目に痛いほどの純白さに満ちた魂の色だった。
最初からこちらに入っていれば間違いがなかったのだと、生まれたばかりとは言え初動の選択ミスに打ちひしがれたのは事実だが、それはもう置いておく。
魂の奥底にまで入り込み、やれやれと一息を吐いて、さて根付くかと腰を下ろしかけた瞬間。

”おれのベイビィまじてんしーーーーーー!!!!”

逃れてきたはずの左の赤子の邪な力がここにまで響き渡り、我ながら情けない悲鳴を上げざるを得なかった。
何なんだこの赤子は!お前だって赤子だろうが!!いや、ツッコミどころはそれではない。
気が付くと左の赤子はこれ以上にないほど嬉しそうな顔を見せながら我が入り込んだ右の赤子にすり寄って覆いかぶさってくるではないか!
生まれたばかりなのに、おーび、え、てー、とかいう、もはや理解の範疇を超えた本能が聞き取ることを拒否している言葉を紡ぎながら高速を超えた動きで四つん這いでやって来る、たかが人間のはずの赤ん坊が見せる人間離れしたその動きに、我が取り憑いていたらどうなっただろうと今更ながらにゾっとする。

ええい、うっとおしい離れろ無礼者!!

どうにか媒体になった赤子と簡易的にだがシンクロし、その頭を叩き落としてやると、ごがん、と石畳に頭を打つ音が聞こえてきた。
その拍子にびえええええと可愛げのない泣き声に同調してか、媒体となった赤子もぎゃんぎゃんと泣きじゃくる。確実にその声につられておそらくは牡羊座も目を覚ますことだろう。
とりあえずは最初の任務は成功したのだ。この極上の魂の色を徐々に黒く染め上げていき、生まれながらにして愚者の素質を持ったこの不埒者を跳ね返せるだけの力をこの者につけさせねばなるまい。
これは思っていた以上に厄介な仕事になると遠い目になりながら、今はただただ眠りたいと、我はこの者-サガ-の魂の奥底に本格的に根付くために、丸まって目を閉じたのだった。



























我は御母ケールの分身である凶星。名前は明かせないが、コードネームはキツネザルとインプットされている。
ケール母上の命により、この時代の宿敵である第一の聖闘士に取り憑くようにと命じられて誕生したが、その対象が双子でありどちらに取り憑くべきか生まれて初めての選択に迫られている。
とはいっても前聖戦の生き残りである、天秤座と牡羊座がいる手前、まごまごとしているわけにはいかない。
我の目的はこの時代の第一の聖闘士に取り憑いて、聖域を内側から崩壊させることにある。御母からは『遠慮はいらない、お前の望むままに遊んで来なさい。フッフフフフ』との言葉を頂いているが、折角なら最高の環境で遊びたいものだ。
さて、どちらにしようかと何も知らずにすやすやと眠る双子の魂にとりあえず触れてみることにしよう。
たった一度だけ使える、御母から預かった記憶を削除する力を放ち、老いた教皇の意識を刈り取る。我らが冥界軍の監視を務めている五老峰の天秤座の記憶も繋いでいた小宇宙より伝達させて同様に消去させ、一先ずの憂いを潰すことに成功した。
御母も冥王様が封じられて力が出せない身。その中で僅かとはいえ身を削って我を生み出してくれたその恩に報いなければと、まずは我から見て左にいる赤子の魂にそっと同調してみた。

青、蒼い、碧い色。
澄み切ったそれと、深く濁るそれ、そして混じりけのないそれ。
これが、こっちの赤子の魂の色か。ふむ、悪くはない。

どれもう少しだけと奥にと、その意識をさらに同調させようとした最中、キィンという耳鳴りに思わず顔をしかめていた。

"…───!!!"

耳鳴りの元凶がなにやら甲高い音であることを察知したのと同時、青、蒼、碧の世界に突如入り込んだ清々しいまでの純白の閃光。思わず目を閉じてしまった隙を見計らったかのように、背後から勢いよく引っ張られるとてつもない力。
それがもう一人の赤子が持つ小宇宙による片鱗がもたらしたものだと理解したのは、次の瞬間に先ほどの閃光同様の真っ白な純白に彩られた空間に辿り着いていたからだ。

"おとうとにてをだすな!!"

今度は明確に響き渡る甲高い、耳障りでいて心地よい声。

そうか、それがお前の本質か。

見くびられたものだなと苦い笑いがこぼれるのを止められなかった。
双子座の起源となったかのカストルとポルックスも、兄であるカストルが死したのを嘆いたポルックスが父なるゼウスに己の魂の半分を捧げるように懇願し、その心に打たれたゼウスは願いを叶えたという。この時代の第一の聖闘士であるこの双子にもそれにあやかるようにと魂の奥深くにそうした崇高な知識が刷り込まれているのだろう。
だが実際のところ神々は血を分けた身内間で戦いを引き起こすことを厭うことはない。兄であれ弟であれ、姪であれ叔父であれと言えども独立した個であり譲れない正義があるのだから。兄が弟を守り、弟が兄を敬愛するのが理想であり麗しい兄弟愛だと唱えたのは、愚かしい人間の偶像でしかない。そんな崇高めいた紛い物ののために、お前は神である御母の力を受けた我を引き受けるというのか?そのことがどんな結末を齎すのか想像もつかない、無力な赤子の分際で。

"かのんはぼくがまもる!"

そうか、よく分かった。
血を分けただけの双子の片割れの中に、悪霊を入れるくらいなら自分が…という愚かなまでの自己犠牲の精神。そのことをその場で無邪気に眠る弟にも、両の腕にしっかりと貴様らを抱いている老いた教皇にも気づかれはせず、ただ己の所業だと思われることも厭わない、反吐の出るような清らかさ。

確かにお前は我に相応しい器だ。

ずず、と魂の奥底に我は身体を滑り込ませながらせせら笑う。
これから先、貴様は自覚のないまま我の傀儡として生きることになる。それがどれほど耐えがたい苦痛であるかじっくりとその魂に刻み付けてやろう。

そして…。

貴様はそうやって守った弟にすら不信感を抱かれ、疎まれ、挙句の果てには決裂する。育ての親であり師となる教皇とて同じ反応を示すことになるのだと、舌なめずりをしながら、我は兄というだけでこれからの生を苦痛で彩られることを選んだ者の奥底へと根付いていく。

この魂の白が黒く染まった時、お前は我のものとなる。我しか頼れるものがいなくなる。
そうなった時一体どれだけ醜態を見せてくれるのか、どのようにそんなお前を弄んでくれようかという愉悦に身を任せるがままに、我はその純白の褥に根を下ろしていく。

――…ああ、心地よい。何という心地よい魂の居所だ。

いずれは己のモノになる、この場所を奪う者は誰であっても許しがたいという、根を下ろすごとに湧いて出てくるこの感情の意味を考える間もなく、我は白い羽根のごとく柔らかく包まれるがままにしばしの眠りに身を任せていった。


30年ぶりに描かれたサガとカノンのoriginを読む前から、様々な方々の感想を読んで、「うおをををを!!早く見てぇーーー!!」となって読んだ訳ですが、黒様の正体が妖凄さんではなく妖星(凶星)さんであることが判明したのが最初の驚きでした\(^0^)/
その後、リンク先のK様のご感想をお読みして、「凶星さんはケールさんの息子みたいなものか」からの「黒様→サガとかめっちゃうめえ(^p^)」となり、「そういや妖星さんは一応カノンには取り憑こうとしたのかな?そのうえでサガを選んだのは一体どういう意図で?」となった結果、GTMGTなパターンとOAMTパターンが出来上がったというわけです/(^0^)\
元々黒様はカノンとサガの息子的な存在であったというのが拙宅の設定で、今回の新作でそれはないとあっさり否定されましたが、むしろこれが公式になったほうが世も末だと思います。
これから先黒様を書く際は、サガのひねくれた保護者的で出すか、それともカノンとサガの息子的ポジションで出すか悩むところですが、前者のほうが動かしやすそうだなと思っています。
(2018/12/24)



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