産まれた後の夜に
5月31日の深夜の双児宮。

自分達の誕生日を祝うという名の盛大な飲み会が幕を閉じ、先ほどまでの喧噪が潮のように引いていき、新たな生の証を刻んだ夜。
不意に目を覚ましたカノンは、目の前に映る人物に心臓を鷲掴まれた感覚に襲われる。
「ぁ・・・」
一瞬、なぜここに鏡があるのかと混乱したが、目の前の像が安らかな寝息を立てているのを認め、この時にようやく双子の兄がそばにいることをカノンは自覚した。

手を伸ばさずともここにサガがいるのは判る。先ほどまで散々十二宮の住民たちから酒と言葉と贈り物という形で祝福を浴びた。くすぐったくもあったが、紛れもない幸福。言うに及ばず涙を流すサガを揶揄いながらも目頭が熱くなるのをどうにかとどめながら、宴の終焉後、貰った幸福が薄れる前に、その尤もたる象徴である半身を腕に抱いて眠りについたのは他でもない自分だったからだ。

「…」

それでもカノンは確かめずには居られなかった。
目の前のサガが本当に存在しうるのか。

「サガ・・・」

不意に駆られた焦燥感のままに読んだ兄の名前。ため息のように掠れた声は、我ながら情けない響きを持って夜の闇に溶けて消える。

「…サガ…」

思えば彼は自分勝手も良いところだったと、不意に過去の記憶が立ち上ってくる。
何の言葉も想いも自分には残さず、痛みと喪失を押し付けて逝った13年前。
何という愚兄だとせせら笑ったが、こらえきれずに溢れる涙を止めることはできなかった。

思い返すまでもない。己はずっとただひたすらに兄を誇りに思っていたし愛してもいた。
だが、いつしかそのことを伝えるのが億劫になり、本心をねじ曲げて伝えることで、どこまでサガは自分を許してくれるのかと、傲慢なやり方で気持ちを試していたことを自覚した。

その結果がスニオン岬からの別離へと至り、13年の間の夜の始まりになったのだと、あの頃の己の胸座を掴んで揺さぶり怒鳴りつけてやりたい。

そんなことをしても尚、サガは自分を信じてくれていた。繋がれた先が反省をすれば出てこられるスニオン岬に始まり、冥界との聖戦の折も、自らが改心して双子座の聖衣を纏い双児宮で対峙したことを誇りに思い泣いてくれたことを残留していた兄の小宇宙から伝え聞いた。

「にいさん・・・」

もうなにも、疑いようはない。神々の協定より蘇り、訪れた三度目の再会。カノンはサガと共に生き抜くのだと誓った。その誓いにサガは最初は驚き戸惑っていたが、最後は微笑み、嬉しそうに泣きながら受け止めてくれた。

そうして迎えた蘇り後の初めて二人で祝われた誕生日は、あの頃に比べて考えられないほどの幸福に満たされた時間だった。
十二宮の仲間たちから始まり、海界の者からの祝福、そして殺し合いの最中に実力を認め合った強敵(とも)とその副官からの不器用な贈り物。
後者2つの贈り物に関しては未だ手放しで受け止めきれないものもあったが、その隣で涙に濡れながらも美しい笑みを湛えたサガが頷いてくれたから、喜びに変えることが出来たのだ。

「・・・っ!」

そこまで回想した時、カノンの背中に怖気が走る。
ほんとうに、兄はここにいるのかと。
目の前で安らかに眠る半身は、魔拳を司る自分が都合の良いように見ている夢幻(ゆめまぼろし)では無いのかと。

「サ、ガ・・・」

平素のカノンならばそんな考えに至ることはない。ただ今日は、蘇ってから初めてサガと迎えた誕生日の後の夜で。
とてつもなく幸せな時間だったからこそ、時間が経ち、夜が明ければ失せてしまうのではと思ってしまったのだ。

あの聖戦の時のように、朝日を浴びて消えてしまったサガのように。

「サガ・・・っ!」

絞り出すような声でサガを呼ぶが、いっかな目を覚ます気配がない。

俺の声はまた届かないのか。
否、今度は目の前で、何もできないままサガの息が止まってしまうのか。

嫌だ。
嫌だ。
嫌だ!!!

「ん・・・?」
その時、ゆるゆるとサガの瞳が開いていく。この時期に見ることが出来る、春の緑を介した瞳には朝靄のごとく茫洋としていて、カノンの姿はすぐには映らない。
なので最初にカノンがサガを鏡像と認識したように、サガも目の前のカノンを認めるのにタイムラグが生じてしまう。

「ん・・・、ぁ、わ、たしは・・・」

かすれた声で状況を把握しようとするサガの唇に、カノンの唇が多い被さるには十分すぎる時間と状況であった。

「ん、・・・っ!?」

半覚醒のサガの唇を割り、カノンの舌が入り込んでくる。
息の根が止まった者に施す葬送のそれではなく、明らかに生者に対しての独占欲と情欲を灯したそれ。

「ふ、・・・ぅ、ん、っ・・・」

抵抗するまもなく、サガの舌が弟の舌に巻きつけられる。絡め取られ、軽く歯を立てられ、息を継ごうとする唇すら食まれるような口づけに、流石にサガの意識も引き上げられていく。

「は、ぁ・・・カノ、ン・・・」

だがサガは弟が口づけを解いても、寝ているところを襲われたことに関しては言及はしなかった。

「サガ、サガ・・・」

弟の小宇宙がらしくもなく取り乱れている。
そして伝わってくるそれは、自分にも覚えがあるもので。

「ああ、ここにいる」

首筋に顔を埋めてぎゅっと抱きしめてくる弟の肩に回した手で、あやすように背をなでる。
生まれてきた日を祝われる今日に限ったことではない。この世界でもう一度カノンと共に生きる幸せに触れる度に、不意に滲み出る不安や焦燥感。
それにおびえるのはサガもまた同じだが、それ以上にカノンを甘やかしたかった。

「もう、オレを置いていかないで・・・、三度目は許さない、絶対に許さないからな、サガ・・・」
「ああ、誓うよ。三度目も違うような愚かな真似は決してしない・・・」

13年前に連なることを深く悔い、それを証明するかのように、カノンはまるで宝物のように自分を扱う。
だが、サガにとってこそカノンは、真にたった一つの宝物だった。
自分が死んでも後を継ぐ者がいる心強さや期待する言葉をかけることを驕った自分を赦し、勿体ないくらいにカノンの誠意と愛情で包まれている日々を実感していた。

頼もしくなった弟に、何事も一人で抱え込みがちだったサガは、少しずつ自分の持つ荷物をカノンに預けていくことを教わった。
返してもらおうなんて思うなよ?俺はずっと欲しかったのだからなと軽口を叩き、サガの心を奪う変わりに愛情を与えていったカノン。

そんな風に彼を想えるなど、想像も付かなかったが、決して嫌では無く、大海原のようなカノンにサガは吸い込まれるように惹かれていった。

返せなどと、思うわけはない。
心を奪われた代わりに、彼は、双子のこの弟は、それ以上に私に想いを与えてくれるのだから。

「カノン、顔を上げてくれないか・・・?」
そっと、サガの手が優しくカノンの群青の髪を撫でていく。

「でなければ、私もお前にキスを贈れない。」

そう甘やかな声で伝えれば、カノンはゆるゆるとサガの肩から顔を上げた。
久しく見ることのなかった、不安と怯えが揺らめくそれに、ちくりとサガの胸が痛む。

「カノン…私の、カノン」

胸の痛みよりも今優先して癒すものを正しく理解して、サガはカノンに口づける。
手を離してしまったばかりか、何度も置いていかれる痛みや苦しみを押し付けてしまったことにより、未だに渦巻く不安を抱える弟へ。

「サガ・・・」

唇が離れ、カノンの海を介する緑の瞳が縋り付くように、しかしまっすぐにサガを見つめてくる。
かつてそこにあった憎悪や嘲りなどは微塵も感じられない。否、最初から弟はそんなものを持っていなかったのだと、己の目が曇っていたことを改めて自覚したサガもまた、カノンの瞳を見つめ返しながら思う。

こうして自分達はあとどの位、生まれた喜びを享受する度に、抱えた13年間の孤独に呻く夜を過ごすのだろう。
重なり合う唇から伝わる、互いの吐息や温もり、それにようやく安堵して眠る夜が幾つあるのだろう。


だがそれは、決してそれは乗り越えられない壁などではない。
自分たちは生きている。
罪人であった過去や手放してしまった過ちは消せぬども、それでも尚祝福してくれる者達が、女神がいるこの世界で今度こそ生きていきたいと切に願う。

それを克服しようともせず匙を投げ、途切れさせるような事態に陥らせることなど決してさせない。


「…乗り越えよう。今度こそ、生きて、お前と共に」
偽りのない心をまっすぐに伝えれば、一瞬カノンの目が見開かれ、次の瞬間思い切り抱きしめられた。

「ああ、ああ…! 今度こそ、お前と共に…!」

愛している。
お前を、心から、愛している━━━…。

生きているからこそ襲われる、産まれた後の夜が齎す痛みを、労わりの抱擁と口づけ、柔らかな声が紡ぐ言の葉で互いに癒し合った双子は、これから歩む新たな一年でも互いに乗り越え、そして来年、再来年と繰り返すことで、少しずつ薄れさせていく決意をわずかに異なる緑の瞳に宿しながら、もう一度、少しだけ濃厚さを増した誓いの口づけを交わしたのだった。








「互いの存在を確かめ合うようなキスを真夜中にサガとカノンにしてもらいたい」というツイートをお見掛けして、ズガアアアアアアアアンンンンと脳天に衝撃が走り、「今年の双子誕フェイズはまだ終わっちゃいねえぜ!!!」となって一気に書いてしまいました(*゜∀゜)
そのツイートは更に「13年間離れ離れで、夜中にふと目が覚まして隣で眠る相手が夢か現か幻かと思い不安になるカノンとサガ」と続き、ああああああああもう双子おおおおおおおおおおおおお!!!となりました/(^0^)\<語彙力?なにそれおいしいの??

生まれたことを祝福された双子だからこそ、13年間の別離の痛みが誕生日の次の日に重く圧し掛かるんじゃないかと思いますが、それでも双子は前を向いて生きていけるんじゃないかという想いを込めて書きました。

ちなみにこの双子、成立してても美味しいですが、ただのブラコンでもかなり美味しい状況なことに気が付いた件\(^0^)/ 恋愛感情以外の大事な感情でちゅっちゅして、お互いに「オレの」「私の」って言ってんだぜ?かなり美味しいんじゃないかって思うんだぜ??(語彙力?何それ以下略)

何はともあれ、誕生日おめでとうございました!

GEMINI FESTIVAL 2019に参加させて貰いました!
今年で16年目になる双子の誕生日記念日を(遅れはしましたが)お祝いできて良かったです!!
(2019/06/10)

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