利き手はどっちだ?OAMT
とある日の双児宮のリビングにて。
ふと、サガは向かいに座るカノンのカップを持つ手に視線を向けた。
今、弟は左手でそれを持っている。
寒さが顕著になってきた朝、クラムチャウダーを淹れたカップの中身を熱そうに冷ましながら啜る姿は、何となくあどけなく見える。
滅多に見ることのなくなった弟のそんな様子を懐かしさと微笑ましさを抱きながら眺めているうちに、サガはそういえばと思い出すことがあった。
それは昨日の夕方のことで、海界に出仕したカノンは帰り際に山ほどのタコを抱えて帰ってきた。
新鮮なタコ料理を兄さんに食べさせたくなったから捕ってきたと満面の笑みで告げられて、呆れて良いのか照れて良いのかわからない心境のサガの横で、ばっさばっさと捌いていた弟の手は確か右の筈だった。

そこまで考えてサガは更に、自身の記憶の中のカノンの利き手を遡っていく。

海界からの報告書を書いている時のカノンのペンを持っていた手は左。
久方ぶりに外で待ち合わせて食事をした際にカトラリーを持つ手は右。
夕方、執務から戻ってきた際に、おかえりと振り向きながらキッチンに立ってハンバーグを作るためにミンチ肉を捏ねていた手は左。
更にあの時は…。

「おい」

不意にカノンに声をかけられてハッとしたサガの目の前に映る弟は、珍しくやりづらそうな、それでいて照れたような顔をしていた。
「そんなに見つめてくれるな。飲みづらい」
「あ、ああ・・・すまない」
まさに穴のあくほどにカノンを見つめ、カノンのことを考えていたことを自覚してしまい、判りやすいほどに狼狽えてしまう。
そして兄を心から愛する弟は、そんな様相を見逃すほど愚鈍ではなく。
「そんな熱心に見つめて来るなど、朝からずいぶんと情熱的だな」
瞬時にしまりのない顔へと変化し、ニヤニヤと擬音が聞こえてくるほどににやつく弟の脚を照れ隠しで蹴りあげると、思いのほか強かったようで、たちまち痛みに呻きながらカノンの顔は伏せられた。
「~~~っ! 照れ隠しにしては乱暴すぎやしないか?」
「うるさいっ」
ぷいっとそっぽを向いても、指摘されたからには顔に上る熱はどんどんと高まっていき誤魔化せない。これ以上余計なことを言われる前に、席を立ちカノンの前から立ち去ろうとしたが、それは外ならぬ弟によって阻まれてしまった。

「っ…!」
背後から伸ばされた手、これはどちらなのだろう。
先ほどまで弟の利き手について考えていたため、余計にカノンの手を意識してしまう。

「悪かった。そんな風にお前から見つめられるのが嬉しくてつい、な…」
ますます背後から深く抱きしめられ、そんな風に済まなさそうな声音で、飾らないカノンの気持ちを聞かされたとなればサガとしても許すしかない。
そもそも軽口を叩かれたにしても、きっかけは自分の方にあるのだからと、小さくサガは頭を振った。
「別に、怒ってなどいない…」
「本当か?」
「…本当だ」
出来るだけ柔らかな声音でそう伝えたサガは利き手である右手を、いつのまにか自分の腰にしっかりと回されているカノンの両手が重なる部分にそっと置き、そして気づく。

そんな風に弟の利き手はどちらなのだろうと思案できるほどに、自分たちは今、傍にいて、互いに向かい合っていられるのだという事に。

そのことに気づいたことで、再び熱が頬に灯ったが、それ以上にカノンを真正面から見つめたくて仕方がなかった。
「カノン…」
小さく弟の名を呼び、軽く手を叩いて離すように促せば、ゆっくりと拘束が解かれていく。
その刹那の合間に、身体を反転させて向かい合ったサガは、座っているため平素よりも下にあるカノンの頬に手を宛がいゆっくりと顔を近づけていく。
「────…」
小さく愛の言葉を紡いだ自分に驚いたように息を呑んだのも束の間、再びサガの身体に回されたカノンの手は両方だった。


「というか、なんでまたいきなりそんなに見つめていたのだ?」
心底愛する麗しの天使からの祝福のキスが降り注いでからしばしの後、ちゃっかりとその天使を膝の上に乗せたカノンが今更ながらの疑問を問うた。
至近距離から見つめるサガの顔はまた少し赤くなるのがまじまじと見て取れる。
ああ、何という至福、俺の兄貴はマジ天使だったと内心でOAMTを唱えながら、じっと見つめ続けると、もじもじと躊躇っていたもののようやく観念したようにサガの口が開かれた。
「お前の利き手が知りたかったのだ」
「は? 利き手??」
意外な理由に思わず間の抜けた声が出てしまう。
あんなに熱心に、真剣に見つめていたのが自分の利き手を見極めるためだったとは…、もう少し色気のある理由だと思っていただけに少し落胆するカノンだが、それもまた兄らしいかとあっという間に立ち直る。
「うむ、日によって変わっているからどちらなのかと思った」
「…」
真面目に答えるサガに今度はカノンがそうなのかと驚く番だった。
言われてみれば確かに日によって右と左をまんべんなく使っている気がする。
違和感もなく使いこなしているのだから、きっと物心がつく前からそういう風にできているのだろう。
そしてそれは恐らく…否、確実にある理由があったからこそ両手利きになったのだという答えを導き出すまでそう時間はかからなかった。
「カノン?」
「笑わないか?」
「?」
知らず笑みを浮かべて言葉を紡ぐ自分に、思わず身構えるサガにまた新たな愛おしさが募る。

たかが利き手。されど利き手。
それすらもお前に愛を謳うきっかけに過ぎぬ。

「…俺の利き手は、お前をいつでも守れるように、両方使えるように仕込んだのだ」
「!」
神を誑かした口先は、今はこの天使にだけ効力を発揮する。
しかしそれはあながち嘘ではない。
生まれ持ったものだとしても、過去にどれだけすれ違ったとしても、今も昔もずっと自分はこの兄を憎からず想っていたのだから。
「…だから、俺の利き手は強いて言うならお前だ、サガ」
その言葉を真実にするために、ぎゅっと両腕で抱きしめにかかる。
小さく、ばかもの…と囁かれた声に、カノンはクスリと笑った。
「馬鹿で結構だ。今度こそお前を抱き留めておけるなら、両手両足を自在に駆使することなど造作のないことだ」

そうだ、使えるものは何だって使う。
俺がお前を抱きしめておけるのならば。

「だからな…、ほら」
「ん…っ、うぉ!?」
勿体ない気持ちはあるものの、膝の上からどくようにとジェスチャーを受けたサガが目の前に立ちあがったと同時、カノンは光速を超えた動きで、首に両腕を、腰元に両脚を回した、所謂”だいしゅきホールド”と呼ぶ体制を取った。
いついかなる時も油断をしないはずの双子の兄が慌てた声を上げ、若干よろめくもののしっかりと自分の身体を支えてくれる、そのことが嬉しくてたまらないと言わんばかりに、カノンはサガの肩に埋めた頭をぐりぐりと押し付ける。
「こ、らカノン! くすぐったい、止めないか!」
そんなことを言ったところで、この弟は聞く耳など持ち合わせない。
案の定、サガが制止すればするほど、カノンは悪戯心を芽生えさえていく。
「お前もやってくれても良いのだぞ?」
そうしたら俺もきちんと受け止めてやるからと、先ほど以上のにやけ面を浮かべた弟の顔が目の前に飛び込んでくる。
がっちりとホールドされているこの体制は、サガにとっては非常に不利であり引きはがすことも容易ではない。
「~~誰がするか!」
なので真っ赤になって弟の愚案を却下するしか残されている手立てはないのだが、それでも顔の火照りはいっかな冷めそうにもない。
そしてそんな兄の様子を黙って見過ごすカノンではないわけで。
「大好きだ、兄さん」
わざと耳元で、少しだけあざとさを含ませた声で囁けば、もはや耳まで赤くなっているサガは白旗を上げるしかなく
「っ、ええい! いい加減に重い!離れんかこの愚弟!」
最後の抵抗で引きはがそうと躍起になる兄の唇に弟からの情熱が籠った深いキスが落とされ、ようやくだいしゅきホールドから逃れたものの、腰が砕けてしまったサガがお姫様抱っこのまま寝室に連れ込まれたのは、それから数十秒後のことだった。










誰もが一度考えるカノンの利き手は果たしてどちらなのか?という事をOAMTバージョンで考えてみた話。
pixivのOAMT協会支部本部にてSS親書メーカーとして投稿しましたが、最後の会話文のところをもっとラブラブにしようと考えたので、改めて投下してみました\(^0^)/
というか聖闘士って、利き手もへったくれもないと思うのですが、カノンに限っては全ての行動理念がOAMTだと思うので、サガを守れるためなら物心つく前から両方使えるようになったのでも、双子の片割れが右利きならもう片方が左利きになったというよくある説でも十分美味しいと思います(^p^)
最後らへんはもともとは会話文でしたが、もっとラブラブな双子を書き切りたいと思い、思う存分ラブップルな感じにしてしまいましたw
(2019/10/21)

ブラウザバックでお戻りください。