枝葉を広げたその後に

その光景を目にした彼は、正に息を呑んだ。

「カノン? どうしてここに??」
うっすらと靄のかかる山道にて、新年の慰問の帰りに天候不良に見舞われたサガは傘を持って行っておらず、相変わらず村民からの精いっぱいの贈り物を腕に抱えて案の定足止めを喰らっていた。
「っ、どうしてとはご挨拶だな。散歩に来たように見えるか?」
息を呑んだ動揺を隠そうと憎まれ口をたたきつつも、両腕いっぱいに贈り物を抱え、一見すると寒そうに見えるサガを早く温めてやりたいと言うのがカノンの本心である。寒い季節の山の空から落ちてくるのは氷交じりの雨であり、足止めを喰らえば喰らうほどに体温を奪っていく。
慰問の帰り道にはサガは決して異次元を経由しては帰らない。貰ったものを異次元に落としたくないという気持ちからだ。過去、そんなサガの心境をせせら笑っていたカノンだが、それはこの双子の兄への様々な感情の裏返しだと今なら言える。それほどまでに想う半身の気持ちも分からないでもないが、それでも贈り物を守るために本人が風邪を引いてしまうのは本末転倒だと言わんばかりに、カノンはサガを迎えに来た。
聖闘士の最高位である黄金なのだから、この程度で参るほどやわな鍛え方はしていないのは百も承知の上だ。愛しい者を案ずる心に何の衒いが必要か。己が兄を愛する心も込めながら、持ってきた外套をサガにかけた時にふとカノンは気づいた。先述したが氷交じりの雨の勢いは決して弱くはない。むしろ遠くから雷の音が聞こえてくるほどの悪天候だ。
この山道は緑が豊かだと言えども、生い茂った葉の下ではこのような雨なら雨宿りの意味もないほどずぶ濡れになっているはずなのに、サガの身体は思ったよりも濡れていない。よくよく見ると、その山道に映える樹々は、ひいき目でなければサガを精一杯守るように枝葉を広げているように見え、心なしか氷の針のごとき雨粒までもサガをよけて降り注いでいるように見える。  
「そう、だな。ありがとう、カノン」  
包まったマントの下にある真っ白な法衣姿の腕に大事そうに抱え込む贈り物。世界中にある全ての慈しみや愛しさが形になったのならば、きっと兄ならばこんな風に抱くのだろうと納得してしまいそうなほどその光景は尊ぶべきもので。不意に自分に向けられるサガの微笑みにまるでタイミングを合わせたかのように、天空にある分厚い雲のカーテンがかすかに開かれ、その切れ間から微かな陽の光が差し込んで、半身を優しく包み込んだ。ここへやってきて初めて兄を目にしたとき以上の衝撃をカノンは受け、そして冒頭へと至る訳である。
少しだけ雨脚は弱まったが、それでも止まない雨は相変わらず自分の身体を濡らし続けている。しかし、聖書の光と呼ばうに相応しいそれに包み込まれたサガがいる場所は、すぐ目の前にいるはずなのに厳かなほど清められた空間のように思えた。
15の時から抱いていた想い。天使のように綺麗で清らかな兄は、いつしか自分を置いて天に還ってしまうのではないかという焦燥感から捻じれ、歪み、別離の道を辿った。神々が起こした蘇りの奇跡を決して無駄にはせずこうして寄り添えたはずなのに、またサガは己と違う世界へと向かってしまうのではないか。
「カノン、もう少しこっちへ…っ」
身体を濡らす弟を純粋に心配し、枝葉のある方に来るようにと促したサガの身体をカノンは抱き寄せた。
「サガ…っ」
「どうしたのだ突然に…」
少し苦し気な様相なのは腕の中の感触と声で理解はしたが、それに答えず、ただただひたすらにカノンは兄を抱きしめにかかる。異次元空間を通らないほど大切に扱っていた贈り物がぬかるんだ地面に落ちない程度の手加減はしたが、これ以上自分だけのサガを己以外の目に晒させるものか。どんなに貴様らがサガを守ろうとも誰にも渡さぬ、触れさせぬ。
「カノ…っ!」
半ば強引にサガの顔を上げさせ、ここにある全ての物に見せつけるように口づけをしようと顔を近づけた瞬間。不意に今まで止んでいたはずの雨が、ピンポイントでカノンの頭上にものすごい勢いで降り始めた。
「わぶっ!」
「カノン!?」
相変わらずサガがいる部分には雫のごとくの量の雨しか降っていない。しかし現実に彼の目の前のカノンは、まるで五老峰の滝のごとく氷の雨が降り注いでいる。
「だ、大丈夫か…?」
「…………ああ」
どこからどう見ても大丈夫ではない全身びしゃびしゃのカノンはサガを解放せざるを得なかった。その途端に雨脚が弱まったのを確認したサガは無駄だとは思ったが持参していたハンカチでで弟の身体を拭きにかかる。
「何だったのだ今のは…?」
首を傾げながらもとりあえずカノンの顔を拭ってやれば、水分を含んだ髪を無造作に絞って水を切った弟がサガの手を止めた。
「サガ、もういい」
「しかし…」
折角迎えに来てくれたのにこれではお前が風邪を引いてしまうと、サガは弟がかけてくれたマントを外そうとする。そんな健気な兄に今の出来事をすぐさま頭から追い出したカノンはOAMTモードに切り替えた。
「どうせ帰る頃には濡れ鼠だ。それよりも…」
共に濡れ還って互いに温めあった方が効率がいいだろうと下心を隠さずに囁きかけ、この馬鹿者…と言いつつもまんざらでもない様子の、自分だけの天使に腕を伸ばした瞬間。その天使の頭上を守るついでに辛うじてカノンを覆っていた枝葉が、自重しろ愚弟と言わんばかりにパッと開けた後、今度は東洋のバラエティ番組で定番の盥落としのごとく、大ぶりの雹がカノンの後頭部にスコーンと落ちてきた。
「~~~~~っっ!!!」
「カノン!?」
痛みに呻いている自分を心配しつつも、予想もつかない出来事に若干狼狽えながらも原因を探ろうとするサガに対し、カノンはこの一連の出来事で確信した。
神の化身、清らかな心、天使のような男だと形容されていたサガは、昔から老若男女に分け隔てなく親しまれていた。そんな人たらしなところは今も変わらずサガの魅力で詰まるところOAMTなのだが、厨二病を発症していた頃は、サガに群がる人々に嫉妬していた自分を認められず、その苛立ちから兄を偽善者だ見下していたのが精いっぱいだったがそれはさておき。
聖戦の終了と共に蘇ってから、サガの人たらしぶりは以前と変わらないとカノンは感じていたが、神々の奇跡が齎した生き返りが何らかの作用で働いてしまい一周回って自然物にまでに好かれるようになったのだろう。そういえば兄に取り憑いていた、当時はもう一人のサガだと認識していたかの妖星も、冥界からの斥候だったにもかかわらず、最終的には主神も含む他の神々からの支配を退けるために地上を支配するのだというニュアンスだったと後に聞いたのだからこれはもう間違いない。
しかし、相手が大自然のセコムだからと言って、はいそうですかと引き下がるわけには行かないのだ。今も昔もひねくれていてもこのカノンはずっとサガを愛している。むしろ生まれた時からサガガチ勢だったと自覚している。過去の兄弟間のあれこれを清算してサガとキャッキャウフフでラブラブなハッピーライフを送っているのだ。この天使のオンリーワンは半身である自分だけだということをこいつらに知らしめなければなるまい。
「く…クククククク」
「カ、ノン…?」
頭からつま先までずぶ濡れのカノンが急に俯き肩を振るわせて笑っている光景を見たサガは、先ほどの氷の礫による打ちどころが悪かったのかと、いよいよもって心穏やかではなくなってくる。
折角貰った贈り物がふいになってしまうかもしれないが致し方ない。手に持った包みを抱え直し、やむを得ずカノンを看病しようと双児宮まで光速で移動しようとしたその時だった。
「ん~~~っ!?」
サガ以上の光速の動きでもってカノンはその唇を奪っていた。しかもそれはいくら周囲が暗いからとはいえ、昼間に交わすようなものではない、とことんディープなそれだ。
「ん、は、ぁ…ふぁ…」
法衣の上から腰に手を添えたかと思うと、そのまま下がり形の良い尻を撫でまわす。この時、確実に彼らの周りの世界は時を止めた。
「どうだ! 貴様ら自然物にはこんな風にサガに触れることは出来まい! 我が天使は爪先から髪の毛一本に至るまでこのカノンのものよ! 指をくわえてみているが良いわ!」
ウワーッハハハハハハハ!!という懐かしの高笑いをかましながら、腰が砕けそうになり、狼藉を働いた愚弟をしばく余裕のないサガの唇や身体がカノンによって好き放題に堪能されようとしたその刹那。ドンガラガッシャーンと言わんばかりの大轟音がカノンの頭上に寸分たがわずに落ち、次いでサガの目の前から弟の姿がパッと消えた。正しくは消えたのではなく地面に伏せただけなのだが、空色の髪がチリチリのパンチパーマ状態になり、着ている服も半分やけ焦げた状態で気絶しているカノンを前にして、大自然と弟の両者に翻弄された当人であるサガは、ただただ呆然とするばかりであったという。


BGM:ドリフ大爆笑のテーマ・盆回り

このネタは、Platinumの神里光希様のブログ記事に書いてある『ありとあらゆる動植物に好かれるサガ』に萌えすぎて書き散らしたものですw
動植物に好かれるサガに対し、サガの全ては俺のモノだというOAMT思考の弟さんにとって、動植物は越えられないセコムになるのではないかと萌えすぎて荒ぶった結果がこれです\(^0^)/
最初はラブラブだと思わせておいて実はそんなことはなかったんだぜ☆(・∀・)
途中からはドリフ大爆笑をBGMにしながら愚弟のドリフオチまで書けて満足しました(*ゝω・)b
こんなヒドすぎる話にしてしまい、信じてもらえないかもしれませんが反省はしています<(__)>



(2020/01/10)

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