バグ修正しなカノサガ

「今日はこの辺りにしておこうか」
「ああ、だんだんこの世にはびこる〝バグ〟が少なくなってきたからな」
古びた机の上に広げた、所々に×印の付いた世界地図を見ながら、サガとカノンは今日の仕事はこれで終いにすると結論を出した。
「まだまだ油断はならぬぞ。神々のないこの世界は良くも悪くも人のものだ。人が、人で生き続ける限り、〝理不尽〟というバグは尽きることはない」
新たな×印をつけ終えたサガが、羽ペンを仕舞いながらそう言うと、隣からのぞき込んでいたカノンが分かりやすく苦笑を漏らす。
「?なんだ」
「いや…、ずいぶんお前も言うようになったな、と」
「む…」
弟に指摘されて初めて自分の放った言葉に気が付いたように、サガが分かりやすくバツの悪そうな顔をした。だが、カノンはそんな兄の表情は嫌いではなかった。

かつて彼らがが黄金聖闘士と呼ばれていた時代、三界の平和が神々の協定により保たれていた時代はすでに伝説と化している。
幾度となく時が巡った現在、神々は昔と変わらず信仰の対象ではあるが、その力は少し形を変えて次世代に受け継がれていることは、この世界を生きる多くの人々が知らないままでいた。
聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士の中でも比類なき小宇宙を持ったかつて双子座の聖闘士であったサガとカノンが持つ〝この世のどこかで起こる不具合を修正するバグ修正師〟の力もまた、聖闘士としての生を終え、再び生まれ変わる間際に女神から形を変えて受け継がれたものだった。
勿論その力を授けられることに対して、かつて聖域を混乱に陥れたサガと、そのサガを誑かし海界までもを野望に巻き込んだカノンは徹底的に固辞したが、女神と海神ポセイドンから、『この力を世のために役立てることが人々と我々にできる償いである』とまで言われては、引き受けるより他はなかった。
しかしそこには、過ちを犯しても尚改心し、自らの信じる者のために邁進したサガとカノンだからこそ、二度と間違わずにこの力を使うことが出来るだろうという、神々の大いなる信頼と愛がそこにあった。だからこそサガとカノンは聖闘士としての記憶を持ちながら転生し、この世の不具合を修正することで地上の平和を守り、ひいては海を始めとする自然と人類の調和を維持し、なおかつ生きとし生けるもの全てに理不尽な生と死を強制させぬように影ながら尽力していた。

だからこそなのだろう。聖闘士として生きていた頃は、〝神の化身〟〝天使のように清らか〟だと周りから湛えられ、自らもそうあろうと律していたサガから発せられた、人の清濁を併せ吞むような言葉にカノンは純粋に驚いたし、好ましいとも思った。
「そうだ。良くも悪くも人であった俺たちがバグ修正師として地上を守るのであれば、人の悪しき部分も見つめなければならない」
す、とカノンの手が椅子に座ったサガの頬に優しく触れる。
「悪しき部分を見つめた上で、それも〝性〟であるなら受け止めねばならない」
海の緑を介する瞳が、春の緑を宿す瞳をまっすぐに射抜く。
「不具合かどうかを決断するのは、受け止めなければ何も始まらない」
息をひそめて自分を見つめてくるサガにカノンは優しく笑いかけながら、密やかにキスを落とす。
「ん…」
触れるだけのキスをして、少しだけ離れたカノンの額がこつんとサガの額と重なり合う。
遠い遠い昔、聖闘士になる以前の頃、互いの意識を拙い小宇宙に乗せて伝えあうコミュニケーションだったそれ。
小宇宙がバグ修正師という特別な力に置き換わった今では、相手の考えていることが頭の中に流れ込んでくることはなくなったが、カノンが何を…誰を想い、そのように言ったのかという気持ちは、あの頃よりもずっと強く、痛いほど伝わってきた。
「ああ、そうだ、そうだな…」
あまりにも柔らかく優しくそしてどことなくくすぐったいカノンの想いに、昔も今も脆いサガの涙腺は、いともたやすく美しい雫を零していく。

自分の中にあった悪しき〝性〟をカノンに指摘された際、今のような心の余裕があったのならば、違う未来が待っていたなどとはもうサガは思わない。
一つでも過去が欠けていたら、今、この時のバグが少なくなってきた世界には到達できなかった。
カノンが隣にこうしていることすらなかったのかもしれない。
過ちを悔いて振り向くことなど、それこそ自分たちを信じてこの力を託してくれた神々の意思に背くことに他ならない。



「受け止めていこう。お前が隣にいるのなら、私は…、」
もう二度と、間違えない――…。
「ああ、俺もお前が隣にいるのなら…、」
お前に強いた不条理を、他の何人が味わう事が無いように――…。
だから明日も半身と共にこの力を振るえることに感謝をする、とどちらからともなく呟かれた言葉。 双子の姿が重なり合ったその瞬間、この空間からは確実に理不尽なバグは跡形もなく消え失せたのだった。

元ネタ:あなたにぴったりなお仕事を見つけました
(”カノサガさんにぴったりなお仕事は「バグ修正」です。この世のどこかで起こる不具合を修正するお仕事です。不具合だけでなく理不尽な事なども。気に入らないことを自分の思い通りに…なんてどうですか?”から)

3代目Web拍手その1
聖闘士からバグ修正士になった双子ですが、サガは聖闘士の頃よりも人の持つ穢さや醜さに触れて受け入れることができるだろうなという妄想からこの話が生まれました。
そしてその隣にカノンがいるのなら、もう二度と間違えないだろうなというカノサガ脳も爆発してます♪


(2021/08/30再録)

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