これくらいのお弁当箱じゃ足りない
「サガ、忘れ物だ」
「ん?」
良く晴れたあくる日の朝、いつも通り教皇庁へと出仕しようとした自分を呼び止めた弟の声に足を止めて振り向いたサガに手渡されたのは、ずしりと重い重箱だった。
「…なんだこれは」
「弁当」
数にして5段。そのどれもこれもにたっぷりと食料が詰め込まれているのは見なくてもその重さから伝わってくるが、聞かずにはいられないサガの気持ちなどどこ吹く風であっさりとカノンはそう答えた。
「いや、それは見ればわかる…。だが今日は別に一日移動するような予定も何もないのだが…」
そう、何の変哲もないが何よりも尊い平和な日。内に籠って仕事をするのは勿体ないほど晴れ渡った天気が一日を通して続くのは、先ほどラジオからの天気予報で聞いたばかりだ。
「そんなことは知っている。というかお前以外の口に俺の渾身の作を食わせるつもりなど毛頭ない」
持たせられた弁当はこれから仕事ではなくピクニックにでも行くのかと問われてもおかしくないほどの大きさであり、日がな一日内勤に向き合う自分には少々量が多すぎると訴えたが、返ってきた答えがこれだ。ブルーとネイビーのトラッドストライプのエプロンを身に付け、腕組みをしドヤ顔をして言い放つカノンの姿は、惚れた弱みをもってしても残念さが拭えない。
「…作ってもらったことは感謝するが、正直そんなに食べられないのだが…」
カノンの料理の腕が確かなことを何よりもサガは知っている。
お前の料理は本当に美味いと感想を伝えたところ、お前のために作っているのだまずいわけはないだろうと、あの時も今のようなドヤ顔をしていたなと不意にサガは思い出した。
「何も一度に食べろとは言っていないだろう。きちんと夜の分まで作ってある」
だからこそ、カノンの作ったものは全部残さず美味しく平らげたいのだ。無理に腹に詰め込むような食べ方はしたくないと暗に訴えれば、今度は若干呆れたような表情を見せてそう言ってくる。
失礼な、と思うよりも先に、自分と同じ顔なのに本当に見飽きることがないなと密かにサガはそう想った。
「仕事に熱心なのは良いことだが、お前は放っておいたら2食は平気で抜くからな。黄金聖闘士とは言え身体に悪いことをやってのけるのは感心しない」
片手で持つには弱冠重たい重箱が不意に軽くなる。距離を詰めたカノンが重箱をサガの手ごと持ち上げ、そして改めて抱え直させたからだ。
「お前に無理をしてほしくない、俺の想いが詰まった弁当だ。残さず食べてくれるな?」
「ぅ…」
まっすぐに見つめられそんな風に言われては断ることなどできやしない。
確かに聖戦が終わった直後の復旧作業漬けの生活を送っていた頃、無理に無理を重ねて倒れてしまったことがあった。あの時は真剣にカノンに怒られてしまった。何故お前はそう無理ばかりする。また俺を置いて一人で逝くつもりか。今度は許さないなど、様々な言葉で叱られてしまった。
あの時は申し訳なさが先だったが、今思い返せば不謹慎だと分かってはいるがそこまで想われることに嬉しさを感じてしまうのもまた事実。
だがそんな風に心底自分を心配する弟のためにも不摂生にならぬようにセーブはしてきたつもりだが、ほんの少しの体調の変調もこの愛しい半身には全部筒抜けてしまっている。
「まったく…お前にはかなわないな…」
結局のところサガに残された道は、素直に弟特性渾身の弁当(重箱5段)を受け取り、その愛情をたらふく味わうしかないわけで。
そして食べることを決意した瞬間にふと湧き上がってくるのは、目の前にいる愛しい弟への温かい想いばかりで。
「そこまで私を想って作ってくれたごちそうならば、きちんと平らげるのがお前に対する誠意と愛情だな」
そう言って笑いかければ、判ればいいのだと破顔するカノンも、サガが愛してやまない部分の一つであって。
「念を押すがその弁当の中にはアンケートも入っているからな。年中組の奴らやアイオロスに押し付けたところで無駄だぞ?」
「本当にお前は…抜け目がないというかなんというか…」
その変なところでマメな部分は一体何なのかと苦笑したサガだったが、そんなところも好きなのだと自分の気持ちを再確認し、せめてこれだけは先手を打とうと悪戯っぽく笑う弟の唇に自分のそれを重ね合わせる。
「っ、」
「愛しているよ、カノン」
ほんの少し触れ合うだけのキスであったが、”行ってきますのキス”を仕掛けてくることなどめったにない兄の行動に驚いて固まるカノンの目の前で、まるで花が綻ぶような柔らかな笑みが咲き誇る。
「ぐ…っ、俺の兄貴あざと可愛すぎか…!」
こんなことをされては今日一日仕事にならないではないかと蹲るカノンに、お前ばかりに良い格好はさせないぞと悪戯っぽく笑うサガ。

一日はまだ始まったばかりなのに、これからデザートを食べるかのような甘い雰囲気に満たされていく。そんな空気に背中を押されたサガは、弟から詰め込まれた愛情を少しでも返済するために、蹲るカノンの顔を無理やり上げさせて、今度は少し深めのキスを贈ってやった。






これくらいのお弁当箱に 詰め込むには全然足りない互いの愛情。

3代目Web拍手・その2
元ネタはOAMT協会参謀長菅のこちらのツイートから

双子とお弁当ネタは何回書いても飽きることはありません♪
サガからカノンに作るのもよし。
カノンがサガから作るのもよし。
どちらに転んでも色んな意味で美味しい話にしかならないのが更にウマウマなのです(´~`*)
でもこのお弁当、結局は年中組やロス兄さんたちにも分け与えられそうな気がしてなりません(笑)

(2021/08/30再録)

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