お帰りなさいが言えるのも(拍手)
穏やかだった一日が今日もまた平和に終わろうとする夕暮れ時。偶然二人重なり合った休日で、サガとカノンは何となしにぶらりと聖域の外を散策していた。
特に何をするでもなく、のんびりと街中を歩き回ったり、気になった店に入って食事をしたり、市場に赴き新鮮な食材を買ったりなど、そんな何気ない時間を過ごしていた。
どちらかがそうしようと言ったわけではない。ただ、何となく聖域外の空気を吸いたくなってと外出しようとしたタイミングが偶然重なり、お互いがお互い、行き先を尋ねるわけでもなく、気づいたら二人仲良く兄弟水入らずの時間を過ごしていたという感じだった。
「なあ、サガ」
そして今もまた、言葉少なく隣り合って歩く双子の片割れに、市場で買った食材を抱え直しながらカノンがサガに声をかける。
「ん?」
弟の呼びかけに対し、サガは穏やかな返答を返す。
第三者から見れば、年を重ねても尚仲の良い関係を築いている双子の兄弟だと思うことだろう。そこに至るまでの道程がどんなものであったのか、覚る方がきっと難しい。
兄の蒼の髪を染める夕陽と同じように、優しく見つめてくる春の緑を宿す瞳。その瞳がかつてどれほどの昏さを宿していたか、自分を見つめるそれにどれだけの侮蔑と憎しみが混じっていたか、その面影すら今は微塵も感じ取ることは出来ない。
その優しい視線と相まって、言葉少なでも決して不快にならない、片割れがそこにいて、当たり前の時を歩めるこの何気なくもかけがえのない日常を過ごせることに、涙が出そうになるほどの幸福をカノンは感じていた。
「…あ、りがとうな」
そんな気持ちからついて出たカノンの心からの言葉に、サガは一瞬きょとんとした顔をする。
「ありがとう」
だが、カノンはそれに構わず、もう一度、噛み締めるようにすぐ側にいる双子の兄に言葉を紡いだ。
真の平和が訪れた世界で再び時を刻むことを赦してくれた女神は勿論、大罪人であった自分たちを認めてくれた仲間たちへの感謝の気持ちはいくらしてもし足りない。
だが、そういった気持ちとは別の意味で、カノンはサガに感謝の気持ちを伝えたかった。双子なのだから、兄弟だから、切っても切れない関係なのだから、何をしてもサガは自分を見捨てないと、影の立場である自分に密かに心を痛め懸命に高みを目指していた兄の気持ちに胡坐をかいていたことを、彼の二度の死を持って痛感させられた身としては尚更だった。
何を言っているんだお前は、と呆れられても良い。ただ、もう、本当に言いたいことを悪戯に隠し、兄を追いつめるような真似も道を違えることもしたくない。自分がどれだけお前がそこにいることに感謝をしているか、それだけが伝わればそれでいいと、カノンは縋るようにサガを見つめ続けた。
しかし目の前のサガは驚いたような顔を見せてはいたが、それが呆れの表情に変化することはなかった。それどころか、まるで花が綻ぶかのような笑顔へと変わっていく。
「こちらこそ、ありがとう、カノン」
そう言い終わるや否や、カノンの開いていた右手が、少し低い温もりに包まれる。それが誰によって齎されたかなど、考えるまでもなかった。
「ただいまも、行ってきますも、お帰りなさいも、それが全部言えるのはカノン、お前が、必ずここに帰ってきてくれるからだということに、長いこと気づけなかった」
途中、声が潤み始めたのと同時、サガの春の緑の瞳からは耐えきれなかったかのようにポロリと涙が零れ落ちる。相変わらず脆い涙腺だと軽口を叩きながらも、カノンはサガの眦に軽く口づけて涙を拭ってやった。
「それはこちらとて同じだ。お休みも、おはようも、ありがとうも、愛しているも、そう言えるのはサガ、お前が生きて、俺の隣にいるからこそだ」
こつりと軽く額をぶつけながら言葉を紡げば、先ほど吸い取ってやったはずの涙が再びぽろぽろと零れ落ちてくる。
「…もう、泣くな」
「誰の、せいだ馬鹿者…」
これ以上この場で泣かれては、白羊宮・金牛宮の守護者を通じて、十二宮の住民達にいらぬ憶測を呼んでしまう。もっともっと溢れ出る言葉を余すところなく伝えたかったが、続きは自宮へと戻ってからにしようと双子達は繋ぎ合わせた手を更に堅く結び直して、同じ速度の歩幅で帰路を急ぐ。

茜色の空が藍色へと変わり、その空に自分たちの守護星座が煌くその下で、これから先も共に寄り添っていられることを互いに望みながら――…。




おかえりなさいが言えるのも 伝えることもやれることも全て、お前と共に生きるために



BGM:おかえりなさいが言えるのも(グルグル映畫館:凡人白書~浪漫主義が過ぎました~)

初代拍手小説のカノサガです。
こうして何気なく平和な日常を噛み締めた時、ふとした瞬間泣き出しそうになるのはサガだけども、真っ先に言葉にしたいと思うのはカノンだなと思います。
悪を囁きかけた言葉も声も、元を正せばサガのことが好きすぎたのが原因ですからね!(暴論) 今度はやり方を間違えないで、ただ真っ直ぐに兄への想いを注ぎにかかる愛情や慈しみが加わった同じ声…と妄想するだけで涎が止まりません\^0^/カノサガマジでうめえw

そして想うままに夜音様から、この小説をイメージしたイラストを描いて頂きました!
こちらからどうぞ!


(2017/10/12)
(2018/01/03再録)


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