灯りを消した部屋の中、火を擦る音が小さく響いたと同時、暗闇の中でぽぉっと頼りないオレンジの光が揺らめきながら一つ灯った。 その茫洋とした光を隔てた向こうにいるのは、三つあるロウソクの内、二つ目に火を灯そうとする双子の弟の姿だ。 何とも神妙な顔でシンプルな形のロウソクに火を点けていく弟の表情につられて、じ、とロウソクを見つめていたら、不意にカノンの吹き出す声に我に返った。 「そんな神妙な顔にならずとも」 そんな大層なものではないのだから肩の力を抜けと笑う弟に、お前につられてこうなったのだと小さく吐き捨てれば、はいはい、と軽く受け流されてしまい、少し頬が丸くなるのを自覚した。 その顔を見られてますますカノンの笑みが濃くなるのが判る。少々居たたまれなくなりながら私は、その顔から目を逸らし、ロウソクを付けているカノンの指先を見ることに集中した。 慰問先のロドリオ村にて、雑貨店の主が処分に困っていたロウソクを引き取って帰ってきたのが暫く前のことだった。とはいうもののこちらもロウソクの使い道はそれほどない。外観こそ神話の時代の佇まいを見せているが、守護をする聖闘士が寝食する場所は、それなりに近代化されていて、灯りの代わりにロウソクを使うことはそれほどないのだ。今日も今日とて抱えたままのロウソクを前にうんうん唸っている際に、本日の執務を終えて帰ってきたカノンにロウソク屋でも始めるつもりかと揶揄されたのが二時間前。唸っていても埒が明かない、まずは量を把握しろと言われ、数えてみたところその数は丁度十二宮の者達に分け与えればぴたりと捌ける数であることに気づき、それらを配り終えたのが小一時間前。殆どの者が、こんなロウソクを何に使うえばいいのかと、私と同じことを思い訝られたが、『折しももうじきハロウィン。菓子を強請ってやってくる青銅の子供達にただ菓子を与えては芸がないから、使い道のない者はフェイントにでも使えばいい』というカノンの言葉に彼らは納得の表情を見せていたが、私はどうにも訳が分からなかった。 帰りの道すがら、どういう意味かと問えば、東洋の北国の夏では、ハロウィンのパーティーが主流になる前からこうした祭りがあるのだと教えてくれた。そちらの方でも『ロウソクを出さねば食いつく・噛みつく・引っ掻くぞ』と少々物騒な脅し文句でロウソクを強請るのだが、子どもがロウソクを貰っても面白くないだろうということで菓子を上げるのが段々と主流になっていったそうだ。 そんなことをどこで知ったのかと問うまでもない。13年という年月は、思いの外、私にカノンを一つの個として認識させるには十分すぎるものだった。それが、長いこと離れていたならば尚更のことだった。 『…他にないのか?』 『何が?』 隣り合って歩くカノンの薄手の修練服を引っ張りながら私は問う。 『…ロウソクの使い道、だ』 それは半分本音で半分は嘘だ。私はもっと知りたかった。双子の弟としてのカノンではなく、カノンが一つの個であることを認識するエピソードを。 ああ、ある、と短くカノンが応え、そして冒頭へ至る。 三本目のロウソクにも火が灯されて、暗い部屋の中はそれなりの光が満たされる。 頼りなげに揺らめく熱を孕んだ三つのオレンジ色の火を挟んだすぐ向こうにカノンがいる。そのまま手を伸ばせば触れることは出来るだろう。しかし、身に纏っているキトンが織りなす羽の如き袖は、容易くそのオレンジの儚い揺らめきを浚って炎へと変えるのは目に見えている。 そう逡巡する私の手を、儚い焔の壁をやすやすと乗り越え、にゅ、と伸ばされた逞しい腕から連なる手が捉える。 「なぁ、兄さん」 私がかつて棄てた弟は、高みを目指して翼が折れて地べたを這いつくばり蹲っていた己とは違い、その腕で確実に自らの運命を捕え、その足で海界を泳ぎ、冥界の土を蹴り奔走した。そんな羽など欲する必要のなかったカノンの掌は熱く、そして意外なほどにふわふわしていた。ロウソクの燈火が揺らめいて見せる幻影でも炎の熱さのせいでもない、掌の柔らかさも含めて確かにここにカノンの熱量があるということを、私の掌を通じて伝えてくる。 「これは知っているか?」 そう言いながらす、と掲げられた右手に持つのは煌く銀の針。何を、と問う前に捕えられた指先にちくりとした痛みが走った。 「っ」 予期せぬ痛みに思わず身をすくませれば、カノンも同じように私を傷つけた指先と同じ個所を傷つけ、そのまま針で貫かれた指と指を重ね合わせてくる。 微かに伝っていく血の感触。深く傷つけられた訳ではないので直に血は止まるだろう。だが、不意にゆらぐ燈火の突端であぶられるように重ね合わせた指先を近づけられ、その熱さに痛みがこじ開けられる。 「俺はお前を二度失った」 「…は」 その言葉と共に一つ目の炎はかき消され、等間隔で置かれた次の燈火に、再び傷口がかざされる。 「お前の心も二度戀狂うがいい」 「なに、を」 私の質問に答えず、カノンの息が二つ目のロウソクを消し、再び室内は拙い灯りに満たされた。 「っ」 三度目の正直で、燈火に傷をかざされる覚悟をしていたが、指先に感じたのは濡れた温かい感触だった。 それがカノンの舌先だと気づいたのと同時、最後の燈火がぐらりと揺れる。 「え」 まるで意志があるかのような揺れ方に目を奪われると同時、手の向きを変えられてそのまま掌へ口付けを落とされる。 「二度とお前を、離さない」 まるで舞台の終わりのような響きを含ませた言葉と共に最後の燈火が、ふ、とかき消える。後に残るのは蝋が溶ける匂いと、捉われたままのカノンの手の熱さと、しんとした静けさだった。 「…っ」 まるでそこで世界が完結したかのような錯覚に陥る。繋がれた手の下で小さく熱く燃えていた燈火がなくなった今、私の手を捕えているカノンの手の熱量と柔らかさ、そして落とされた唇の感覚が心地よい。 「以上、これが俺の知っているロウソクの使い方だ」 未だ室内の明かりが消えたままの暗闇に、カノンの声が凛と通る。ああ、確かに伝わった。使い道のないロウソクのこれ以上にないほどの有効活用と、カノンが一つの個であるという事実が、確かに。 「そうか…、私には到底使いこなせそうにない」 じわじわと、口付られた掌から、胸の内から湧き上っていくそれ。二度、戀狂うだけでは恐らくは済まない予感にも似た想い。 「諦めるにはまだ早い、来年も、その先も、ある。お前が覚えるまで付き合ってやる」 だって俺はお前を二度と離さないのだからという声と共に、今しがた消えた燈火の壁の向こうから、何よりも熱いカノンの両の腕に身体をかき抱かれ、私もまたその身体を抱きしめ返した。
BGM:花闇(LORELEI) ハロウィンの祭りがどうにもこうにも地元の七夕祭りと被って仕方がないという気持ちを込めて書いた代物。 使い道のないロウソクをどうやって使うかなと考えて色々調べたら、何か世界的に有名なジプシー占いが出てきたのですが、その内容がとてつもなくアレで、リアルに「KOEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!」と叫びました\(^0^)/ 2017年10月28日のワンドロに参加作品でした!フライングも良いところだけども!/(^0^)\ (2017/10/21)
ブラウザバックでお戻りください。