「カ、ノン…もう、勘弁してくれ」 「何で?」 「何でって…その…これ、は」 「俺は、この詩を兄さんが臨場感たっぷりに謡い上げるのを聞きたいだけなんだがなぁ」 ワザとらしい兄さん呼びを交えながらダイニングチェアの背もたれに顔を載せてニヤニヤ笑うカノンの視線から逃れようと、向かいに座るサガは恥ずかしげに眉根を寄せて顔をそむける。 手に持っている冊子は、他愛のない兄弟間のゲームの勝者であるカノンからぜひとも謡って欲しいと手渡された、東洋のある楽団の作品の一つである。女性でありながら激しく存在感のある歌声とそれを支える骨太い音楽の数々が知る人ぞ知る人気を博す、所謂”アングラロック系”と呼ばれるその楽団は、最近のカノンのお気に入りだ。 作品の内容は不謹慎だと批判されながらも、物事の本質を余すところなく捕え、貫き通すスタンスもさることながら、限りなくアウトに近いセーフな詩を女性に歌わせるという活動姿勢をカノンは評価している。 そしてカノンにとって、そのアウフな詩を兄に謳い上げるのを強請り、羞恥に歪む顔を見るのは情事の時と同等に興奮するものでもあった。 そんな訳で、カノンはこの楽団の中でキングオブアウフな歌詞が書かれている冊子をサガに手渡して、その目を羞恥に潤ませている真っ最中なのである。 「うう…”わ、たしの股間は、正直で…、”」 読むたびに、びくりと身体を震わせるのがたまらなくそそられる。 「”死体になったあなたを想うだけで…”」 切なげに謡う唇は常に甘く己を誘い、官能を引き出すことを良く知っている。 「”よ、だれを吹き出し、て…止まらな、い”」 羞恥に歪み潤む目元が、これとは比べ物にならないほど情欲に溶け出す場面をカノンが思い描いたのと同時、耐え切れなくなったサガが、目元から下を冊子で覆い隠す。 「サガ?」 「…もう、ゆるして…くれ」 それでも尚先を促しながら容赦ない視線を送り続けていた結果、ついに顔全体を覆ってしまったサガに、これ以上苛めるのは愚策だと判断したカノンは腕を伸ばし、同じ造りながらも何よりも綺麗で艶めいた顔を隠す冊子を取り上げて無造作にテーブルの下に投げ捨てた。 「カノン…っ!」 遮るものがなくなって狼狽える兄の両手首をまとめて捕え、テーブルの上で押さえつけたカノンは俯きかけたその顎を捉えた。 「やらしい顔だな…、そんなに興奮したのか?」 「っ!お前がっ、謡えと言ったから…!」 ムキになって反論するその表情は、情事の際に気持ちがいいかと尋ねた時に見せるそれとほとんど変わらないことに恐らく気づいていないだろう。無自覚の内にこちらの熱を昂ぶらせて煽ることに長けているこの兄は、堪らなく魅力的であると同時、己をこれでもかと翻弄する小憎らしい生き物だ。 「っ!」 先ほどまで卑猥な詩を謡っていた唇に咬みつくようにキスをする。 「ん、ん、ぅぁっ」 テーブル下に落ちている、冊子に書かれている続きの詩よりも官能的な声を引きずり出そうと、カノンはサガの蜜のような甘さを放つ唇を貪り始める。 「ふ、ぁ、っぁ」 深く口づけては舌を絡ませ、水音を奏で、その度に聞こえてくるのは、己しか知らない甘美に満ちた声。 「は、ふ…」 軽く下唇に咬みついて離れると、名残惜しげに煌銀糸が二人を繋いで消えてゆく。 「にいさん…」 もう耐えられないとばかりにカノンは椅子から立ち上がり、腰砕けになって逃げられないサガを捕え、姫のごとく抱え上げた。 「…こ、の愚弟め、お前の方こそよほど我慢が効かない顔をしているではないか」 情欲を滲ませた弟の姿を見てか、少し余裕を持った表情でふ、と笑うサガの手がそっと微かに熱くなった彼の頬に触れた。 「言ったな…、覚悟しろよ? 嫌だと言っても、俺の下で奏でるお前の囀りは止めてなんかやらないからな?」 そう言い切り大股で寝室へ移動していく弟に、止めるつもりはないから手加減してくれと半ば本気でサガは頼む。 その二つの姿がリビングから立ち去ったのと同時、テーブル下に忘れ去られた冊子がはらりと捲れる。 そこに現れた次なる詩は、神の力を受け継いだ二人で一つの双子が引き離され、それによって人として愛し合い、二人で最期に奈落へ堕ちるという、これ以上にない愛の唄だった。
BGM:反物質(ここから何かが始まる/犬神サアカス團) アップしていたつもりでアップし忘れていたSS。 犬の字の付くサーカス団のバンドパロをやりたい→しかしながら、初期の唄は歌わせたらセクハラで訴えられてもおかしくないレベルだとバンドのリーダーが言っていた→ひらめいた!といういきさつがあります\(^0^)/ サガが謡っているのは反物質の歌詞をちょこっとアレンジした物で、最後のシーンの愛の唄(笑)は、神の子(セタカムイ)の歌詞を曲解して更にアレンジしたという色々ふざけた結果です。 やっぱり私、このバンド凄い好きなんだなということを書いてて認識させられましたw そのためだけに恥ずかしい思いをさせてしまったお兄様には深く謝罪を申し上げます。 (2017/10/24)
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