還ろう。共に

高貴で強大な小宇宙を持つ聖闘士達を軒並み連れ去り、その力を吸い上げて、この地上を支配しようと目論んだ暗黒竜・メディウスが眠る祭壇に、女神の聖闘士達がなだれ込んで小一時間が経過する。
尖った奇石が積み重なって作り上げられた闇の竜を祀る天然の神殿は、目的のこの場所にたどり着くために繰り広げられた激しい戦闘の余波を受けてボロボロになっていたが、この最深部は無傷のままだった。
サガ達の力をその身に受け止め、その力を増幅させる紅い満月が目覚めようとしているメディウスの頭上に辿りつくまでもう時間がない。
未だ眠ったままでいるメディウスの正面に倒れ伏すサガ達の姿を目に映したカノンは、これが最後の一瞬のチャンスだと判断し、一気に祭壇への階段を駆け上がった。カノンの後に続き、氷河がカミュの元へ、紫龍がシュラの元へ、そしてムウがシオンの元へと駆け寄っていく。
「しっかりしろ! サガ!」
真っ白な法衣を着せられ、力を抜かれ、ぐったりと倒れ込んだサガの身体を起こし上げて強く揺すぶった。
メディウスの復活を影から操っていた暗黒司祭ガーネフに、その小宇宙を捧げるように、更には黄金聖衣を纏えないようにするためのプロテクトがかけられていたが、ガーネフはムウの操るスターライト・エクスプロージョンによってすでに息の根を止められていたため、その呪縛は解けたと聞かされている。
身に纏う法衣の色と相まって死人以上に蒼白に見えるサガに、もしや手遅れではないかという考えがカノンの中によぎったその時、
「う、あ、あ…?カノン?…ここ、は?」
若干顔をしかめてゆっくりと瞼を持ち上げたサガの顔を見て、カノンの胸の中に去来したのは泣きたいくらいの安堵感だった。
「そうだ…私は、ガーネフにあやつられて…」
「あのような老いぼれにしてやられるとは…お前もまだまだだな」
零れ落ちそうになる涙をこらえるために、心にもない言葉が口をついて出るが、失われた小宇宙と体力が少しずつ戻ってきているとはいえ、それらは今まで底をついていたサガは、カノンの憎まれ口を混ぜ返すことはなく、光が戻った春の緑を媒介した瞳を優しく、海の緑を宿す瞳の弟に向けた。
「お前が、救ってくれたのだな…ありがとう」
場違いなほど綺麗に笑う双子の兄の姿は、まるで慈愛を称えた聖母のようで、それだけで、暗黒竜復活の臭気に淀んでいた空気がここだけ清かになる錯覚をカノンは覚えた。
もしも兄に何かがあった場合、己が双子座の聖衣を纏い女神を守る。その聖衣を纏って兄を救出したという事実。それらが己の感情に絡みつき、黄金に煌く聖衣の下でこの鼓動は正直なほど高鳴り続けている。
「さ、さあ行くぞ! お前たちが無事だと知れば、女神も喜ぶだろう」
自らの感情を悟られたくなくて、カノンは兄から離れてぶっきらぼうに言い捨てて立ち上がった。
「…そう、だな…。女神は慈悲深い。私達が連れ去られてどれほどの心労をおかけしたか…」
どこか沈んだようなサガの声に、カノンは歩みだそうとする足をピタリと止めた。
顔を逸らしたカノンがサガを見やると、悲しげに目を伏せる双子の片割れの姿が目に入る。
そしてその視界の端々にはサガと共に連れ去られた聖闘士達が、弟子たちやかつて拳を交えた者達によって正気を取り戻し、その喜びを分かち合っている光景を捉えていた。
(あ…)
それらをちらりと横目で見たカノンは、己の回答が誤っていたことに気づかされ、小さく臍を噛んだ。
「…ああ、お前たちがいなければ女神は心を痛めて悲しむ」
カノンの言葉に、サガはぎゅ、と胸の前で両手を組む。そんなサガにカノンは手を差し伸べて、海の緑を媒介する瞳で包み込むように兄を見つめた。
「だが、お前を連れ去られて、心が抉られるほどに痛んだのは俺とて同じ…いや、それ以上だ」
「!」
カノンの前でサガが驚きに目を瞠ったのがありありと判る。そんなサガにカノンは軽く屈んでその手を取り少々強引に立たせた後、その両肩に手を置いた。
「俺が、女神の聖闘士という名目だけでお前を救いに来たとでも思っているのか? お前がどんな目にあっているのか判らないのに、心配もせず、何も感じていないとでも思ったのか?」
兄として自分を守ると常に先を歩いていたサガ。カノンを影の存在から出したいと、一人無理を重ねてきた兄。
その関係は捻じれて拗れて破綻して、そしてようやく道は一つになったと思った矢先の今回の戦で、カノンは自分が思う以上にサガを二度と失いたくないと強く願っていたことに、否が応にも気づかされた。
「お前はこのカノンのたった一人の…、血を分けた大切な兄だ」
「…カノン…」
はらり、とサガの春の緑から柔らかな雫が雨となって頬を伝っていく。そんな兄を双子座の聖衣の踵の分だけ高くなった位置から見下ろしながら、カノンは頬にかかる柔らかな金糸をそっと払い、血の通う頬に優しく触れた。

「…帰ろうサガ…」

――…帰ろうカノン

「俺たちの、双児宮へ」

――…僕たちの、双児宮へ

幼い頃、兄が己に促した言葉を今度は自分が口にする。 「――…うん、帰ろう…」 幼い頃に戻ったように、小さく返事をしたサガをそのまま引き寄せて胸を貸す。 借りっぱなしだった諸々が、今、ようやく少しだけ返せたような気がした。 そしてそれはこれから先、少しずつ返していけるのだ。 そう遠くない長しえの未来を脳裏に描いてカノンは、終末の咆哮を上げた暗黒竜と対峙する。 これから先、二人並んで歩いていく未来を、二度と邪魔をさせないために。

BGM:愛のテーマ(ファイアーエムブレム紋章の謎サウンドトラック)
日記で書いた、紋ビラミシェミネ会話パロのカノサガ。
個人的にヘアカラーはアニメが基準なのですが、この話に限って双子は原作カラーです。
(2017/09/10)





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