双子座のサガの影であったカノンが、聖戦での功績を認められ、正式に双子座の黄金聖闘士に認められたのは記憶に新しい。だが、復活を果たしたのは聖域だけではない。これから先、死者の管理にのみ尽力を果たすとして冥界が、海域の平和を保つために海界が蘇ったのと同時、それぞれの世界でも散っていった命が蘇ったのだが、その海界から正式にカノンの身柄が欲しいと打診があった。 海将軍たちを一から育て上げ、海闘士をまとめ上げていた手腕。そして海将軍筆頭として相応しい揺るぎない力は、自分が眠りに着いている間、海の平和を守るに相応しいものだとポセイドンはカノンを評価したのである。 この申し出に、聖戦ですべての贖罪を終え、憂いがないと思っていたカノンの心に翳りが生まれた。蠍座の聖闘士に免罪符を刻まれ、13年前のスニオン岬で女神の小宇宙に包まれ、その忠誠は女神一柱に誓ったはずだった。しかし、自らの野望に巻き込んで死なせてしまった海将軍に対してはどうだろうかと。 自称悪の心しか持たぬと豪語していたのは昔の話。今は自由人を気取ってはいるが兄のサガと同じく生来は真面目なカノンは思い悩んだ。聖域で双子座の影として扱われていた己に対し、海界はある意味で居場所を与えてくれていたのもまた事実だったからだ。そしてそのポセイドンは聖戦の折り、女神に加勢したと伝え聞いている。 果たして自分は一体どうすれば良いのかと思い悩んだカノンに、女神はそっと背中を押した。 『カノン。あなたの忠誠を疑うことなどいたしません。その上で、ポセイドンに忠誠を誓うことを私は咎めたりはしません』 呼び出された謁見の間にてそう言われ、驚きに目を瞠ったカノンに、聖域外で育った女神は更に言葉を繋いでいく。 『あなたたちを苦しませるような状況に陥れることを前提とした和平は結びません。あなたたちを始め、全ての人々が心から、愛と平和を享受できるために私達は再びやり直すのです。』 ”あなたたち” 女神はそう言った。その一言だけで自分だけではなく、何物にも代えがたい半身が含まれていることを覚ったカノンは、改めて女神に頭を垂れる。大いなる慈愛を称える女神と大らかな海の神ポセイドン。その二つ亡くしてはこうしてやり直すことも叶わなかったと心を定めたカノンは、命が尽きるまで、女神と海皇の二柱に忠誠を立てたのである。 *** カノンが女神とポセイドンに忠誠を誓ったという特例が、聖域中に報らされておおよそ三ヶ月後。 この日カノンは海界へ赴き、海界からの意向を取りまとめ、海龍の鱗衣を纏って、海界の使者として聖域へやってきた。 その際、黄金聖闘士達は全員黄金聖衣を纏い、女神と教皇と共に教皇宮の謁見の間にて海龍のカノンを出迎えた。 女神とポセイドン、聖闘士と海将軍。その両方を担い、永久の平和と愛を紡ぐ新たな担い手として。 格式ばった出迎えの後、海界からの報告を終えた海龍であるカノンに真っ先に激励を飛ばしたのは、聖戦開始の際、カノンを断罪したミロだった。そしてその次に海将軍に弟子を持つカミュがカノンに深く頭を下げて頼みこみ、それが呼び水となって殆どの黄金聖闘士達は、聖戦の勝利の立役者であるカノンに課せられたこれからのことを思い、様々な言葉を贈っていった。 しかし彼の半身である双子座の聖闘士だけはその輪に加わらず、海龍が持ちこんだ報告書を、和の外れた場所で淡々と読み進めていた。 こうした大勢の前で弟に賛辞を呈するのは好かないのだろう、何せ十三年間も離れていたのだから、その分も込めて双児宮で贈るのに違いないと、射手座のアイオロスを始め、双子座の聖闘士の人となりを知る者たちはそう考えていた。 しかしカノンだけは、隠そうとしても隠しきれない剣呑な小宇宙を感じ取っていた。そしてそれに捕まる前に、海界へと戻ろうという決意さえ固めていた。 教皇宮から出て、カノンはさっさと聖域外へと出るため、次元を渡るために空間を開きその中に身を潜り込ませた。 聖域内の移動に自らの技を使うのはご法度だが、今、兄に会えば七面倒くさいことになるのは目に見えている。幸い兄は仕事とプライベートの線引きはきっちりしているので、今頃は持ってきた報告書について教皇シオンとその補佐であるアイオロスと共に打ち合わせをしていることだろう。 だがその期待はあっけなく裏切られることとなる。 「おかえり」 「なっ!?」 異次元を渡って出た先は己の住まいでもある双児宮の出口側の共用スペース。そこに今、教皇宮にいるはずのサガが立っていた。 まさか、と驚きに表情をこわばらせているカノンに、サガは不機嫌さを隠すことなくカノンの手首をつかみ、居住区へずんずんと歩いていく。 「サガっ! お前仕事…んっ」 当然のごとくの疑問を口にする己の唇をサガは自分のそれでふさぐ。熱を分け与えるどころではない、全てを貪るような口づけに、カノンは瞬く間に抵抗する力を取り上げられていく。 「つぅっ」 舌先を絡め取られ、吸い上げられ、このまま流されると自覚したところでようやく我に返ったカノンは、兄の唇に思いきり咬みついた。さすがにお互いまだ執務がある身としては、勘繰られるような跡を残すのは忍びないため、かなり手加減してだが。 「おまえ、何を…!」 「気に入らないな」 「は?」 「気に入らない」 よほど大事なことなのか、繰り返し同じ言葉を紡いだサガにカノンは目を瞠る。余所ではこのような態度を表すことのない兄が、己にだけあるがまま振る舞う姿は、自分だけの特権だと思っていた。 不機嫌な言葉を具現化するようにサガの両手がカノンの両頬をがっしりと捉え包み込む。しっかりと目を合わせ、決して逸らすことなど許さないというように。 「お前は私のもので、私はお前のものだ」 見るもの全てを優しく包み込む、春の緑は、今や魔ここめがかったものになりつつある。もう一人の兄だった紅眼とは違う、魔。そんなサガの視線にさらされてカノンの背筋はぞくりと粟立った。 「13年前にそれを思い知らせたのに、まだ、判らないと見える」 「ァッ!」 ぐい、と乱暴に白群の髪を掴み挙げて後ろに逸らさせる。のけぞった首筋にサガの唇が降ってきて歯を立てられて吸い上げられた。 「ばっ、サガ、止めろ…!」 「止めろ?」 ハッ、とサガは鼻で笑う。お前がそれを言うのかという蔑みと、何故お前には判らないという苛立ちがひしひしと伝わる声だった。 「これ見よがしに鱗衣を纏い、私の前に現れ、女神の慈愛に付けこみ、自らが誑かした神に忠誠を誓った物覚えの悪い弟の言うことを聞く耳など、これっぽっちも持ち合わせていない」 「っあ…!」 腰のフロントパーツの上から重ねられた掌をぐ、と押し付けられる感覚にカノンは戦慄いた。 「ば、か…っ!よせ、」 馴染み深い感覚に流されまいとその手をどけようとするカノンだが、サガは先ほどの宣言通りカノンの言葉に耳を貸そうともせず、ぐいぐいと己の欲望を優先させようとする。 「サガ…!」 ぎし、と耳障りな音がカノンの耳に届く。鱗衣を脱ぐ気が無いのなら、このまま砕くことも厭わないようなサガの小宇宙が掌に込められ始めたのだ。 「…止めろサガ…!」 「いいかいカノン。私がお前に望むのは、お前の全てを私に寄越すことだ。私が欲しい時に。欲しいままに。出来ないことはあるまい?」 優しく耳元で囁きかける声とは裏腹に、力任せに鱗衣を剥ごうとする。そこに兄の本気を感じ取り、カノンは観念して、主を護ろうと抵抗の意思を見せる鱗衣を脱ぎ捨てる。オブジェ状になっていく海龍を見て、サガはようやく少しだけ、満足げな笑みを浮かべた。 「いい子だ、カノン」 自らは双子座の聖衣を纏ったままで、サガはカノンの両手を頭上でまとめ上げる。そして柱と己との間にカノンを押さえつけ、二柱に忠誠を誓ったその身を愛撫し始めた。 「ふ、…っくぅ」 荒くなっていく息遣いのまま、余裕のない獣じみた表情を見せるサガをこれ以上見たくなくて、目を閉じてカノンはやり過ごす。 こんな、聞き分けのない兄など突き放してしまえばいい。 だが、もう二度と自分にはそれは出来ない。 「うあっ…あっ」 直に与えられる欲望への刺激に、身体が跳ね上がる。海龍である己の小宇宙を自分と同等の物へ塗りつぶそうとするかのようなる兄の小宇宙が性感を煽る手管に混じり、のけ反るくらいに感じてしまう。 「サ、ガぁ、ぁっ、あああっ」 双子座の聖衣に纏う掌に、己の欲情が吐きだされていく事実が絶頂を長引かせ、カノン自身の先端からはとめどなく滴が溢れ出ていく。 「ふふ、たくさん出たな」 二柱の寵愛を受けるありがたい体液が。 そう言いながら見せつけるようにペロリと紅い舌先で舐めとるサガの姿はとてつもなく淫靡で、ずぐり、と腰の奥が疼く。 二柱へ忠誠を誓ったこの身。 新たな和平条約のための礎といえば聞こえはいいだろうが、それは体のいい生贄ではないのかという皮肉はカノンの耳にも及んでいた。 だがそれを否定する気はない。実際のところ自分が二注に忠誠を誓ったところで、海界と聖域の関係は永久に続くかどうかすら判らないし、自らの存在によってバランスが崩れる可能性も孕んでいるのだ。 だけど自分は女神を心底、そして、双子座の影としてではない自分を認めた海皇を曲がりなりにも信じているし、自らの選択に後悔はなかった。 だけど――…。 「うあっ、あっ、ああ゛あ゛…!」 聖衣を纏ったままのサガの欲望が、体を反転させて柱にしがみついている己の中に犯入してくる。 己が出した精を丹念に塗りこめられ、中を割り開かれそこでもう一度達かされて、敏感になった身体へ追い打ちをかけてくる。 どうせ海界へ戻るのは一瞬。足腰が立たなくなってもサガから送られる小宇宙で何とか出来る。それを見越しての行為なのはとっくに理解できるほど抱かれている。 最も、それはもう遠い過去のようにすら思えるけれど。 「あ゛、っあ゛、いや、だあ…!そこいや、っ、あ゛ぁーっ」 「っ、ん、いや、ではないだろ? カノン」 背後で薄く笑う気配を感じた兄に懇願の意を込めて振り向こうとした刹那、サガが思いきりカノンの最奥部を突き上げる。 どこもかしこも自分のものだ、誰にも、一かけらたりともやるものかという狂気すら感じる動きで持って追いつめられながら、カノンは頭を振りながら、双児宮の柱に三度目の精を吐き散らしていく。 「ふ、ぅ、ぅあっ、ああ゛っあ―――っ!」 整わない息を吐くカノンの身体を、繋がったまま持ち上げる。未だ衰えず内部に入っている自身で再び最奥を攻め立てるようにサガはカノンを抱き上げて寝室へと移動していく。 13年前のあの日、サガを追いつめたのは自分だ。 人ならば誰でも持つ欲望に蓋をして目を背け続ける兄に、そんなことをしなくてもいいのだと言い続けても聞く耳を持たない兄に業を煮やし、決定的なとどめを刺したのは自分だ。 スニオン牢に繋がれても、心の底から憎むことは出来なかった。 二度も自分を置いて逝ったサガを、それでも愛していた。 だから、互いにやり直したいと蘇った後に心から想った。だからこそ新たなる和平のためという名目の元で、道を違えてしまった原因である双子座の宿命の歪をこの手で矯正する意図を持って、二柱に忠誠を誓った。 なのに――…。 「サガっ、サガ、ぁっ、あっ、ああっ!」 「カノン、わた、しの、カノン…!」 兄の寝台の上で抱かれ、もう幾度となく精を吐きだし、浅ましくサガを追い求める頭でカノンは思う。 ここまで兄が自分に執着してくれるとは思いもよらなかったし、嬉しくも思った。 13年分の己のコンプレックスがようやく満たされたかのように思えた。 「これ以上、私のものを、取り上げられてなるものか…っ!」 だけども、身も世もなく自らを求めるサガがあまりにも哀れで。 自らの選択を踏みにじるように支配する兄をそれでも憎めない自分があまりにも滑稽で。 愛情は同情に、兄に愛される身体は彼の寂しさを満たす供物に、注がれる想いを受け取めるのはただの罪悪感でしかない。 結局、己は兄を追いつめることしか出来ないのだと、カノンはサガに激しく貫かれ揺さぶられながら、平和な世の中でありながらも、いずれは再び道を違えてしまう確信めいた予感を覚え、耐えきれずに快楽とは違う涙を、海の碧の瞳からあふれさせるのだった。
カノサガで執筆しているこの話の続きがどうしても思い浮かばなかったので、息抜きがてらに書き始めたサガカノバージョンでした(*゜∀゜) カノサガだとこの後の展開がものすごくgdgdなので、じゃあ逆ならどうなの?ってことで書いたんですが、gdgd展開にはあまり変わらなかったという…。 サガカノのサガ兄様は、神の化身どころかスパダリの権化だと思っているのですが、私が書くとただの執着心MAXのメンタリティマンボウでしか書けないのが口惜しいです(´・ω・‘) (2017/09/20)
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