なんというお前が言うな



聖域を目の前にして広がる薔薇園の紅の花弁が、白い麗人の銀糸を彩る様にひらひらと舞う。グリフォンの冥衣を纏った三巨頭が一人、ミーノスの藤色の瞳は煌々とし、血溜りのような薔薇園の中にそびえ立つ柱に腰を下ろしている魚座の黄金聖闘士に向けられている。
「しかしあの男、何と、何と美しい…!」
愉悦に歪められた唇から、恍惚にも似た賛美の声音が紡がれる。

と同時に、

「「「「「「それを貴方がおっしゃいますかミーノス様!!」」」」」」」」


その場にいたネクロマンサーのビャクを始めとする、ミーノスの部下の冥闘士達の心は一つとなり、異口同音に吠えた。

「え、」
「あの聖闘士、確かに見目麗しい。しかし我々は貴方様以上に恐ろしくも美しいとは思えませぬ!」
「そうですともミーノス様。何故ラダマンティス様の部下である私がここにいるとお思いですか?”アレは逆上すると己の美貌に傷つくのも厭わない。それを抑えるのがお前の役目”と、わが主君も申していましたよ。」
何故か付いてきたラダマンティスの部下、地暗星の冥闘士からのまさかのカミングアウトにミーノスは思わず眩暈を覚える。
「その美しい指先から織りなす糸を操る貴人を、逆に緊縛したらどれほど妖艶なお姿になるのか想像して苦悶する我々を貴方様はご存じないでしょうミーノス様!」
「……」
部下から次々に湧き起こる「お前が言うなコール」に、グリフォンの冥衣が心なしか重たく感じる。がっくりと片膝を付きそうになるミーノスの眼前では、黄金聖闘士が腰を下ろしていた柱の上から降りるタイミングを失い、さてどうしたものかと思案しているようにさえ見えた。
「良い部下に恵まれましたなぁ、ミーノス様。最も、わが主君の審美眼は伊達ではないことが証明されて、このニオベも非常に鼻が高い。」
何故だろう、どうして自分はこんな窮地に立っているのだろうとミーノスは思わずにはいられない。気を取り直したのか、薔薇園の中に降り立ち、律儀にスタンバイしている黄金聖闘士は何とも言えない表情でこちらの出方を伺っている…ように見える。
「~~ええいうっとおしい!!」
不埒な発言をした部下を中心に戦闘不能にならない程度に首を捻って黙らせる。敵前でのまさかの出来事に、ミーノスの陶磁器のような肌には、相も変わらず舞い散る薔薇の花弁のような薄紅が差されていた。
「誰が戦場で漫才をやれと命じたのです!私の外見についてはどうだっていいでしょう!それに今のは深い意味で言ったわけでは」
「いや、お前は美しい」
「…は?」
不意に、至近距離で聞こえてきた声に思わじず固まるミーノス。ニオベを始めとする首を捻ってよろめきかけていた冥闘士達は軒並み地面に倒れ込んでいた。
「なっ、貴様ミーノス様に…っ!」
ミーノス軍の副官であるネクロマンサーの冥闘士が、至近距離にまで迫りあまつさえ指先を顎にかけられたミーノスを見て逆上し、この美しい魚座の聖闘士に襲い掛かるが、昏倒している同胞同様に突然地面に倒れ伏した。
「っ、ビャク!おのれ!」
懐に入られてはコズミック・マリオネーションは効力を発揮できない。操り人形の糸がたるめば立たせられないのと同じ原理で、近距離戦には向かない技である。ならばと、もう一人の同僚であるアイアコスから戯れに教わったガルーダ・フラップを自分なりにアレンジし、改良に改良を重ねたもう一つの技、ギガンティックフェザースフラップをかけてやろうとしたが、いささか遅かった。
「くぅ…っ!」
花園から漂うロイヤルデモンローズの香りが少しずつ浸透し、知らずその体は蝕まれている。そのことを悟ったのと同時、ミーノスの片膝は間違いなく地に折れた。
「己の一言で墓穴を掘るとは…前代未聞の愚策だな。」
全く持ってその通りでミーノスには返す言葉も睨みつける力も残っていない。ついに両膝を付いたミーノスの右手首が、己が美しいと評したこの男によって持ち上げられる。
「グリフォンの冥闘士。貴様、何を持ってこの私を美しいと評した?」
指先に唇が振れる感触に、歯で爪でも剥がされるのかと一瞬身構えたが、いっかな痛みは伝わってこない。
「ぐっ」
そして力の入らない体を、外見には似合わない、思いもよらない力で抱き起こされた。水色の艶やかな髪に高貴な青の瞳はやはり美しい。
「お前の方こそ、暗い冥府にほんのりと咲く、白い百合のようだ。」
「なっ」
自らの考えを見透かされたかのようなタイミングで至極真面目な顔で言われた言葉に、先ほどとは比にならないほどの火照りが頬に上ってくる。
グリフォンの冥衣の羽根の下に手を回されて、腰を引き寄せられるように抱きかかえられて、そのまま横抱きに持ち上げられる。
「な、んのつもりだ聖闘士!」
「アルバフィカ」
「は?」
「私の名前だ」
律儀に名乗る魚座の黄金聖闘士―アルバフィカ―をミーノスはただただ睨みつける。
「お前と私は似ているよ。グリフォン。」
見た目だけの美しさを称えられることをアルバフィカは何よりも嫌う。そんな自分よりも煽り耐性が薄いミーノスに、アルバフィカは少なからず興味を持った。自らの体内を流れる毒の血により、周りを遠ざけざるを得ないアルバフィカにとって、ある意味得難い奇妙な縁をミーノスから感じ取ったのだ。
「少なくとも…」
懐からロイヤルデモンローズを取出し、酩酊しかけているミーノスの鼻先にかざして完全に意識を刈り取ると、がくんとその重みがアルバフィカの腕にのしかかる。
「こんなバカげた挑発に、自らの足元を掬われるところは他人事とは思えんよ。」
昔の自分がそうだったと過去を振り返り、口角を持ち上げたアルバフィカの指先がミーノスの月光のごとく髪をくしけずる。
冥闘士達の意識があればどことなくミーノスに似ているという感想を抱くには十分すぎる笑みを浮かべながら、アルバフィカは腕の中にいる冥界の可憐な花の銀糸に、毒を抜いた鮮やかな赤薔薇をそっと挿しこんだのだった。





単行本及びアニメでこの一戦を見た際、私以外にも「あんたがそれを言うか!」と叫んだ人は多いと信じてる。
無印ミ様も美人だったけど、LCミ様はどちらかと言えば妖艶ですよね。アルバ様も素で「何言ってんだこいつ?鏡見たことないのか?」状態だったと思う。








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