3秒後、あなたは 3秒後、地面に付けた印を墓場に獲物を仕留めるガルーダの眼差しは常にミーノスの胸を焦がす。 あどけなさが残る風貌とは裏腹のその冷徹さに満ちた視線は、常に敵にだけ向けられるものであり、ミーノスを真正面から捕えることはない。 「片が付いたぞ。そっちは?」 返り血が微かに残る顔で振り向いたその視線は、戦いの余韻で荒ぶりは残るものの、冷淡な色は失せている。 「ええ、こちらも。」 にこりと笑いながらミーノスは敵の首を思いきりC・Mの糸でへし折る。決して自分には向けられない視線。それがあることを認めたくないという八つ当たりも込めて。 「アイアコス」 薄汚い断末魔の声を耳にして顔をしかめるアイアコスに、ミーノスは糸を仕舞った指先で彼の顔をこちらへと向ける。 「なんだ?ミ…」 微かに顔を上げて、頬に付く血をペロリと舌先で舐め上げた。 3秒にも満たない時間、手に入らないそれの代わりに自分だけが知る彼の眼差し。 「なっ、おい…!」 驚きに見開かれる黒水晶の瞳。そこに映る自分は我ながら何とも小憎らしい顔で笑っているが、そんな自分の姿は嫌いではない。 そんなアイアコスの顔を、目をもっと眺めていたかったミーノスだが、その体はガバリと引きはがされる。 「何考えてるんだ。汚いだろうが!」 「別に汚くなんかありませんよ?」 あなたの肌なんだから、と唇の端を上げたミーノスに、いや、そうじゃなくてと口ごもるアイアコスの姿は、先ほど敵前で見せた冷徹な彼とは別人のようだ。 「そんな聖闘士の血などを口にしては、お前が穢れるだろうが」 吐き出せ、と唇をこじ開けて侵入してくる武骨な男らしい指を甘噛みするミーノスに、アイアコスはお返しと言わんばかりに軽くその舌先を抓る。 「吐き出せませんよ。もう飲み込んでしまったので。」 戯れに舌先を抓られた指が離れていったのを目で追った後、悪戯を思いついた子供のような目でアイアコスを見る。 「だから、ね。 一緒に汚れて下さいな?アイアコス。」 軽く下から覗き込むようにして強請れば、うぐ、と一瞬言葉に詰まったアイアコス。その表情をおかしそうに見つめながら、ミーノスは心の内で密かにカウントを取る。 3で顎に手をかけられて 2で顔が近づけられる 1で唇が重なって 0で汚れを清められる。 ――…ああ、やっぱり。 3秒足らずの視線より、やはりこちらの方が良い――… 靄がかかる頭の中、潤む黄昏の色の瞳をうっすらと開いたミーノスは、おおよそ3秒では終わらないアイアコスから自分だけに向けられる熱情を再確認し、満足そうに目を閉じて、侵入してくる舌先をからめ合わせたのだった。 3秒経っても、あなたは… 「アイアコス」 第五獄の土の上。燃え盛る墓場から伝わる灼熱の地面でも暖めることは不可能な、無造作に倒れ伏す冷たくなっていく躯が一つ。 あまりにもあっけない幕切れ。それほどまでに青銅聖闘士の力は侮れないと言うことを否が応にも突きつけられる。 でも、ああ、でも…。 あまりにもあっけなさすぎる。 こんな、目の前で彼が死ぬ、なんて。 不意に飛んできた火の粉が、ミーノスの髪に着弾して焼き焦がす。自身の髪の焼ける臭いで、ぼんやりとアイアコスの躯を見つめていたミーノスの意識がこちらへと戻り始めていく。 そうだ、アイアコスが倒れてから、あの不死鳥は跡形もなく消え、そして先へと進んだカノンをラダマンティスは追いかけていった。 『腑抜けたお前では足手まといだ。聖闘士たちを殲滅するのは俺のみで充分だ。』 そんな言葉を言い捨てて。 誰が腑抜けているというのか?ああ、自分か。 だって貴方だって信じていないでしょうラダマンティス。こうもあっさりとアイアコスが、死ぬ、だなんて。 己が震えを叱咤して、ミーノスは白い手を持ち上げる。その指先から伸ばされるは紫紺の糸。 この糸は、他人の身体を自由に操ることが出来る。 アイアコス曰く、実にお前らしいなと笑っていたが、この技は致命的な欠陥がある。 それは、死者の身体は操れない。 生者は勿論、冥界の亡者の手綱として操るこの糸は、ただの器となった死者の身体はどうやっても巻きつかないのだ。 それは罪を与えるのは魂のみに留め、いたずらに死体を貶めてはならぬという主神の慈悲から来るものなのかは判らない。 しかしミーノスは確かめずにはいられなかった。 この糸が倒れ伏すアイアコスに巻き付くか否かを。 3で糸がゆっくりとアイアコスの身体へと伸びていく 2で糸がアイアコスの手足に巻き付いて 1で糸を手繰り寄せれば… 0で彼は「何をする、ミーノス!」と手加減なしに起こした自分に食って掛かる。 そう、信じたかった。 「ア…イア…コス」 悪戯に彼の身体を撫ぜるだけで、ついに巻きつかなかった糸を仕舞う。 最後の死地へと赴く前に、せめてその身体に触れようとする。 恐らく自らの血で汚れてしまったその顔をせめて清めてやろうと伸ばしたが、その手は震えるばかりで役には立たず、ついに3秒のカウントダウンを待たずに力なく下ろされた。 3秒以上の幸せの延長 柄にもなく、幸福だと思った。例えばこうしてあなたとお互いの館を行き来しながらお茶を飲んでいる時。もう一人の同僚の眉毛の仕組みは冥界きっての七不思議の一つだとか、そんなくだらないことを話している時。 お互いの仕事の心境を話していて、一息ついた最中のあなたの顔を見た時。 ふと、唐突に、思ったのだ。 ああ、幸福だな、と。 胸から突き上げてくるくすぐったさ。 確かに、あなたが生きてここにいるという現実。 明日と言う日は全て尊い、今日より明日に希望がある、そんな乙女のようなことを思いつくようなガラでもないのに、あの日、目の前で死んだあなたが生きているというそれだけで、私の心は一つ残らず今ある感情をを叫びだしたくて堪らなくなった。 「…アイアコス」 「ん?」 それでもその全ての感情を言葉にすることが憚れたミーノスは、少しばかり伏目をして思案する。無理もない。そんなこと唐突に言われても目の前の相手が困惑するであろうことは目に見えている。 「どうした?ミーノス…っ!?」 しかしそうは言ってもどうにかしてこの感情を伝えなければ、要らぬことまで口走ってしまいそうだと予感したミーノスは、意を決したようにアイアコスの唇に口づける。 「ぇっ、?んっ」 言葉よりもキスで、その鼓動を感じる、だなんて。 どこかで聞いたようなフレーズだなと自嘲する己の声を聴かない様にして、ただ、万感の想いを伝えるためのキスを贈る。 「は…っ、何だ?珍しいな」 しかしこちらからはほとんど仕掛けることの無いキスは、あっさりとアイアコスにほどかれてしまい、そんなミーノスをからかうようなキスが今度はアイアコスから仕掛けられる。 「ひぁっ」 唇を近づけられて思わず身構えたミーノスだが、唇ではなく鼻梁に軽く歯を立てられて思わず情けない悲鳴が上がる。驚きに軽く睨みつけると目の前のアイアコスは更におかしそうな顔をしてこちらを見ている。 「…」 気恥ずかしさよりも何だか酷く肩透かしを食らったような気分で、ミーノスは小さく顔を逸らした。 「なーに拗ねてんだか」 「拗ねてませんよ」 「嘘を吐け。こんなに頬を膨らませて」 す、と褐色の手がミーノスの白い頬に添えられる。3秒にも満たないキスなんかではその気持ちは1/3も伝わっていないくせにと、再びアイアコスを睨めつけようとしたミーノスの目に映ったのは、とても優しい色をした黒水晶の瞳。 「幸せ…か」 「っ…」 不意にそう尋ねられすぐに返事が出来ないミーノスの髪がさらりと掬われる。 「俺は、幸せだよ。ミーノス」 常日頃から真っ直ぐに感情を表に出すアイアコスらしい嬉しそうな笑顔ではなく、本当に、見ているこちらが切なくなるような幸せそうな表情に、思わずミーノスは言葉に詰まった。 それと同時、その表情は決して気恥ずかしさから来るものではなく、心の一番やわらかい部分を優しく撫でられたかのような、泣き出しそうなほどの幸福に駆られている。 今、自分が抱いた、例えようのない幸福な気持ちは、口づけを通して彼に伝わっている。 そう、覚ったから。 「お前もそうだろう?」 その言葉にミーノスは何も言えず、頷けもしなかった。ただ、白い頬を伝う雫が途方もなく熱くて、それを拭う間もなく再びアイアコスに口付られたから。 3で顎に手をかけられて 2で顔が近づけられる 1で唇が重なって そしてそのまま、例えようもない幸福へと溺れていく。 息も、言葉も、上手く紡げないほどの。
BGM:GIFT(GUMI)
甘すぎる3秒間延長されたキスの日をテーマに書いたアイミーでした。
アイミーは原作からしても仲が良いし、何よりアイコがミ様より一つ年下というところが堪らなくツボなんですよね。
ミ様はなんだかんだ言ってアイコに甘いと思います。
あと、C・Mは聖闘士向けの技じゃないと思う。どちらかというと遠隔攻撃系や暗殺、拷問向きですよね。
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