ひよこまめ記念日(2017年アイコ誕)

「大丈夫ですか?」
「あー…、何とか」
地上は夏を迎え始めているが、その暑さは冥界には届かない。しかし、冥界の奥深くにある、冥界三巨頭が住まう居住区は第八獄のコキュートスの寒波が届く距離にある。
普段ならば何てことはない寒さなのだが、アイアコスは数日前からコキュートスの寒波が酷く寒く感じていた。その期間は丁度、亡者の判決が滞ってしまいそれにより獄や谷の機能の循環が上手く立ち行かなくなってしまったため、色々と調整を重ねていた多忙期と重なる。今はそれを乗り越えたということで恐らくそれで気が緩んでしまったのだろう。現在、アイアコスは自分の住居のアンティノーラの寝室に横たわっており、その傍らには恋人であるミーノスが佇んでいた。
「少し高いくらいですか…。まったく」
彼の黒髪をそっと捲りあげて額に触れている、低温の掌の感触が心地よい。ため息を吐きながら、健康優良児から健康を取ったら一体何が残るんでしょうかねと言った皮肉が聞こえてくるが、白い手から伝わってくる小宇宙が、ひどく安心できる心地よいものであるため、それがただの心配の裏返しであることをアイアコスは見抜いていた。
「ああ、悪いな。次は気を付ける」
「次なんてなくて良いんですよ」
ヒーリングの小宇宙は術者の体力を削る。三巨頭の一人ともなればちょっとやそっとのことでは健康に影響はないが、自分が回復してミーノスが倒れてしまっては本末転倒だ。なのでアイアコスはミーノスの手の甲に自らの掌を宛がい、もういいという合図を送って身を起こす。
「…何か、召し上がりますか?」
おずおず、と言った体でミーノスは尋ねる。何だ、今日は随分とサービスが良いなと、揶揄することはしない。今日が何の日であるか忘れてはいない。そして彼がここにいる理由も。
「そうだな…。キッチンにチャナ豆の缶詰があるんだが」
チャナ豆とは紀元前から地中海から中東に広まりあらゆる階級で食されてきたポピュラーな食物だ。特にアイアコスはチャナ豆のサラダが好物であり、冥界から地上へ買い出しに行く際も、必ずと言っていいほどチャナ豆をまとめ買いしてくる。
「…では、いつものサラダにします?」
だいぶ元気そうになったけど、食欲が落ちているのならば味付けは変えた方がいいかもしれないと内心気を揉むミーノスに、アイアコスはそうだな、と考え込む。
「今日はお前が食べたいように味付てくれ」
「え?」
いつも彼が好むのは、野菜をみじん切りにしてオリーブオイルと酢とレモンで和えたサラダであり、アンティノーラに来るたびに食べている物だから、必然的にミーノスもそのレシピを覚えていた。だからこそ、今日、アイアコスが生まれた日は、彼が好む物を作ろうと思っていただけに、思わず呆気にとられたミーノスの表情を眺めながら、アイアコスは笑いかけた。
「お前が好むチャナ豆のサラダを、お前と共に食べて、それで幸福だと思う俺の気持ちをお前に分け与えたい」
嘘偽りのない望みを伝えた途端、ますますポカンとした表情になったミーノスの白い面差しが、見る見るうちに桜色に染まっていく。
「あ、っ、あなたってひとは…!」
眦を上げて一言二言文句を言おうと口を開きかけても、上手く文句が言葉が出てこないミーノスを、アイアコスは可愛いと思いつつも口には出さず、ダメか?と尋ねて、じぃ、と見上げ続ける。
「う、…ダメ、じゃあないですけど…」
先ほどの言葉への苦言は一度脇に置いておくことにして、本当にそれだけでいいのですか?と尋ねるミーノスに、アイアコスは、じゃあ…と、己の掌を差し出した。
「お前が俺のためにサラダを作ってるところを見たい」
「~~だから…っ!」
どうしてそう臆面もない言葉を落としていくのかとミーノスは今度こそ真っ赤になってしまった顔を背けてしまう。しかし、差し出された手は拒むことはせず、心地よい高い体温を持つ手を取って寝台から起こし上げる。
「言っておきますけど、今日だけですからね?」
「おう」
顔は背けたままでも、繋がれたままの白い手は先ほどよりも若干熱い。その掌を持ち上げて、指先にキスでも落とそうかと考えたアイアコスだが、これ以上麗しい鷲獅子の機嫌を損ねてプレゼントがおあずけになる事は御免被りたいので、強く、その手を包み込むことで妥協する。
そしてそんなアイアコスの仕草を感じ、いい加減、彼の一言一言で揺さぶられる己の心を改めた方が良いかもしれないと、そうされる度考えるミーノスだが、毎年彼の誕生日が来るたびに翻弄される己自身を振り返り、来年までには慣れないであることを即座に覚り、自分が好きなチャナ豆とポテトサラダのブロッコリー添えに使うオーロラソースのマヨネーズにカスタードクリームでも混ぜてやろうかと、若干腹立ち紛れにそう思うのだった。


BGM:ひよこぶたのテーマPART2(Cocco/みんなのうた50 aniversary BEST) アイアコス誕に書いた話です。 この話を書く際、お約束ですがwiki先生でアイコの誕生日を調べてみたら、サラダ記念日と同じだということを知って衝撃が走りましたw そこからネパールで食べられているサラダの種類調べてたらひよこまめが出てきて、じゃあそれと合わせようってなってタイトルもすんなり決まりました。 とりあえず当サイトは、ミ様の乙女化はデフォルトです。

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