ぽつ、ぽつ、と干からびた大地に雨が降っている。
冥界の空は赤黒くどこまでも重く立ち込ており、決して雨などは落とさない。ならばなぜ…?と思う間にもぽたぽた、ぽたぽたと滴が頬を伝って落ちていく。
その雨の出所が自らの瞳からであったこと、そして雨の名前が長らく流していなかった涙であることに気づいた瞬間、ミーノスの魔を思わせる金色の瞳は、ますます涙雨で決壊していく。


泣くことなど何もない。冥界三巨頭の一人として、冥王ハーデス様の戦士として、死んでしまった二巨頭の代わりに為すべきことは判っている。
だが、当の昔に封じたはずの脆弱な部分。そこを抉られるような痛みがただひたすらミーノスに涙を流すように命じている。


ひたむきな想いを己に向けてきたアイアコス。
泣くな馬鹿者、と、己の弱さを受け止めてくれたラダマンティス。


二人の強さは誰よりも知っていた。
故に、失うはずがないと漠然と思っていた。
この聖戦を勝利で終わらせ、忙しくはなるけれども、三人で顔を突き合わせる日々が続くと思っていた。


しかしミーノスの前に横たわっているのは、両方手放せない、大切な存在を、目の前で失ったという事実。


この身に纏う冥衣はグリフォン。それは異教の教えでは”傲慢”の象徴だと言われている。
ならば彼らを失うはずがないと信じていたそれ自体が傲慢であり、この結果はそのツケだとでも言うのだろうか。


悲しんでいる暇などない。最後の一人である自分がが立ち止ってしまえば、聖闘士たちを止めなければ、彼らの死はそれこそ無駄になってしまう。
しかし立ち上がろうともがいてももがいても、愛情表現はどうであれ彼らを愛していたミーノスの心は、ラダマンティスとアイアコスを想う涙を全て流しきらなければ先に進ませないとでも言うように、足も、翼も、一歩たりとも前へ進むことを拒否している。


嗚咽を漏らさないように、唇を噛み締めたのは最後の意地だった。
だけどそれは逆効果で、ぷつ、と下唇が微かに痛み、その一瞬後にじわじわと広がっていく鉄の味と共に、在りし日の光景が頭に思い浮かぶ。


――…血など着いていない。どこにも
馬鹿が付くほど真面目で融通が利かず、肝心なところで自分に甘い、愚かなほど優しい男。見上げた先にあった顔も、触れた唇も、縋り付いた逞しい身体ももうどこにもない。



――…お前みたいだろう?
まっすぐにこちらを射抜く黒水晶の瞳と、抱きしめてくる熱い腕。その一方で心の機微を繊細に読み取ってくれていた温かな彼は、目の前で冷たくなっていった。





「ああ…っ、うあああああああっ、ああああああああっ!!」



代わる代わる思い出される在りし日の優しすぎる記憶と、今しがた起こった残酷な事実がミーノスの頭の中に交錯していく。


何も伝えないまま逝った二人の存在は、最後の意地すらも吹き飛んでしまう程、大きく、耐えがたいものだったのだ。
そのことに否が応にも気づかされたミーノスは、今も尚、責め苦を受け続けている亡者の嘆きもかくやと言わんばかりに叫び、嗚咽する。

その慟哭はまるで、封じ込めていた弱さが二人への想いとなって昇華されていく、最初で最後の産声のようでもあった。


Крест(月黄泉様)が描かれた泣きミーノス様が麗しすぎて、勝手に書かせてもらった小話です。
畏れ多くも月黄泉様の書かれた設定を拝借して書かせて頂きましたが、快く承諾して下さいました。本当にありがとうございました!








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