欠損恋愛

「人は、欠損に恋をするらしい」

ここはカイーナのリビング。本日はラダマンティスとミーノスの合同で亡者の管理に関する職務に当たっていた。仕事に一区切りをつけて設けられたティータイムの中で、ふとラダマンティスの口からそんな話題が漏れ出たのをミーノスは珍しいなと思いながら、この館の戸棚に持ちこんでいる混ぜ物なしのコーヒーを淹れたマグカップに口づける。
「まあそれはある意味で当然かもしれませんね。人間なら、どこか欠点があった方が親しみやすいですし。」
何時もはブラックで飲むのだが、頭脳労働をしているとどうしても糖分を欲するため、ミルクと砂糖をささやかに入れたコーヒーは、ミーノスの疲れを癒していく。その上で憎からず想う相手が振ってきた珍しい話題は中々面白そうだとミーノスは思う。
「俺はそれを聞いて納得がいかない」
一方彼の方も糖分を欲していたのか、オータムナルのダージリンをチャイにして飲んでいたラダマンティスが、不本意だと言わんばかりの表情で乱雑に紅茶を飲み干した。
「ちゃんと味わってお飲みなさいな」
せっかくのリラックスタイムなのに、とミーノスは若干呆れた視線を向けながらも、テーブルの中央部に置いてあるティーポットを手に取って、空になったラダマンティスの器に注ぐ。
「む、すまん」
「いえいえ、それで?何が納得いかないのですか?」
「…お前には、欠損などないではないか。」
ふと、ミーノスの紅茶を注ぐ手が止まる。珍しい話題を出したかと思えば、いきなり何の前触れもなくこんなことを言い出す彼に、動揺を悟られないように、まずはポットをテーブルに戻す。
「…それはおかしいですねぇ?あなたは常日頃、私のワガママに辟易しているといった体ですのに」
欠損…と言うには大げさだが、ラダマンティスを多少のわがままで振り回しているのは紛れもない欠点なのは自覚していた。それに、己は欠損などない人間ではない。むしろ外見も内面も欠損だらけだとわずかに自嘲する。
「そんなものは欠損ではないだろう」
今しがた、自分でもそう思ったことを言い当てられてミーノスは顔の火照りを振り払うように、茶請けとして持ってきた己の副官が作ったクッキーを摘まんで誤魔化す様に口に含む。
そんな一連の動作を追いつつも、ラダマンティスは改めて目の前の男の欠損について考えてみる。が、それはわずか数秒で無駄に終わった。
クッキーを摘まんだ指先は滑らかでほそりとしているが、戦いの場においては容赦なく敵を屠る糸を操る妖しい魅力が称えられる。色素の薄い髪は銀の絹糸、白い肌はビスクドールのようで、金色の夕陽を思わせる瞳は見るもの全てを虜にする魅力がある。そして的確な判断力を兼ね備える冷静さ、丁寧な物腰。そんな彼が我儘を零したところでラダマンティスにとっては天使が囀っているようにしか思えない。
「まあ、辟易しないと言えば嘘になるがな」
さりげなく本音をポロリと洩らしたラダマンティスにミーノスは苦味を含んで微笑みかける。
「そんな貴方は、欠損、否、欠点だらけですけどね」
「む、」
「猪突猛進のきらいがあって、風流を嗜む才はなし。おまけに目を離せば平気で徹夜をして、私を心配させる」
「…」
まさにその通りで返す言葉も無い。途端に気まずそうな表情に変わったラダマンティスにミーノスはふわりと笑いかける。

「でも、そんな仕方のないところを含めての貴方ですから。断じて私はあなたの欠損に恋をしたわけではありませんよ」

金色の夕陽は更に柔らかく優しい色彩を帯びている。
もう一切れクッキーを摘もうとしていたミーノスの手を取り思わずその指先に口付ければ、白い面差しに薄紅が走るのをラダマンティスは見逃さなかった。

「ああ、俺も。あるはずもないお前の欠損に惚れたわけではない。」

今度こそミーノスの動きが目に見えて狼狽える。その隙を縫ってラダマンティスは素早く立ち上がり、ミーノスの身体を己の胸に懐きこむためにその腕を伸ばす。

「あなたは…私に盲目的すぎます。」
「そんなことはない。」
腕の中でもがくグリフォンを、翼竜はただひたすらに抱きしめる。
「貴方の甘さに蕩かされて、いずれ一人では立てないという欠損が生じるかもしれません。」
「ならば、その時に改めてお前の欠損に恋をすればいい話だ。」


抱きすくめられて、紡がれて、膝が砕けそうになる。
次に訪れた甘い口づけを交わしながら、どうあがいても自らから離れるつもりはないと宣言したラダマンティスをこちらこそ離すつもりはないという思いを込めて、ミーノスはその逞しい首に腕を回していった。









元ネタは、ツイッターの人は欠損に恋をするという呟きから(リンク敬称略)
欠損に惹かれるならそもそもラダ様はミ様に惹かれないじゃねえかという思いから書いたと思われる。
どこでラダさんがそんな話題を聞いたのか、多分シルフィードかミューあたりの会話を小耳にはさんだのではないかというぼんやりとした裏設定。








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