最期の願い、叶えたり
――…お行きなさいな。


第五獄でアイアコスを倒した不死鳥座の聖闘士の姿が不意に消えるという事態に、ラダマンティスとミーノスは二重の意味で狼狽えた。
そしてその隙を突く形で、ラダマンティスの獲物であった双子座の聖闘士のカノンもまた、冥界の奥へと突き進むことになる。
二巨頭が揃っていながら犯してしまった失態を埋めるべく、ここは一度体制を立て直し、残った冥闘士達を統制して聖闘士を迎え撃つべきだと判断したラダマンティスはミーノスにその旨を告げる。好敵手と認めた男の決着は着かないままだが致し方がないと内心で飲み下し、返事を待たずに踵を返したラダマンティスに、ミーノスは冒頭の言葉を、静かな声で、はっきりと紡いだ。


「な、に…?」
「聞こえなかったのですか?あなたはカノンを追えと言ったのです」


微動だにしないまま淡々と告げる同僚を思わずラダマンティスは凝視する。当のミーノスはラダマンティスに背を向けた状態であり、その表情はうかがい知れない。

「しかし…」
「しかしじゃありません。消化不良の気持ちのまま部隊を率いては、部下の士気にも命にも関わって来るでしょう。部下思いの翼竜が、みすみす部下たちを犬死させるのですか?」

尚もまだ言いよどむラダマンティスにミーノスは目線を合わせることなく、淡々と言い放つ。

「それに…散々私とアイアコスを邪険にしておきながら、今更お預けなんかできるのですか?」
「うぐっ」

痛いところを突かれて思わずうめいたラダマンティスの様子に、ミーノスはほんの少しだけ口角を上げる。
「あなたなら、さっさと片を付けて来れるでしょう?」
不意に背けられていたミーノスの身体がこちらへ向き直る。
「私がジュデッカに着く前に合流できなかったら…」
ずい、と一歩近づいて腰に両手を宛がい、ワザとに下から覗き込むように見上げてくるミーノスに、思わずラダマンティスはたじろいで軽く背を逸らす。
「半年は貴方のお休みはないと思ってくださいね?」
「ちょっと待てそれはいくらなんでも…っ!」
理不尽な物言いに反論しようとしたラダマンティスだが、普段はヘッドパーツを目深く被って前髪で隠されていたミーノスの瞳を見て、その後の言葉を飲み込んだ。
「…いや、そうだな…」
さらりとしたプラチナの髪の隙間から見える魔物を思わせる金色の瞳。常に堂々とした光を宿すそれが、今はどこか申し訳なさそうに泣き出しそうに歪んで見えた。
「ならばそうならないうちに…」
その瞳をまじまじと見ないことが、目の前の同僚に対する礼儀だとラダマンティスは覚る。
「さっさと行って来る!」
そして、自分の我儘でしかない願いを叶えるために、不器用に背中を押してくれたグリフォンに報いるため、冥界の乾いた大地を勢い良く蹴りつけ、ジェミニの聖闘士の小宇宙を追い冥府の空へと飛び立っていく。

逸らさず 刻め その眼に

その姿を見つめながらミーノスは、融通が利かなく馬鹿が付くほど真面目な頑固者の癖に、どこか詰めが甘く、つくづく損な奴だったなと、改めてラダマンティスのことを思い返す。 しかし切羽詰まっている状況にも関わらず、愚直なまでに一対一の決着を望む、己が心に正直な好戦的な性根。そんな今生のラダマンティスを決して嫌いではなかったと改めて認識する。 「必ず戻ってきなさい…ラダマンティス。」 完全にラダマンティスの姿が見えなくなるの見届けて、ミーノスは最後の祈りのように言葉を紡ぐ。 神話の時代、私はあなたを置いて先に逝ってしまった。 今生で再会した時に、あなたは何かに執着する事を失っていた。 それがすべて私のせいだとは思わない。 ただ…、そんなあなたが唯一固執した、ジェミニとの決着。それを果たさせてやりたいと思ったのは、微かに残る兄の情なのだろうか。 戻って来ない確率も否めない。 今度はあなたが私を置いて先に逝くのかもしれない。 しかし、それでも――…。 「あなたもそうしたでしょう? アイアコス」 物言わぬ同僚の亡骸に向けて語りかける。 あんな堅物にずいぶん甘い真似をするものだと、そんな皮肉の一つや二つ飛んできそうだと苦笑しながら、彼の躯を仰向けに変え、土に汚れた死に顔を軽く清めてその顔を眦に焼き付けて、自らは残りの冥闘士を、コキュートスと四の圏に固めるためにその場を後にした。

この生命が灰と散る様を

しかしそれから半刻も経たないうちに伝わってきたのは、ワイバーンの断末魔の小宇宙。 たまらずに振り返ったミーノスの黄昏色の瞳に映るのは、星々が砕け散る衝撃。 「…」

喉が焼けて 掠れ消えるまで

歩みを止め、ただひたすらにその衝撃を見届ける。 目を逸らさずに、彼の生命が星と共に散り、灰になる様を。

高らかに吼えよう

喉がひり付き、叫びだしたい衝動を懸命に堪えながら。 神鷲と翼竜の死は、三巨頭の最後の一人として闘い抜く覚悟のための餞だと、そう心に刻みつけるために。

最期の愛

BGM:愛する者よ、死に候え(陰陽座/迦陵頻伽)
こちらもКрестの月黄泉様がツイッターに上げられていた素敵な詩から触発されて書かせていただいた話です。
カノンvsラダマンティスの最期の戦いについて、実はミ様が後押ししてたらというのは結構前から温めていました。
ミ様がそうしたのは、単にラダのそういうところが嫌いじゃなかったのと、神話の時代に自分がラダを置いて暗殺されたことに対して心に引っかかりがあるのとどちらにしようかと悩みましたが、結局両方混ぜ合わせてみました。
確かに味方を死地に送った感ありありですが、ミ様はそれでもラダのことを信じていたんだと思います。










ブラウザバックでお戻りください。