ラダバレ接触レベル

「何故開かん?」
「…」
冥界が三巨頭の一人、ワイバーンのラダマンティスは、己が副官であるハーピーのバレンタインの両手を自らの掌で握りしめながら、忌々しげに固く閉じられた扉を睨めつけた。
突如、何の前触れもなく閉じ込められた真っ白な空間。

 何だこれは、と内心狼狽するバレンタインの目の前にいた上司は、素早く彼と背中を合わせ、辺りを見渡しながらこけおどしではない小宇宙を燃やす。
突き刺さる、などと言う生易しいもので片づけられない小宇宙を背中越しに感じながらバレンタインは、ずっと持ち続けていた敬愛の念と、いつの間にか 持ってしまっていた感情を綯交ぜにするように、自らも小宇宙を高めていく。
『ラダマンティス様!』
『何だ!?』
と、その時、まるで水の中に黒インクを垂らしたかのように不意に浮かび上がる文字。

”ここから出るには、目の前の相手と接触しなければ脱出できず”

そこに書かれていたのはただ、これだけの一言だった。
 『接触、だと?』
『…そのよう、ですね』
不可解な部屋に不可解な指示。姿の見えない何かの思惑にむざむざと乗るつもりはないが、こちらが小宇宙を高めた途端、呼応するように浮かび上がってきたところを見れば、恐らくこの一文が、本当に得体のしれないここから出る鍵、なのだろう。
 「しかし、接触とはどのような…っ!?」
一口にそうは言っても様々な物がある。例えば同僚であるシルフィードやクィーン、ゴードンと交わす、肩叩きや裏拳同志を合わせる接触。しかし、様々な感情を持つこの上司に、そのような気軽な物は行えない。ではどうしたら…。
 そう考えあぐねているバレンタインの両手が、何のためらいもなくラダマンティスの両掌に捕えられた。
思考停止状態に陥ったバレンタインは思わず上司の顔を凝視する。しかしそんな視線を素通りするように、ラダマンティスはどんな変化の兆しを見逃すことなく扉を見つめ続け、そして冒頭の台詞を吐く。


「このような接触ではないようだな。おい、バレンタインお前は…」
ラダマンティスの顔が扉から今、両手を握りしめている副官の方へと戻される。
「バレンタイン?」
その時、ラダマンティスのシャトルーズイエローの瞳に映ったのは、平素は理知的な彼の色白の面立ちが、徐々にミスティローズの染まっていく光景だった。
「あ…、いえ、その…」
冷静で的確な判断を下す副官の、思いもよらないその表情にとっさに言葉が出てこない。
「…」
無言のまま、ラダマンティスは握っていたバレンタインの手を離す。するり、自分の両手から離れていく刹那に、バレンタインの手は意外に熱いのだという ことに気づき、それが居たたまれなさに拍車をかけた。
「…御免なさい…」
十数秒間の無言の時が流れ、口を開いたのはバレンタインの方だった。きびきびとした仕事をこなす彼の、聞き取れないほどの声で呟かれた、叱られた子供のような謝罪。
「何を、謝る…」
常に傍らに存在し、真っ直ぐな眼差しで自分の背中を見つめるバイオレットの瞳は、申し訳なさに伏せられている。その細い顎先に指をかけて、こちらを向かせようとすることは容易なことだったが、ラダマンティスはそうはしなかった。
「ごめんなさい…」
「…謝るようなことはお前は何一つしていない」
「…ですが、私は…」
懸命に、懸命に気持ちを閉じていた蓋が僅かに毀れた。ラダマンティスに何の他意はない。ただ現状打破のために良かれと思ってそうしたに過ぎないと言うのに。
「私、は…」
「バレンタイン」
ラダマンティスの手がバレンタインの肩に伸ばされようとして、押し留められる。
上司と部下として、容易く行われていた”接触”。しかし、今の彼はそれを望んではいないことは、白い同僚に唐変木と不名誉な仇名で呼ばれる自分にも理解できた。そして、そんな容易い”接触”ではこの部屋から抜け出せないことも。

「…お前が、俺に望む”接触”はどういったものなのだ?」

至極真面目に向き合った、敬愛する上司のこれ以上にない残酷な質問に、バレンタインは息を呑む。
(私があなたに望む接触とは…)
手を握りしめあうだけでは開かない扉。それ以上の”接触”を求める浅ましい己の本能。
それを口にすれば、蓋が完全に毀れるだけではない。信頼や実績、それら全てを失うことは火を見るよりも明らかだ。
――…これは、分不相応な想いの罰か。
だとすればこれはあまりにも重すぎる罰だと、バレンタインはうつむいたままでいた。

「…ラダマンティス様」
しかしいつまでもこうしているわけには行かない。本当は時間が許すならば数刻ほど黙っていたかったが、そうしていても自身の望む接触と想いは暴かれる。醜態を晒すことが避けられないならば、早い方が良いと、バレンタインは面を上げる。
「私の望む接触は…」
常にその大きな背中を目にすることが出来た距離。しかし今は平素よりもかなり近くの距離で彼を見ることが出来ていた。あまつさえ手を捉えられるほどの領域内にいるにも拘らず、それ以上を望むなど何と浅ましいのだろうと思いながらも、バレンタインはもう半歩踏み込んだ。
「…こういうことです」
猛々しいワイバーンの冥衣の胸元に手を置いて、意を決してシャトルーズイエローをまっすぐに見据える。常に真っ直ぐに遥か前を向くその瞳が困惑しているのが手に取るように判るが、もう引き返せなかった。

「…お慕いしております…
いいえ、お慕い申し上げていました」


ラダマンティスの唇に、低い温度のかさついたそれが触れた瞬間、白の世界から解き放たれた。
まばゆい光に満ちたわけでもなく、派手に瓦解したわけでもない。まるで観覧者の扉を中から開かれたようなあっけなさでもって、不可解な世界からカイーナの執務室に戻される。
「…」
室内にはバレンタインとラダマンティス以外は誰もいない。執務机の置時計を見れば、さほど時間が経過したようでもなさそうだ。
ただ一つ、有能な副官の、自身に望む”接触”の意味を、強制的に暴かせてしまった以外は。
「…」
未だ時が止まったように己の胸の中にいる人物の名を呼ぼうとするもそれは声にならなかった。
己に手を握られて顔を赤く染めていった時以上の無防備な表情で、彼は自分を見据えている。不安げに眉尻を下げ、今にも泣き出しそうなその顔を見て、自身では形容しがたい感情が沸き起こってくる。
泣くな、とも、それがお前の望むものだったのかと、いうのも違う。ただ、ここにいるバレンタインを手放したくない。そんな手前勝手な純粋な感情のまま手を伸ばしかけた瞬間、バレンタインの身体が不意に胸の中から消える。
「バレ…」
「…ラダマンティス様。」
片膝を立て左手を膝の上に載せる、それはバレンタインがラダマンティスに見せる傅きの姿勢。先ほどまでの無防備な姿はすでになく、悲壮なまでの覚悟を称えた声で告げられるそれ。
「先ほどの不逞について、処罰をお与えください」
「なっ…!?」
思いもよらない言葉にラダマンティスは絶句する。彼のどこに処罰を与える必要があるというのか。彼へ望む接触を強いたのは自分だ。無神経なまでの行動で彼を追いつめたのも自分だ。
それに何より、つい今しがた見た、毅然とした彼の無防備な姿を見て自身は何を思ったか。少なくとも上司が部下に抱くような気持ではなかった。
「…バレンタイン」
先ほどと同じく俯いたままのバレンタインに合わせて膝を付いたラダマンティスは、今度は遠慮なく、両頬を挟んでその顔を持ち上げる。
「あ…っ」
毅然とした態度で臨んではいるものの、そこには隠しきれない不安が滲んでいる。
「お離し、下さい」
「いいや、離さん」
弱弱しく頭を振るバレンタインだが、そうしたところで意味はない。ただ、掌の熱が頬に浸透していくだけでしかなかった。
「私の…本心を知ったはずです。私はあなたを…」
「俺はそれについて何も言っていないし、処罰を与えようとも思わない」
「っ」
それは、どういう…と、期待をしかけて内心頭を振る。もう終わらせる。そう、覚悟をしたはずだ。
「…少なくともお前の”接触”を、もう一度受けて立とうと思う位には」
なのに、この方はどうして…。
「…お戯れは…」
「戯れなどではない…と言っても、お前は信じんのだろう。ならば」
不意にラダマンティスの腕がバレンタインを無理やり立たせる。呆気にとられる妖鳥を翼竜の小宇宙が絡め捕り、その動きを拘束した。
「お前が望む”接触”をしなければこの小宇宙を解くつもりはない」
「!」
さあ来いと、両腕を広げて待つラダマンティスの唇に、先ほどよりも数秒だけ長い口付が送られ、躊躇いがちのバレンタインの身体が、待ち望んだ胸に抱きこまれたのはその数分後のことだった。





こちらもツイッターで出回っていた「接触しなければ出られない部屋に閉じ込められたCP」を元に書いたラダバレ。 このツイートを見て、真っ先に浮かんだのがこのCPでした。ラダバレ、実は結構好きです。

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