金のおねむに口付けを
「失礼します、ラダマンティス様」
カイーナの執務室の扉を控えめに四度ほど叩き、バレンタインは上司の入室を促す声を待つ。平素なら、三巨頭の威厳ある声で短く「入れ」という言葉があるのだが、今日に限ってそれがない。
「ラダマンティス様?」
外出中ということも考えられたがバレンタインが持つ報告書はこの時間に持ってきてほしいと頼まれたものである。それに席を外す際にはあらかじめその旨を伝えることを知っているので、不在ということは考えられなかったので、バレンタインはそれでも恐る恐る扉を開けていく。
執務に必要な資料がきっちりと埋め込まれた本棚に囲まれた部屋の中心に鎮座する、重厚な執務机。果たして冥衣を着たまま執務をしても差し支えない造りの椅子にラダマンティスは書類を持ったまま座っていた。
「?」
しかし無断で入室したバレンタインに対し上司は書類から顔を上げるでもなく、そのままの姿勢で固まっている。不思議に思い不用意な物音を立てずに近づいていくバレンタインの耳に、微かな寝息が響いてきた。
「…」
まさか、もしや、という思いからバレンタインは足早になる。ラダマンティスの元へと駆けよって、恐縮しながらもその顔を覗き込めば、普段の厳めしい顔を幾分か和らげて眠りに魅入られていた。
そんな上司のめったにない姿にバレンタインは、そういえば連日激務続きで、プライベートではなかなか会えなかったことを思い出す。しばらくお前に会えそうにない、すまない、と謝るラダマンティスに、バレンタインは一抹の寂しさを感じながらも、それよりも、この上司として敬愛し続けていた人に、きちんと自分は恋人として愛されていると自覚して、ほんのりと胸が温かくなった数日前を思い返す。それと同時、人の気配に鋭いはずの上司がここまで無防備な姿を晒して起きないところを見ると、相当無理をしていたのだなと容易に窺い知れた。
バレンタインは踵を返して執務室の続きの間にある仮眠室へと入り、そこにあるブランケットを手に取って眠り続けるラダマンティスの肩にそっとかけた。
「お疲れ様です、ラダマンティス様…」
寝入っている上司に対し、労いの言葉をかけ終えてバレンタインは後ほど出直そうと退室しようと思った。が、久方ぶりにまともに顔を見る恋人を前にしてこのまま帰りたくないと、自身の中のラダマンティスを恋しく思う心が小さな訴えを上げている。
「…良い夢を、ご覧になりますように…」
俯く頬にまばらにかかる硬質な髪すら慈しむようにそっと払い、意外に白いその頬に唇を寄せていく。
ほんの一瞬だが、最後に軽く音を立ててしまったのは、恋人として触れ合えていなかったが故の寂しさと未練の表れだった。なので未だに彼を見つめていたい、触れていたいとざわめく心を押さえつけるように立ち上がったバレンタインは、目の前の上官の唇の端が微かに持ちあがったことに気づいていなかった。
「え…っ!?」
隙だらけだったハーピーの手首を捕えたのは馴染みのありすぎる大きな掌。突然のことに反応が遅れたバレンタインの身体がワイバーンの元へ引き寄せられると同時、彼の唇に、柔らかくも熱い、何かが触れた。
「んっ…」
触れるだけで火傷しそうになるそれは、覚えのある感触であり、長らく触れられずにいて、味わえなかったもの。驚きに目を見開いたバレンタインのバイオレットの瞳に映るのは、たった今起きたとは到底思えないほど、はっきりと覚醒しているのが判る、ラダマンティスの表情だった。
「い、いつからおきて」
「さあ、いつからだろうな?」
上ずる声を聞き届けて、シャトルーズイエローの瞳の翼竜はくつくつと笑う。仕掛けた悪戯が成功した、してやったりといわんばかりの笑みを見せながら、みすみす罠に飛び込んできたハーピーを逃すまいとするラダマンティスの腕の強さに、温もりに、バレンタインの白い面差しは、うっすらとだが確実に紅が差していく。
「ずるいです…ラダマンティス様」
折角良い夢を見られるように己の心を押し留めたのにと、バレンタインは小さな声で上司である恋人を甘く詰った。
「ああ、悪いとは思ったのだが」
ラダマンティスの手が手首から、熱くなり始めるバレンタインの頬にそっと触れていく。これもまた、久方ぶりに感じるものだった。
「眠りの口付よりも、目覚めの口付けの方が頑張れると思ったのでな」
「っ…!」
しっとりとした、心地の良い低い声に思わず背筋が震える。この声は、二人きりの時でしか発動しない、バレンタインが最も弱いラダマンティスの声音だった。
「バレンタイン」
「っんぅ」
下からゆっくりと近づいてくるラダマンティスの顔に、バレンタインは目を瞑る。
「ふ、ぁ」
期待を違わず押し当てられる感触に、ただバレンタインは唇の形や熱量、そしてその動きを享受するだけだった。
「ぁ…」
これ以上火が灯る前に中断された甘やかな口付けに、思わず未練の声が漏れ落ちてバツの悪そうな顔をするバレンタインに、ラダマンティスはそんな顔をするなと優しく諌めた。
「…寂しい思いをさせてすまなかった」
「い、いいえ!」
ラダマンティスのその言葉にバレンタインは首を振る。寂しかったのは事実だが、彼と自分では立場がまるで違う。そんなことで責任を感じてほしくない、むしろあなたに頼られるに値しない自分がもっと精進しなければならないと訴えるバレンタインにラダマンティスは苦笑した。
「相変わらず真面目だなお前は…」
そこが美点ではあるのだけれどと呟きながら、ラダマンティスはやおら立ち上がるとバレンタインの身体をぎゅっと抱きしめた。
「~~ッ!?」
「俺も寂しい思いをしたのだから、しばらくはこうさせてくれ」
思いもよらないラダマンティスの行動に、バレンタインの体温はいよいよ高まっていく。
「ん、これで乗り切れる」
ぽふぽふと背中をように叩いてラダマンティスが離れるのと同時、色んなキャパシティを超えたバレンタインはいよいよもって卒倒する。これは好都合と言わんばかりに内心で舌なめずりする翼竜に連れ込まれた仮眠室で、会えない数日間で色々と抑えつけていた諸々を発散することになり、二人揃って残業をする羽目になる結末の始まりは切って落とされたのだった。





こちらも仲良くして下さっているフォロワーMさんの呟きから着想を得たラダバレ。
普段は頼れる真面目な人が、こうやって無防備で茶目っ気ある部分を見せてくれたら本当に堪らないよねって話。
お互い真面目で上司と部下で恋人同士って今更ながら萌えとロマンがたっぷり詰まっていると思います\(^0^)/
書いている内に思ったのですが、うちのラダさんって生真面目な部分だけじゃなくて結構茶目っ気のある人だと思う。というか三巨頭の中では一番欲望に忠実な人のような気がするw vsカノンとか
(2017/11/09)

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