Blessing to you

Blessing to you






冬将軍の気配が遠ざかり始めるこの季節。
大地にはひそやかに緑が萌え、小さな花が恥ずかしげに顔を出す。
南欧諸国のそれに比べれば慎ましやかな装いであるが、極北の国アスガルドにも 確実にこの季節―春が訪れていた。気候が緩めば、また人々の心にも陽気が射す。
氷と雪のために家に籠められっぱなしだった子供達は嬉しげに街路を駆け回り、 大人達もそんな子供らを見守りつつ、酒瓶片手に笑い合う。その暖かさは 言うまでもなく、アスガルド国主ヒルダの居城ヴァルハラにも満ちていた。
ヴァルハラでは毎年、この喜びの季節に、それに相応しく文官・武官の 入隊・入城式典などの華やかな行事が行なわれている。
普段は質素なヴァルハラの催しも、長い鬱屈を晴らそうという皆の意気込みを 反映してか、春のそれは他と比べ盛大なものとなる。
近衛の入隊式を例にあげれば、それは3日に渡って行なわれるのだ。
初日は入隊式。二日目は、新参者の顔見せの為の夜会。勿論文官連も参加する。
そして三日目は、近衛隊による平和と豊穣を祈りオーディンに捧げる御前試合。
……というように。
太陽は未だ分厚い雲の布団にくるまって顔を見せないが、式典3日目のこの日、 オーディン像の前に集まった人々の顔はそれ以上に明るく輝いていた。
祈りの祭壇前に設えられた客席は既に飽和状態に達し、少しの距離もなんのその ヴァルハラの高台から試合の様子を見守る影もそこかしこに見える。
そんな高台の更に上部、見張り台を兼ねる尖塔にも、群れから離れて佇む ひとつの影があった。
未だ少し冷たい風に背の中程まである銀髪を靡かせ、 口元には皮肉げな笑みを乗せて、その影はじっと試合会場のほうを眺めていた。
「……貴族連中のご機嫌取りなんざまっぴらだし、な。」
自らに言い聞かせるように呟きながら、彼は胸あたりまである塀から 身を乗り出すという正反対の行動を取った。
目を眇めているのは誰かを捜しているのだろうか。
「あいつ、何処にいるんだ…?」
きょろきょろと視線を巡らせ探すは、彼の双子の弟。
距離のせいもあって、眼下にひしめく近衛兵らの顔は朧気にしか判別できないが…、 彼だけは見分ける自信があった。




「兄上……」
試合の前、彼の部屋にやってきた弟の顔には、申し訳なさと悲しみとが 同居していた。双子は忌み子…、そんな古い因習の為に 公にその姿を現すことの出来ない兄。
そして、兄にそんな境遇を強いている自分への嫌悪。
弟が未だそういった感情を抱いているのは知っていたが、其れは 『犠牲者』である彼が幾ら言葉を重ねても 解決できるものではない。過去を乗り越え、二人心を通わせた今も…、 これだけは恐らくこれからも背負っていかなければならない業。
否、彼らが抱く感情に課せられた十字架、と言ったほうが良いのかも知れない。
「なんて顔してる?」
立ち尽くす弟の腰を抱き寄せ、彼は笑う。
つられたように微笑んだ弟の其れは少し引きつったものであったが、 彼はそれには触れず、変わりにその額に口吻た。
「……これを。」
「…?」
一旦弟を離し、彼は自分の薬指から少し歪な指輪を抜き取り、弟の掌に置いた。
訝しむ眼差しを向ける彼にちょっと笑いかけ、細身のチェーンを取りだして 指輪を通し、その首にかけてやる。
「兄上、これは……」
彼が弟の首にかけたものは、忘れもしない。
甦って…、二人で迎えた誕生日に彼が自作したペアリングの片割れであった。
同じものはいま、弟の左手薬指に填っている。
意味をはかりかねて戸惑う弟の髪を撫で、彼は苦笑した。
「やるんじゃねぇぞ。」
「じゃあ、どうして……?」
「騎士、ってやつは、昔から自分の愛する―守りたいひとが  身に付けているものを 借り受けて身に付け、戦ったという。
 ……だから、……その…お守りだな。」
きょとん、とした顔から、徐々にその表情が喜びに輝き始める。
白い頬にほんの少し紅をのせ、彼は兄の胸に顔を埋めた。
「勝ちますよ。美味しいお酒を用意して待っててくださいね。」
「ああ。楽しみにしてる。」




訊ねて来たときとはうってかわって華やいだ顔で出ていく弟を見送り、 そして彼は此処へやってきたのであったが。
「……いない。」
幾ら目を凝らしても、愛しい弟の姿が見つからない。
試合は…未だ始まっていない。例え始まっていても、相手がジークフリートや ハーゲンでもない限り彼が負けるなどありえない。
……それでは……?
不安が彼の心中にわき起こり、彼は城内に引き返すべく踵を返した。
……と。
「バド…兄上。」
「シド。」
探し求めた思い人をすぐ背後にみとめて、彼は驚きに目を見開いた。
「なんで、お前…試合は?」
「神闘士はシードなんですって。
 それでなくとも、隊長クラスは毎年そうなんですけど。」
くすりと笑って、シドはごそごそと手にした包みを探り始めた。
そして、おもむろに双振りの剣を抜き出す。
「だから貴方と、……花試合をするのもいいかな、って。」
悪戯っぽく笑い、シドは手にした剣のうち一振りをバドに投げ寄越した。
くるくると弧を描きながら飛んでくる其れを受け取り、バドは苦笑する。
彼が弟の心情を察して指輪を渡したように、シドもまた彼の心情を察していたのだ。
「……手加減せんからな。」
「もとより無用。」
滅多に見せない好戦的な笑みを浮かべ、シドは宙に身を躍らせた。
空中からの斬撃を受け止め、その反動を利用してその剣を薙ぎ払う。
くるりと一回転して着地するその先を狙って、バドは剣先を繰り出した。
しかしその先に既にシドの姿は無く、鋭い音を立てて城壁の石と鋼が
ぶつかりあっただけに終わった。痺れかける手をひとふりしてバドは 素早く体勢を立て直し、石畳に映る影を追って空を見上げる。
たん、と着地音も軽く降り立ったシドは、ついた脚を軸に体を回転させ、 一気にバドとの間合いを詰めて矢継ぎ早に剣を繰り出した。
カン、カン、カン…、剣先がぶつかり合う音が、灰色の空に響く。
防戦一方のバドの背が、ついに塀に接する。追いつめたことに気が緩んだか その瞬間シドの斬撃の威力が少し衰えた。
その隙を縫って、バドはシドの手元を狙って一撃を繰り出した。
ガキィン……!
柄を狙った其れに、シドは堪らず剣を取り落とす。
「勝負あったな、シド!」
衝撃に手を押えているシドの胸元を狙って、バドは掬い上げるように一撃を放つ。
「ええ、兄上…ッ!」
痛みに眉を寄せていたその表情が、次の瞬間不敵に笑う。
手から離れ、石畳に刺さっていた剣の柄をダメージの無い左手で掴み、 シドは流れる動作で剣先をバドの肩に軽くあてた。その差は僅かにシドのほうが先。
「……負け、か。」
「兄上のお守りのおかげです。」
嬉しそうなシドを見られた喜びもさることながら、負けて悔しい思いも否めない。
そうしたこともあって、バドは差し出された手と言葉を苦笑で受けた。
二人の手が合わさった瞬間、少し離れた試合会場で声援がわき起こった。
どうやら初戦が始まったらしい。
その声を聞きながら、二人は互いに相手との距離を狭めていた。
雲間から漸く顔を覗かせた太陽が、寄り添う二人の姿を淡く石畳に映していた。



ASTRANTIAの六花様から頂いてまいりました、当サイト一周年記念小説です!
この設定は以前私がASTRANTIAさん一周年記念に捧げた小説を基盤にして下さったのですが、 こんな素敵なお話になるなんて!
何と言っても迫力のある試合の描写に、シドさんはやはり可愛いだけではなく凛々しさも兼ね揃えている格好良い人なんだなぁと、うっとりとしてしまいました。
自分の指輪をシドさんにかけてあげるお兄ちゃんの言葉も、優しいやらロマンチストやらで、もう兎に角、今までの分も寄り添って生きて言って欲しいと思います。
六花さん、どうも有り難う御座いましたー!