TIDEN

幸せな、気だるさの中で、シドはゆっくりと目を開いた。
カーテンを揺らすのは、無作法に窓を叩く風。
ぼんやりと眼球を巡らし、それから体を起す。

「起きたのか、シド」
暖炉の前で、雑誌を開いていた彼の兄が、笑みを零す。
「おはようございます」
シドも微笑み、寝台を出ようとする。
それを視線で制しておいて、バドはテーブルの上に置いていた茶器から 紅茶をカップに注ぎ、シドが横たわる寝台まで運ぶ。
鼻腔をくすぐる、芳しい香りに、シドは目を細めた。
小さなカップを両手に包み込み、液面に息を吹きかける。
ゆっくりと紅茶を飲み下すシドの姿を見詰めながら、 バドは彼の髪を梳く。くすぐったさに耐えながら、シドは兄の愛撫、そして 紅茶の熱さを享受する。
唇についた、最後の一滴まで舐め取り、さて今度こそ、と シドはベッドから立ち上がろうとした。
夜具から出そうとした片足を、しかしバドが素早く掴み、高く持ち上げる。
自然、シドは背中からベッドに沈む結果となった。
「?」
きょとり、と兄を見上げるシドに向け、その兄はしれっと言葉を吐く。
「今日は俺につきあえ、シド」

二人揃っての休日など、半年に一度あるかないか。
外務の時はさておき、シドがヴァルハラ内務の際、 バドは結構―本人は怒るが―ヒマなのである。
弟の部屋には行けども、疲れの色が濃い彼に、そう長々と相手を させることもできない。一、二杯、グラスを空けて、弟の部屋を出る。
取り立てて不満があるわけでもないが、それはそれ、満足とは程遠い。
「つきあえ、とは…?」
押し倒される形で、兄を見上げるシド。
その髪を、梳いてやりながら、バドはひとつの提案をした。
「今日は、何をするも、俺にさせること。
 おまえは何ひとつ自分でしないこと」
「……?」
「ま…、人形遊びだと思ってくれ」
「…人形は、私ですか」
「勿論」
不服そうにしているシドの寝巻きを脱がせながら、バドは力強く頷いた。
手早く部屋着を用意し、それをシドに纏わせる。
眉間に皺寄せていたシドも、着替えが終わる頃には抵抗を諦めていた。
それに、この人形遊びは、バドの独断ですべてが決まるわけではないようなのだ。
「外を見たい」
と呟けば、すぐさま抱き上げられ、窓辺まで連れて行ってくれる。
窓辺に据えられてたソファで
「喉が渇きました」
といえば、紅茶が出てくる。
丁寧に、ミルク、ブランデー、ジャム、菓子まで添えて。
それはむしろ、シドを甘やかすための遊びといっても過言ではないほどだ。
甲斐甲斐しく世話をやいてくれる兄の姿をくすぐったく思いながら 菓子を満たしたトレイを膝において、ひと時を過ごす。
焼き菓子にジャムをたらし、一口齧ってから、シドは感嘆の吐息をついた。
「おいしい」
煮込みすぎていないそのジャムは、まだイチゴ本来の形を残している。
それでいて、甘みはしっかりとしていて、 焼き菓子の淡白さに丁度よくなじんでいた。
「光栄です。それは俺の手製」
「この、ジャム?」
兄の手先が器用なことは知っていたシドだが、改めて驚かされる。
「ジャムって…家庭でも作れるんですね」
弟の発言に、軽く脱力しつつ、バドは簡単にジャムの作り方を説明する。
その内容を真剣な顔で聞いていたシドは、手の中のジャムをしげしげと 見つめてから、再度焼き菓子をほお張った。
「手作りの良さは、好みの味に仕上げられることだな」
もくもくと菓子をほお張る弟の姿を満足げに見て、 それから、バドはにやりと笑う。
「俺もすこしもらおうか」
言うが早いか、バドはシドの顎を捉えて口付ける。
ジャムの香りと、紅茶の香りが微かに香る。
「ああ、俺好みの甘み、だな」
「…あにうえ…!!」
思わぬ兄の行動に、シドは膝の上に置かれたトレイを忘れて逃れようとする。
そんなシドに、顎でトレイを示し、その存在を思い出させたバドは、 わめくシドの唇を塞ぎにかかった。
唇、頬、額、まぶた、耳、そしてまた唇へ。
体を離すと、シドはソファの背に身を預けて膨れ面をしている。
トレイはとうの昔に床に滑り落ち、まだ僅かに残っていた菓子、そして カップが床に散らばっている。
「このようなこと、お願いしていないのに」
荒い息を整えているシドを眼下において、バドは笑う。
「おまえのお願いを待っていたら、俺が乾いちまう」
さらりと言い放つバドを見つめ、シドは呆れたように微笑んだ。
そうして、「違いありません」、と、こう呟いて、バドの背に腕をまわす。






『ASTRANTIA』の六花さんから頂戴しました、ラブラブイチャイチャ休暇北欧双子話です~v
最初のお人形遊びでいかがわしい妄想を働かせた腐れ管理人のそんな下賤な考えを吹っ飛ばすほどに、甘やかし上手な兄さんと、甘えっ子属性MAXな弟ちゃんの姿を垣間見て、何事か!?と仰け反りましたよ(鼻血)
そして、手先な器用な兄さんによっての手作りジャムとお菓子と紅茶の描写に、私の腹は鳴りっ放しでした(笑)
バド兄のお好みに仕上がったこの後のシドさんの運命を妄想しつつ、末永い双子の幸せを願わずにはいられません(*^人^*)
六花さん、美味しくも甘々、そして温もりあるお話をありがとう御座いました!!