現世挽歌(うつつせばんか)

現 世 挽 歌

その一室には、蝋燭しかなかった。
ぐるりと四方の壁を取り囲み、赤々と静かに燃えている無数のそれ等は、照明の代わりにはなっていた。
この部屋の中央に敷かれている一組の敷布。そこで抱き合いながら眠る寸分違わぬ二人の青年。
一本の蝋燭の炎が、意思を持ったように慌しく揺ら揺らとゆらめき出すと、熟睡していたと思っていた、二人のうち一人が目を覚ます。
そっと、自分を抱きしめていた彼の人の腕から起こさないように抜け出すと、情事跡が残る白い素肌を毛布で隠し、すたすたと畳の上を静かに移動する。
「・・・・。」
まるで周りと逆らうかのように、ゆらめき続ける蝋燭を薄いオレンジ色の瞳で無表情に見やると、躊躇いもなくふっと吹き消した。
所狭しと並べられたその群れの中で、反抗的なそれだけの火が消え、残された蝋も下から崩れるように消滅していく。
「ん・・・?」
ふと背後で、かすかに掠れた声を聞き、そちらを振り返ると眠たそうに目を瞬かせ、上体をむくりと起こし上げる彼の姿があった。
「すみません・・・。起こしちゃいましたか・・・。」
寝ぼけ眼でガシガシと頭を掻きながら近づいてくる双子の兄に、柔らかい笑みを見せ、後ろからするりと首にまわされた腕に抗うことなく、そのまま彼の胸に身体を預けるシド。
「こう・・・毎日毎晩のように、自らで死を選ぶ人間達の為に俺等の時間を邪魔されるのは我慢ならないな・・・。」
心底うんざりしたように言い捨ててあくびを一つ。
そんなバドを見ながら、シドはくすくすと笑うが、今しがたかき消した蝋燭の方に向き直ると、ふと瞳を細め忌々し気に残されている幾数のそれ等を見やる。
「えぇ・・・本当に・・・。いっそここにある物全部をかき消してやりたくなりますよ・・・。」
いつになく黒い発言の弟に、バドは一瞬ポカンとしたが、首にまわしていた腕を解くと、軽くポン・・・と同じ髪色を持つ頭を撫でてやる。
「ばぁか、そんなことしたら、ますます面倒くさい事になるだろうが・・・。」
笑いを含んだ声に、シドもそう言えばそうですね・・・と、先ほどと同じ笑みを湛える。

ここにある蝋燭の火は煌いてはいるものの、彼らはその熱さを感じない。
何故ならば、ここは人間達の言うところの黄泉の国にあたる場所であり、彼等は人間の死を管理する死神であったからだ。
すなわちこの蝋燭の群れは、現世に生きる人間の魂を象徴するものであり、それごときの生命の熱さなど感じるに値しないのだ。
通常、この蝋燭の火が消える法則は三種類ある。
一つは自然に蝋が融けてちびて行き、行き場をなくした炎がそのまま消えていくというパターン、これは全ての寿命を全うした一番理想的な人生の幕引きと言えよう。
もう一つは、ガタン・・・っと蝋がその場に倒れ、そのまま炎がかき消えるというパターン、これは不慮に事故により命を落とした場合である。ただし、同じく事故に巻き込まれても、生きる運命(さだめ)の者のそれは変化はない。
そしてもう一つは・・・、自らの手で命を経った者の場合、充分に蝋があるにも関わらず、炎だけが揺らめくという状態が続き、死神の息で吹き消さなければならないというパターン・・・。
炎が消えた後の人間の魂は、すぐに黄泉の国に辿り着く訳ではなく、常世で言う丑満刻に彼等がその彷徨う魂を回収すべく、下界の空へ降り立つのだ。
そしてまとめて回収した魂は、三途の川の守番に全て引き渡す。その後、翌宵に備えて身体を休める・・・。

人間がいる限り、ずっと終わる事のない、ある意味無限地獄と言って良いような彼らの役目。
しかし双子でありながら愛し合っている二人は、人の子に生まれたのならば苦悩するほどの禁忌も、寿命も限られているわけでもなし、死神である事には不満はない。
ただ・・・。
「どうした?シド。」
いつの間にか、今度は何か考え込むような表情になった弟にバドは問う。
「いや・・・、あんなに暴れるくらいなら、どうして自らで死を選ぶのでしょうね・・・?」
唐突な質問。
回収される魂は、皆が皆従順な訳ではない。中には自らの死を認められず、現世に帰せと暴れる者もいる(とは言っても、それは死神にとっては草木が風にそよぐ位のものだが)。
しかもそう言い出すのは、決まって自ら望んで死を選んだ者であり、最近吹き消す蝋燭の数も増えるにつれ反抗的な魂も増えてきていた。

自分達は人間達に死を告げる者であって、生を与える者ではない。
ましてや人間達は、自分達の存在を認めている者はほんの一握りしかおらず、信じないものが大半である。
そんな人間に、何故かシドは不意に疑問が湧き上ったのだった。
「さぁな・・・人間達の考えていることなど俺には判らんし、そんな奴等に容赦するつもりはない。」
ただ・・・と言い、バドは弟の身体を再度後ろからつ・・・と抱き寄せ、顔を僅かに上向かせ、薄く開いていた唇に自分のそれを重ね合わせる。
「ん・・・。」
微かな吐息を漏らし逆らう事無く、それを受け入れるシド。
軽い口付けを交わして、顔を離したバドは悪戯半分、真剣さ半分の表情でシドを見つめ、そしてこう言った。
「心中したい程、互いを愛するという気持ちは判る気がするがな・・・。」
「っ・・・!」
いきなりの兄の言葉にシドは一気に顔を真っ赤にさせる。
そんな表情を見て、バドの中のからかい心がくすぐられ、ぐいっと、シドの身体を抱え上げた。
「わ・・・っ!兄さ・・・!」
そして、トサ・・っと軽く敷布の上に身体を投げ出され、その上にバドが乗るという体勢になる。
「魂狩りの時間までまだ少しあるな・・・。」
そう言って今度は正面から口付けを交わすと、シドも抵抗するのは無駄と諦めたか、兄の髪に指を絡めるように頭に腕を回す・・・。


今宵もまた反抗的な魂達の相手をせねばならない・・・。
しかし彼等はそんな生活に何の不満はない。
添い遂げたい相手とこうして永遠に一緒にいれるのだから・・・。