烏天狗-気まぐれ妖鬼の戯れ遊び-














烏天狗-気まぐれ妖鬼の戯れ遊び-



とかく雪の山中は天候が変わりやすい。
それは、長く住み慣れた地元の民達でさえも、翻弄されるほど気紛れに。
穏やかに晴れ渡っていたと思っていたら、すぐにそれはぐずついて、あっという間に荒れ狂い、視界はおろか身動きすら取れないほどになってしまう。
それは自然界が人間達に見せ付ける“凶行”と言っても過言ではないであろう。


「おーい!おぉーい!!」
「いたか?!」
「いや、見つからない!おい、そっちはどうだ!?」
雪山のふもとにある村で、大人達がランプを片手に持ちながら騒ぎ立てている。
既に日もとっぷりと暮れて、ちらつく雪と外気の寒さが彼らの焦りを膨張させていく。
この村に住む、ある一家の兄弟が、遊びに出たまま帰ってこないのだ。
ここに暮らす子供達の、共通の遊び相手は、とうとうと聳え立つこの雪山だった。
この国は四季のほとんどが雪に覆われる為白い山々は人々に馴染み深く、特に大人達は雪山の恐怖を嫌と言うほど知っていた。
そのため、子供達にはいつも口うるさく言い聞かせているが、いかんせん子供と言うのは、無邪気な好奇心の塊だといっても過言ではない。
大人達の言いつけはそれこそ守ってはいるものの、ムクムクと湧き上がる冒険心を押さえつける程の警戒心は持ち合わせてはいない。
それを膨らませてしまい、いつもの遊び場よりも奥へ入っていってしまったのであろう、子供達が一向に帰って来ないと、両親が近所の民に泣きながら駆け込んできたのが 、 夕刻を回った時刻だった。

今は未だ雪は小降りのものの、これが何時、荒れ狂うほどになるのか全く読めない。
それほどまでに恐い中、置き去りにされている子供を何とか見つけ出してやりたいと、大人達は焦るが、そうすればそうするほど雪が行く手を阻むように降り続くため、捜索は思うように進まず、 誰も彼もが疲労した顔に、絶望を宿していた。


「お兄ちゃん・・・、僕達、帰れるの?」
「大丈夫だよ・・・。心配しないで。」
段々と気温が下がっていく山中で、幼い兄弟は必死に家へ帰ろうと歩き続けていた。
近所の子供達と一緒に遊んでいたものの、この兄弟はやはり冒険心を抑え切れなかったようで、普段は行かない山の上の方に来てしまっていた。
やがて日は沈みかけて、そろそろ帰ろうかと言う時に、未だほの明るかった空からひらひらと雪が舞い散り始めた。
兄は急いで弟の手を引いて山道を下ろうとするものの、そうなり始めてから数分もせずに、山は情け容赦ない自然の牙を幼い二人にむき出しにしていた。
それでも何とか歩き続ける幼子達の目に映るのは、上下左右、白銀の平地だけが延々と広がっているだけだった。

冷たくなっていくお互いの身体。
弟は既にすすり泣いていた。
兄もまた泣き出したい気持ちだったが、自分が泣いても喚いてもこの状況ではどうにもならないという気持ちと、弟を守らなければという兄としての使命感が、 ぎりぎり心を支えていた。
と、その時だった。
藍色の空、暴れ舞う雪達、白銀の世界の中、突如彼等の目の前に一つの大きな影が現れたのは。
兄はおろか、すすり泣いていた弟さえも泣くのを忘れ、目を大きく見開いて驚きを隠せずにそれを見上げた。
落ちた日のせいで、幼子達にはその影の持つ細かな顔立ちは見えなかった。
ただ判るのは。
闇中でも鮮やかに煌くであろう、銀色の髪と、その背中に持つ大きな翼。
吹き荒ぶ雪のせいで、兄弟の目にはそれが白く見えたため、逡巡するまでも無く兄はこう言った。
「天使様?」
「は?」
その問いかけに、今度は“影”が呆気に取られる番だった。
「天使様・・・って、俺の事か?」
その声は低く、そして少し恐く彼らの耳に届いたようで、泣くのをようやく堪えていた少年は再びポロポロと涙をこぼれさせていた。
「カノン!泣いちゃだめだろ!」
「だって・・・、この天使様・・・、怖いんだもん・・・・。」
「・・・・・。」
子供ほど、素直で正直で、そして怖いもの知らずな生き物はいないなと思いながら、無言になったその“天使”は、二人の身長にあわせるようにしゃがみ込んで、まじまじと二つの顔を見比べた。
「あれ?お前等・・・、双子か?」
「はい・・・、僕はサガ・・・。こっちは弟のカノンです。」
丁寧に自己紹介をする少年に、“天使”もつられるようにして、
「そうか・・、俺はバドって言うんだ。」
宜しくなと、サガの頭をくしゃくしゃとかき回す。
その手の暖かな感触に、サガは自分の想像していた“天使様”とは全然違うなと幼心に思っていた。
「お願いです!天使様!!僕達を助けてください!!」
予想外の“天使様”の登場と、そのほのぼのとした雰囲気で一時は和やかな空気が流れていたが、容赦なく吹き付けてくる風雪が、一気に幼い兄弟に状況を思い出させた。
そしてバドの方も、いくら己が人間ではなく、寒さを感じないとは言え、こんな場所でこんな悠長に話しこんでいる場合ではないと気づく。
己の目を見て、必死に哀願するサガと、未だおびえて兄の影に隠れるカノンの頭を軽く撫でてやり。
「判った。」
そう言うが早いが、幼い兄弟をひょいっと抱え上げて、背中の翼を大きくはためかせて、あっという間に上空へと舞い上がった。
「「わ・・・!」」

「しっかりつかまっていろよ。下はあまり見ない方がいい。」
その手に抱える兄弟達をしがみ付かせると、バドは気流の中を泳ぐようにして天を駆け巡っていった。


ふもとの村の、一軒の家。
雪足が更に強くなり、捜索が打ち切られ、絶望に打ちひしがれて家の中の灯りも点けずに塞ぎこむ両親。
カタン・・・
と、その時玄関口の方で小さく物音がしたのを彼らは聞き逃すことなく、座っていた椅子から勢い良く立ち上がって、そちらに向かった。
「ただいま~!」
そこにはまごう事なき、我が子達の姿があった。
無邪気に笑う二人の子供を、叱るよりも先に、かわるがわる泣きながら抱きしめる両親。
一体どうやって帰ってきたのか?と両親は問うと、
「あのね、天使様がここまで連れてきてくれたんだよ!」
とのサガの言葉に戸惑う二人。
「ちょっと怖そうな天使様だったけど、でも、綺麗なオレンジ色の目をしていて、頭を撫でてくれて、優しかったの!」
と、今度は弟のカノン。
「「あっ!」」
二人は同時に声をあげて、家の庭にある、枯れた大きな木の枝に腰をかけるバドを発見して大きく手を振った。
「「ありがとうございます!天使様!!」」
嬉しそうに声をかける我が子のほうにつられて、両親もそちらを見たが、どうやら彼らにはバドの姿が見えないらしく、不思議そうに首を傾げていたが、やがて揃って家の中に入っていった。

「天使様・・・ですか・・・。」
その様子を見届け、しばらくそこに腰をかけていたバドの耳に、笑いを含んだ優しい声が聞こえてきた。
「ガラじゃないだろう?」
ふい・・・と振り返った先に映るのは、バドと同じ姿をした双子の弟・シドだった。
銀色の髪と、透き通ったダークオレンジ色の瞳も全く同じだったが、醸し出す雰囲気が違っている。
「いいえ・・・。」
くすくすと笑いながら、背中のダークグレーの翼ごと抱きしめてくる、弟の頬に手を添えて、声を封じるように口付けた。
「ん・・・。」
触れ合うだけの口付けを施して、しばし二人は見つめ合う。
「今日は特に冷え切ったからな。たっぷりと温めてくれ・・・。」
「もう・・・。」
兄の言葉が何を意図するのか察したシドは、少し照れて呆れたように頬を膨らませたが、やがて身体を離し、兄の身体を起こし上げた。

そして、手を繋いで、二人一緒にそこから翼を広げ飛び立った。

その姿は、まるで凍えないように、互いに寄り添って空を翔る、比翼の様だった・・・。




BGM:烏天狗(煌神羅刹:陰陽座)