還元への改竄-Ma Che`rie-Ⅱ


還元への改竄-Ma Che`rie-

-Ⅱ-



二人が生を受けたのは、ここよりはるか北の国で、年中通して雪と氷に覆われる大地の・・・、しかし短い間だが、日の光の恩恵の季節は訪れて、 冷たく厚い雪の下からは、温かく生命に満ち溢れた緑に覆われた大地が顔を出し、花は咲き乱れて小鳥は囀る国の富豪の元に双子として生まれた。

しかしシドは生まれつき身体が弱く、大きな屋敷の中、白一色に統一された部屋で暮らしていた。
そこに取り付けられている大きな窓から、温かな陽の恵みの下に出られることも無く、ただぼんやりと眺めている事しか出来ずにいた。
「シド!」
そんな弟を励ます様に、バドは毎日の様に跡取りとしての勉学やら作法やらの時間が終わると、真っ先にシドの部屋へと向かう。
「兄様!」
手折ってしまえそうな細い身体に、白い衣をまとう、今にも消えてしまいそうな儚げな弟は、兄が訪ねてくると、すぐに窓から視線を外し、嬉しそうに微笑んだ。
「もう終わられたのですか?」
たたた・・・と、小走りで自分の元へとかけてくる弟を見て、馬鹿、無理はするなと言い、その小さな肩を両手で支えるようにして掴む。
「ああ。シドは・・・、もう診断は済んだのか?」
咎められてシュンとなったシドの頭を、今度はゴメンと呟きながら優しく撫でてやる。

週に何度か・・・、むしろ無い日の方が数えて片手で事足りるほど、シドは掛かりつけの医師の診断を受けていた。
豪奢な机に無造作に置かれた、少しでも身体の負担を和らげる為と投与され続ける色取り取りの薬が、窓から差し込む日の光に反射して、厭味なほどの煌きを放っている。

神様は意地悪だ。
同じ兄弟なのに・・・、ましてや双子なのに、どうしてこんなものを呑み続けなければならない程に弱い身体を、シドに与えたのか?

「兄様?」
少し険しい顔をして、自分の肩越しにある一点を見つめる兄の顔を覗き込み、シドは小首を傾げた。
「あ・・・、あぁ、ゴメン。何でもない。」
「いいえ・・・、私の方こそ・・・。」
「?」
そのあどけなさを持つ、整った造りの顔を俯かせるシド。
「兄様は毎日忙しいのに、こうして私に会いに来てくれてる・・・。」
今にも泣き出しそうに、若干兄よりも大きな瞳を哀しげに伏せて、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「私がもっと丈夫に生まれていれば、父様も母様も・・・、兄様にだって心配をかけなくて済んだのに・・・。」
涙声に変わる一歩手前の声に、反射的にバドは、掴んでいた肩を更に強く掴んでいた。
「馬鹿!そんなことを言うな!!」
胸が抉られる思いで、バドは悲痛に叫んだ。
「お前が悪いんじゃない!」
掴みかけられた肩の痛みからか、僅かに身を捩るシドを、バドはそのまま自分の腕の中に抱き寄せる。
「きっと、お前の身体は良くなるから・・・。」
背中に回した腕にゆっくりと力を籠めていく。
確かにここに居る、弟の存在を確かめるように。
「俺がお前を守ってやるから・・・!」
痛いくらいに抱き寄せられ、しかし己の身体をすっぽりと包み込む、兄の腕と胸の温かさに安心したかのように、シドの腕もおずおずとバドの背中に回されていく。
「はい・・・。はい・・!」
堪えていた涙を別の意味で溢れさせながら、シドは何度も肯いた。
バドは一度身体を離して、今度は両頬に手を添えて、シドの涙をせき止める様に左右の目じりにキスを落とす。
「約束する・・・。」
真剣な表情で、僅かに下にある弟の顔を瞳に映す。
「俺はシドの傍にずっと居る。」
たかが子供の口約束だと、笑い飛ばす事のできないほどに、厳かで神聖な誓いの言葉。
「・・・。」
そんな真剣な表情に、シドの鼓動はどくんどくんと大きく高鳴り、包み込まれている頬がまるで焼き鏝を押されたように赤く熱くなってくる。

生まれて初めての感覚だった。
いつも自分を励まし、傍にいてくれる優しい双子の兄。
その兄が、こんなにも逞しく見える。

そう、意識しだすと何故か兄に見つめられるのが気恥ずかしく感じられ、顔を背けたくなるが、ずっとこのまま見つめていたいという相反する気持ちも湧き上がってくる。
「シド・・・。」
何時も聞き慣れているはずの声も、どこか甘い響きを持ってシドの耳に入り込む。
返事をすることも忘れて、バドに魅入っていたシドの薄い肉付きの唇に彼の親指が押し当てられた。
その瞬間が来るのを判っていたかのように、シドは言われるまでも無く瞳をそっと閉じた。
押し当てられた指から伝わる温かい感触は、バドの唇――。
指越しに与えられた、初めての口付けだった。


「兄・・・様・・・。」
唇と親指がそっとそこから離れると、途端にボンっと一気に顔を紅潮させながらしかし夢見心地に潤んだ瞳でバドを見上げると、彼は優しく微笑みながら、秘密の話をするようにシドの耳に唇を寄せた。

「これはお前への誓いだ・・・。」

「誓い?」

「そう・・・、でもまだこれは本当の誓いじゃないんだ・・・。だから・・・。」

甘い響きを持つ言葉と共に、再度抱き寄せられると、今度はシドはピクンと身体を震わせた。

何故――?
さっきまでは何とも無かったのに・・・。

兄様に触れられて、こんなにどきどきするなんて――。


「大きくなっても、お前の気持ちが変わっていなかったら・・・。」

その時に――。
本物の誓いをあげる――・・・。


幼い彼等が交わした、精一杯の約束の形。
だけど彼等にとっては、どんなものよりも確実な証。


その言葉に、シドは高鳴なる鼓動と、同時に嬉しさで泣き出してしまいそうな気持ちも押さえ込みながら、先程よりもきつくバドにしがみ付き、何度も何度も肯いた。



二人が互いに抱いた初めてのこの感情が、後に悲劇の幕開けとなることなど、この頃の彼等にはまだ知る術も無かった――。