還元への改竄-Ma Che`rie-Ⅴ





還元への改竄-Ma Che`rie-

-Ⅴ-



「どうして・・・。」

虚ろな瞳には、何も映さず、何も映らずに、ただ涙が溢れ出る。

「どうして、お前はお前の全てを持って、俺を責める・・・?」

椅子に座らせた身体は、いくら俺が抱きしめても、その腕が回されること無くだらりと垂れ下がったままで、俺の身体に触れようともしない。




あの店を後にした二人は、まず住めそうな場所を探し当てた。
車椅子に腰掛けるシドを訝しげに見ていた、アパートの仲介業者は、バドが支払った通常のよりも多額の金額を握らされたことで、あっさりと引き下がり、二人を所有するアパートへと案内した。
そこは、狭い裏路地を通り抜けた場所に建つ、崩れかけた建物だった。
管理人の話によると、もうここには住むものは居なく、特に曰くありげな人間が住むにはうってつけの場所だろうという言葉と鍵を手渡し、立ち去っていった。
手渡された鍵を使い、バドはシドを抱えて中へ入る。
部屋の内部はお世辞にも綺麗とは言いがたく、一間しかなかった。
その中には、以前の住民が置いていったのか、簡素な机と椅子。そして身体を休める為の小さく粗末なベッドが一つだけ置かれていた。
だが、バドは充分に満足していた。
この誰も居ない、狭い空間の中で、シドと二人で新たな時間を取り戻せると――。

その為には、早く彼の目を覚まさなければならないと――・・・。

毎日、日が沈むのを俟ちきれないでいたバドは、夜が訪れるたびに、自らの手首をかき切っては、シドの喉元へと押し込んでいく――。


そんな狂気じみた日々も、ついに七日目を向かえ、バドは逸る気持ちを抑えながら、己の手首に傷を付けて、その紅い“薬”をシドに手与えていた。
いつもは閉め切っていた窓のカーテンは開かれて、気味の悪いほどまぶしくも冷たい光りを放つ月を背に、シドをその椅子に座らせて――。

「早く・・・。」
鼓動が早鐘を打つように高鳴っていく。
「早く目を開けて・・・。」
もう一度やり直す為に。
「そうしたら――・・・。」
あの失われた時間を取り戻そう。

この七日間が、まるで永遠の時の如く永かったと彼は思う。
空になった灰色の小瓶は、カラカラと床に転がっている。
月の光りと相乗してか、何時に無く真っ青なシドの清廉な顔。
椅子に座らせたシドの前に跪き、未だ温もりの通わない手を握り締めながら、ただシドの目覚めを俟つ。

「あ・・・・!」
月明かりの逆行の中で、蕾が花へと変化して咲くかのごとく、硬く閉じられたシドの瞳がゆっくりと開かれていく。
「シド・・・っ!」
感嘆の声を上げてシドを見上げるバドの瞳からは、シドが長い“眠り”に堕ちた時以来の涙が頬を伝っていく。
同じ色の瞳が、空中でしっかりと合わさり、互いが互いの姿を映し出す・・・筈だった。
だが。
「シド・・・?」
シドの瞳には、バドの姿は映らずに、その代わりに静かに両方の目から大粒の涙を溢れさせる。
「シ・・・!?」
その涙の色が透明ではなく、真っ赤な・・・まるで自らが毎晩流していた鮮血を排泄するように、とめどなく溢れる雫。
身動ぎどころか、瞬き一つすらせずに、乾く事のない雨の様な血の涙を零れさすシドを、バドはただ憮然とするしかなかった。

「・・・して・・・っ」
カラカラに乾ききった唇から、言葉を絞り出そうとするバド。
「ど・・・・して・・っ!」
温もりだけは戻ったシドの両頬に手を添えて、その瞳の中に無理矢理に自分の姿を映そうとする。
だが、シドのひどくくすんだダークオレンジ色の瞳には何も映し出されてはおらず、相変わらず涸れる事のない涙を流すだけだった。
「俺はっ・・・!」
俺はただ・・・。
お前ともう一度・・・。

と、その時だった。
震えながらも僅かに開いた、シドの唇からか細く小さな声が紡ぎ落ちたのは。
“・・・・・・て・・・。”
「何・・・?」
それは、聞き取れないほどの小さな・・・、呼吸音程度にしか聞こえない程の声だったが、その唇の動きは、呼吸などではなく、明らかに言葉を紡ぎだすために動いている。
“・・・・・して・・・・。”
添えられているバドの両手から振り切るように、たおやかな首はかくんと上向く。
赤みのさす頬に伝う、しとど無く溢れる涙も、顎先からひざの上で固く組んでいる自分の両手に、ポツポツと雨の様に滴り落ちる。





“空へ――・・・。







帰・・・・・して・・・・・。”





たった一言、それだけを繰り返し繰り返す弟。
「あ・・・。」
後頭部を強打されたように、バドはようやく自らが為した大罪に気づかされた。

俺は、お前を苦しめたかった訳じゃない・・・!
ただ、お前にもう一度会いたかっただけなのだ・・・。

それは全て――、
お前のいないこの世の中で生きて行かなければならないという現実から逃避した、俺の心の弱さが招いた事――・・・。

『生まれてきて・・・、良かった・・・――。』


何故俺は、あの時のシドの言葉を聞こうとしなかったのか――、
あの最後の際に見せたシドの微笑を見ようとしなかったのか――・・・。


「シド・・・。」


ごめんな・・・。
今、ようやく判ったから・・・。


お前にもう一度会いたいのならば――・・・。

カタン・・・と、机の中の引き出しを開けて一丁の小さな銃を取り出すバド。
それをシドの心臓へと押し当てて、躊躇い無く引き金を引いた。



ガァンッ!!


闇を切り裂くかのように、銃声が鳴り響いたと同時、シドは一瞬大きく仰け反った後に、椅子から崩れ落ちてバドの胸へとその身体を預ける形になる。
口の端から伝う一筋の血液、しかしその顔は、あの時と同じ微笑を浮かべていた。


「俺がお前の元へ行けばいいんだよな・・・。」
銃口を自らのこめかみに押し当てて、シドの身体を抱えなおした後、凍えていく白い指に拳銃を握らせ、引き金に人差し指を添えさせる。
その上に自分の手を重ね合わせて、そして一気にそれを引いた。


ガァンッッ!!

二発目の銃声が鳴り響いた一瞬後、ドサリとバドの身体は、シドと共に倒れこんだ。
打ち抜いた銃の衝撃で割れた窓ガラスの外から吹き込む冷たい夜風と、相変わらず気狂いじみたように煌く月と、そしてもう一人が、彼らの二度目の哀悼の 儀式を見守っていた――。




「ふん・・・。」
仄白く光る紫水晶に映し出された、二人の結末にアルベリッヒはどこか詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「良く判らんな・・・。」
そう、呟きながら、カウンターの上に置かれた紫水晶の放つ光りを仕舞いこむように、両手を翳す。
そして、立ち上がり、カウンターの中に設置されている棚の中から、やや大きめの青く透き通った硝子製の瓶を取り出した。
きゅっと蓋を開けて、瓶の底を両手で包み込むと、低い天井の僅か下、しかし何も無い空間からヒラヒラと二枚の羽根が現れた。

一枚は白、もう一枚は黒。

それはまるで寄り添うようにして、アルベリッヒの差し出された瓶の中へ、素直に入り込んで行った。


「お前達にとっては、この狭い底の中でも楽土となるのだろうな・・・。

再びこの世に生まれ変わる事も無く、永遠に二人で居られるなら・・・。」



THE END


すみません、ゴメンなさい、堪忍してください!!の三拍子揃った作品をオフ会企画にしてしまった私・・・(滝汗)
そもそも、これをオフ会企画にする意味があったのかと、下書きの最中から思っていたなんてことは内緒にしておきます(爆)

えっとですね、この話は双子がメインなんですが、オフ会の趣旨に沿った形で言うならば、確実にアルリンが主役です。
の割には、双子が随分出張っていたじゃねぇかコラとのお怒りは最もですが、スミマセン、慣れないことをするものではないなと今回身を持って経験しました(号泣)

アルリンの役所・・・、これはサトリと言う,人の心を読むことの出来る妖怪のつもりだったのですよ。
妖しげな薬売りと、魂狩りは一種の趣味の様な感じで(笑)

それとタイトルですが・・・、シャンプーメーカーの名前から取った訳ではなく、悪意と悲劇のV系の礎のバンドから拝借しました。