14 地獄の子守唄
――・・・ほゥら、やっぱり戻って来たよ?
――ハハやはりな、この身の程知らずが!
――やはりお前にはあちらの世界など分不相応だったという訳だ!!
――はははははっはははははははははっははははははははあははっははははは!!!!ざまぁ見せらせ!!
青い焔の先に導かれて通った路の終着点であるこの扉を開けて突き進んでみれば、ココは私とアノ人が一緒に産み堕とされる前に居た断崖絶壁のあの場所で、立ち尽くす私の前には散々私達を妬み嫉み、生かせまいと引きずり落そうともがいていた亡者達がひねくれた眼差しと侮蔑な言葉で出迎えてくれていた。
――どら、向こうの世界で散々被った罪の味はいか程の物か?
――我等を差し置いて出て生ったからには、それ相応の土産は当然じゃて。
――その穢れ果てた魂の味を、我々に曝け出してみろ!!
怒涛の様に渦を巻く、その声はもの凄い衝撃波になって私を遅い、それと同時にあの日以上の腐った触手がうねりながら私の肉体全てに巻きついてあちらこちらを弄りだす。
・・・・好きにすればいい。もう好きにすれば、いい・・・。
死して尚、この穢れた存在を嬲られだす感触に私は抗う気力も無かった。
彼らが焦がれ求めている、あの世界はココ以上に苦痛に満ちた場所なのだ。
それすらも判らずにいて、ひたすらに憧れ続けられるその一種のひたむきさを、知ってしまった私は少しだけ羨ましく思いながらされるがままにこの身体を投げ出していた。
どうせココにはアノ人は来ない。アノ人とは二度と出会えることも交える事も無い・・・。
最期まで私は呪いの様な想いを科せられ続けながら、その運命を変える事も出来ずに踊らされ続けて、そしてこの場所で惨めな存在に成り戻る。ただそれだけの・・・。
――・・・ッ、汚い手でそいつに触れるな!!
だがその時、突如凛とした、あの日以来に聞いたその声は、まるで闇を切り裂く光の様な力を持って私の頭の中に直接入り込んでくる。
その途端、私の身体に絡み付いていた無数の触手は断末魔の悲鳴と共に焼き尽くされて、その持ち主達も消滅の一途を辿っていった。
呆然として立ち尽くす私の後ろに、馴染みの深い気配が・・・しかし今までの日々に感じていたそれとは全く違う、冷たく蔑むあの眼ではなく、でも私に向けられるはずは無いと諦めていた温かさを感じる視線が注がれて来る。
――・・・コイツでなければ意味なぞ無い・・・。
あの時に聞いた、全く同じ言葉と声音で囁かれながらふと背後から抱き込まれる。
声を上げる事も出来ず振りほどこうとも思わず、ただ金縛りにあったかのようにその優しい両腕の拘束にひたすら身を任せている事しか出来ない。
――・・・ゴメン・・・。
振り向けない私の耳元に吹き込まれるその声は、忘れる事など出来ないと、忘れたくないと切に願ったあの最期に聞いたそれと同じ。
――・・・ゴメンな、シド・・・・。今まで辛い想いばかりさせて本当にすまなかった・・・・!
ねぇ・・・、私は今夢を見ているのでしょうか・・・?
今ここで感情に任せて振り向いてしまえば掻き消えてしまうほどに儚く悲しいそんな夢を・・・。
振り返る勇気が持てず、でもその存在を確かめたくて抱きしめられているその腕に両手で触れると、そこからは紛れも無く伝わるアナタの存在。
――・・・バ、ド・・・?
――・・・あぁ、俺はここに居る・・。
――バ、ド・・・。
――・・・あぁ・・・、俺はもうお前を一人にさせない・・・。
――・・・ッ、バド・・・ッ!
もう幻でも何でも構わずに、たまらなくなって振り向いて、その顔を見る間も無く、ただその広く逞しい・・・あの日々の中に思い描いていた以上に優しい胸に顔を預けて泣きじゃくる私を、アナタは消える事も無く突き放す事も無く、きつく抱きしめてくれる。
・・・アナタがここに居るということは、結局はそう言う事なのだろうけれど、でも何よりも私を選んでくれた・・、ずっと一緒だと言ってくれたその言葉を信じてもいいですか?
アナタにはもう少しあの世界に居て欲しかったのだけれども、でもそれすらも捨ててココに来てくれた其の事を、長い長いあの日々の中望んでいたそれよりも最期に私を想って選んでくれたと自惚れても良いですか――?
――・・・共に、逝こう・・・。また一緒に在る為に・・・。今度こそ引き裂かれぬように・・・。
――・・・はい・・っ!・・・アナタと今度こそ離れない様に・・・。
ココから先にはどんな責め苦が待っているのか、どんな拷問が科せられるのか・・。
そんなものはもう何も怖くなど無かった。
二人寄り添って向かう遥か向こうから聞こえてくるのは、全てを裁く冥土の鬼達の怒号に似た呻り声。
それすらも、地獄の底で響く子守唄の様な安らぎをもってして私とアナタを包み込む。
――・・・・バド・・・・。
――・・・何だ?シド・・・。
――私はアナタを・・・・。
だって、アナタがココに来てくれた事、その事実が私にとってのどんな永遠浄土にも勝る真実だから・・・。
それが例え死して結ばれたものであっても、呪いの様なそれであっても、ずっと消える事など無い絆をアナタは私に与えてくれたのだから・・・。
アナタを愛してます。
あなたを愛しています。
貴方を愛しています。
貴方を愛しています・・・。
貴方を愛しています・・・・。
貴方を愛しています・・・・・。
愛して・・・、居ます・・・・。ずっとずっと・・・・。