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Egoist Marionette Ⅲ
シドの元から逃げ出したバドは、かつて自分を育ててくれた養父の家に来ていた。
この場所はシドは知らない。養父のことは話していたが、場所までは教えていなかったというのが正しいのだろう。
すでに他界した養父と暮らした家・・・と言うより小屋は、人の手が全く行き届いておらず、あちらこちらに埃がかぶっていた状態だったが、ねぐらにするには申し分なかった。
不意に、養父と共に暮らしていた時間を思い出す。父一人、子一人の貧しい生活だったが、バドは養父を恨んだことなどなかった。人として生きる全ての術を培ったからだ。
だけど・・・。
狂おしいほどの憎しみや哀しみ・・・そして愛情と言った、人として生きる上の感情を教えてくれたのは彼の双子の弟だった。
――もう、何日も経過している・・・。いつまでも逃げ続ける訳には行かない。
しかしこの倒錯した感情は弟に受け入れては貰えないだろう・・・。
失いたくない故に、自分以外の全てのものを彼の中から追い出して、自分だけ見てもらえるのならどんなに幸せなことだろう・・・――。
冷たい木の床に崩れ落ち、粗末なつくりの壁に頭を打ちつけバドはゆっくりと目を閉じた・・・。
一方シドは、誰も居ない一人取り残された家の中で、兄の事をずっと待っていた。
もう、何処を探していいのかも判らない。起き上がる気力も無く、ただ力なくベッドの上に身体を投げ出したままだった。
あの時、兄を想いながら自分を慰めた晩、今まで思っていた以上に兄を求めていることを自覚してしまった。例え、蔑まれようと、憎まれようと自分は兄しか要らないと、バド以外何もいらないと・・・。
それだけはどうしても伝えたかった。例え疎ましく思われていても。
「バド・・・兄さん・・・・。」
自らの手で身体を包み込みながら、シドは何度目かのつぶやきと涙をあふれさせていた。
帰ろう・・・。
翌朝、バドは決心した。離れていても考えるのはシドの事ばかりだ。
逃げていても何の解決にはならないことは充分頭で理解していた。
――話してみよう・・・。この胸のうちにある想いを全て――。
シドに対しての独りよがりなこの感情は憎しみから来るものではなく、まぎれもなく愛情から来るものだ。
だけど弟は全てを許してくれるかは判らない。それでも逃げ続けるのはもっと卑怯なことなのだ。
バドは、す・・・っと立ち上がり、小屋を後にした。
シドは、何かを決意したように、ベッドから起き上がり、戸棚の扉を開ける。そこには生活雑貨が細々と納められているが、その更に奥の方に透明な小瓶が置かれていた。
それを取り出すと、ジャラジャラと音を出しながら中身を手のひらにあけた。
バドへの想いは口だけの言葉じゃない。それを証明するための物だった。
それを一気に飲み干そうとしたとき、戸口の方からカタン・・・と音が聞こえた。
不意にシドはその手を止め、掌の中の錠剤を小瓶の中に押し戻し、それを懐に仕舞うと、はやる気持ちを抑えて戸口に向かう。
まさか・・・――。
半ば開きかけた扉をそっと押す。
そこには今一番会いたかった人が立っていた。
「あ・・・。」
言葉が出なかった。それは彼も同じだ。
だけどそれでも何とか、震える両手を彼に手を伸ばし、彼の頬をそっと包み込み、そのまま首に手を回し抱きついた。
「・・バド・・・ッ!」
バドも抱きついてきたシドの身体を壊れ物を扱うようにそっと抱きしめる。
しばらくは互いの体温と存在を感じ合う抱擁を繰り返していたが、先に身を離したのはバドの方だった。
「シド・・・。ゴメン・・・。」
涙に濡れた瞳を見つめバドは謝罪の言葉を口にした。それには二つの意味が込められている。何も告げずに居なくなり、弟を悲しませたこと、そして自らのとった恐ろしい行動のこと・・・。
そんな兄の姿を、相変わらず濡れた瞳に映したシドは少し驚き、そしてゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「兄さんは・・・、私のことを憎んでいるのですか・・・?」
ズキン・・・とバドは心が痛むのを感じた。やはりあの時の自分のとった行為がシドの心に影を落としていた。
ギュ・・っと唇を噛み締めてうつむくバド。
言わなくては・・・。
そうじゃないと・・・。
失うことが怖いから、俺にはシドしかいらないから、俺以外の何者にも触れられたくないから・・・。
どうやって?どうやったら自分の心にある醜さを目の前に居る愛おしい半身に余すことなく伝えられるのだろう?
だけどもう逃げない。ここで逃げてしまったら何も解決はしない。俺自身の気持ちも、シドの気持ちも。
「違う・・・。」
バドは意を決して自分の想いを包み隠さず告白する。
うつむいていた顔をシドに移し、まっすぐに瞳を見つめながら。
言葉というものは、しばしば嘘や飾りが含まれている。だけど、言葉にしないと伝わらない思いも確かにあって・・・。
自分の思いを全て言葉にしてシドに話そう。この感情は受け入れてもらえるはずは無いけど、それでもいい・・・。
「不安・・・だったんだ・・・。お前に触れれば触れるほど・・・。」
「不安・・・?」
そう言うバドの言葉と表情がシドの心を僅かにかき乱す。いつも自分を包み込んでくれる兄が、こんな思いを自分に抱いていてくれていたなんて・・・。
「俺はお前を、俺だけのものにしたい・・・身体だけでは飽き足らず、心も全部俺だけのものに・・・。」
そう言い、バドの手はシドの顎にかかり上を向かせようとした。だが、そっと手を離し、再び視線は伏せられ、自嘲気味にふ・・・っと微笑んだ。
「最悪・・・だろ?こんな独りよがりな気持ちでお前を傷つけて・・・。いくら双子だからって俺とお前は一個人なんだから・・・。それをお前の意思を無視して、俺だけのものにしたいだなんて・・・。」
そこまで捲くし立てた時、不意に温かい掌がバドの頬を再び覆う。目の前には潤んだ瞳でバドに優しく微笑みかけるシドの姿。
「そんな顔しないで下さい・・・。」
そう言って瞳を閉じ、そのままバドに優しく口付ける。甘い甘い口付け。
「私も同じことを思っていました・・・。」
ただ触れるだけの口付けをバドに施し、唇を離すが、頬に触れる手はそのままで、驚きに固まるバドの目を見つめシドも自分の心を打ち明けた。
「貴方が居ない間、貴方以外の事を考えないで、貴方だけの事を想っていられたらどんなに楽だろうって・・・。」
兄に依存していることをはっきりと自覚した。兄無しでは生きて行けない自分を思い知らされ、嫌悪感が湧き上がった。
だけどまさか兄も、自分と同じ気持ちでいようとは思ってもみなかった。
まるで夢みたいだ・・・。嬉しくて・・・。
だが、人の心は移ろいやすいもので、いくらそのときは本心で言った言葉であっても、時が経てばやがてそれは嘘になる。
これからを二人だけで生きるために必要なもの・・・。それは・・・。
シドは、懐の中にしまっていた小瓶を兄に手渡す。
「これは・・・?」
バドはそれを受け取り、ふたを開け中身を見てみる。どうやらそれは白い錠剤状の薬のようだ。
「それは・・・飲むと自らの意思を失くす、副作用のある物です。」
「な・・・っ!」
驚きに絶句するバド。しかしシドはそのまま言葉を続けた。その昔、アスガルドの貴族達は、この薬を使い、世に出せない者達の意識を失くさせて、一生地下室や地下牢で飼い殺したそうだ。やがて時間の経過と共にその風習は無くなったが、今でも
ごく一部の貴族達はこの薬を使っているそうだ。
どうしてシドがその薬を持っていたのか、バドは疑問に感じた。自分達の家系がその薬を受け継がせているのなら、自分が飼い殺されていたのかも知れないのに・・・
「大丈夫です・・・。死に至るものではないですから・・・。私はもう貴方以外の事を考えたくは無い・・・。ずっとこのまま・・・。」
しかしバドの疑問はそこまでだった。どういう経緯でシドがこの薬を入手したかなどと言うのはもうどうでも良いことだった。
バドはシドを再び抱きしめていた。弟に触れる度に襲ってくる不安はだんだんと消えていった。
俺だけを見ていてくれるのなら―――。
そしてシドもそれを望んでいるというのなら――。
バドはその小瓶の中身を掌にあけ、まずは一度自分の口に含む。そしてシドの顔を上向かせ、そのまま口移しで飲ませていく。
「ん・・・。」
舌で軽く唇をこじ開けて、口内で柔らかくなったそれはたやすく、シドの咽喉を下りていく。
一粒一粒飲み干していくたびに、シドの頭にある色んな余計なモノは色を失い、弾け飛び、一つずつ消滅していく・・・。
お互いにもう何日も触れていないのも手伝って、二人の身体は段々と熱に支配されていった。
バドは口付けを与えながら、そのままシドを堅い木の床に押し倒し、服を引き裂いた。白い身体が露になり、その肌を弄ぶ。
くすぐったさと羞恥に打ち震えていたシドだが、段々とその脳内ではバドのこと以外は消え失せていった。
全ての薬を与え終わったバドの唇が、シドの白い身体に所有の赤い刻印を散らしていく。首筋、鎖骨、胸元・・・。その間、シドの脳内世界は凝縮され、やがて
一つの小さな箱庭になった。
『バド』という名の箱庭に・・・。
その世界にシドは自ら拘束されることを選んだ。
無論バドも、この隔離された世界の中で弟を一生守り生きていくことを望んだ。
それが傍からみて正気の沙汰では無いにしろ、互いの望んだ幸福の形だった。
「や・・・っあぁっ!」
バドの身体がシドを貫いたとき、二人の間を重く見えない鎖が繋ぐ。もうずっと離れることは無いという証に・・・。
『シド・・・。』
『愛しているよ・・・。』
バドの言葉が、すでに新雪の様な真っ白いシドの意思に鮮やかな色を持って入り込む。
余計な物を取り払い、どこか幼さを感じさせる笑みでバドに応えながら、シドは快楽に喘ぐ。
愛している。
愛・・・してる・・・
あいしてる。
バド・・・、あなたを
あ い し て る ・・・。
END
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