茨の中の傀儡人形-マネキン-





茨の中の傀儡人形-マネキン-

長い長い石造りの螺旋階段をくるくると駆け上がる。
階段の途中には何にも無い。
灯りも、窓も、人の気配さえも。
暖を取る間取りではない、石造りのこの高い塔の上には、 たった一人の俺の双子の弟・シドが眠っている。

いや。
眠っているのではない、壊されてしまったのだ。
他の誰でもないあの男に・・・。


まだ家族仲良く暮らしていた頃、シドは俺に屈託無い笑顔を見せてくれていた。
それは、同じ顔をしている俺から見ても、ひどく可愛らしく綺麗に見えて、誰にも触らせたくないと思わせるには充分すぎるもので。

俺達はいつも一緒にいた。
他の奴等なんか誰も要らないとお互いに思っていた。

持つ意味すら判らずに、ただただ互いの唇にキスを与え合い、ずっと一緒に居ようねと、他愛ない誓いを立てて。


とにかく幸せな時間だった。
あの日が来るまでは・・・。


母親が死んだのは、確か俺達が十二歳のときだった。
その夜から、あの男のシドを見る目が変わっていったことにどうして気づかなかったのか・・・。

シドは笑わなくなった。
俺を避けるようになった。
何よりも、一緒に寝ていた寝室から真夜中そっと抜け出して、フラフラと何時間かしてから戻ってくる事に気が付いたのは、彼が壊れる数週間前だった。

その夜も、シドはそっとベッドから起き上がり、ガチャリとドアを開けて、何処かへ抜け出していくのを、寝たふりをしていた俺は起き上がり、気づかれない様に後を付けていった。

長い長い暗い廊下を、足音を立てずにそっと歩いて行くシドと、それをつけていく俺。
やがてシドの足が、大きな扉の前で止まると、俺は反射的に身体を廊下の角の方に隠した。
辺りをきょろきょろと見回して、ドアノブを回して入っていくのを確認してから、しばらくして俺もその部屋の前まで足を運んだ。

その部屋は、俺達の・・・父親の部屋だった。


こんな夜更けに、親父に何の用だろう??
ドアを開けようとしたとき、俺の耳に入ってきた音。


“お前は・・・、死んだ母さんに本当に良く似ているな・・・。”
あの男の声と、比例するように、ピチャピチャと何かの水音と、シドのくぐもった声。

“あぁ・・・、上手くなったなシド・・・・。”
気持ちが悪いほどの猫なで声で、シドを褒めるあの男。
一体中で何が行われているのか!?
確かめるべく、勢い良くドアを蹴り付けてこじ開けると・・・・。


父親が、自らの欲望を息子に慰めさせ、陵辱している光景。

正におぞましい地獄絵図だった。


“い・・や・・っ、いやっ・・・!いやあぁぁぁあっ!!”
激しく首を振り、泣き喚くシドの声を、表情を俺は忘れない。
頭の中が真っ白になって、その時の記憶はほとんど無かったが、気が付いたら、俺の腕の中にシドが意識を失ったまま抱かれており、 あの男は、頭を割られ、床に大量の血液をぶちまかれて事切れていた。

アイツの足元に、ガラス製の灰皿に血痕がついていたので、それで力任せに殴ったのだろう。
もっと苦しめてから殺せば良かった。

汚い死体を、一瞥し、俺は腕の中で眠り続けるシドの身体をギュッと抱きしめて、煙草の不始末に見せかけるように、屋敷に火を放って、そこを後にした。


あの日から、季節は巡り巡って、俺はもう、二十歳になる。
だけどここに居るお前は、あの悪夢から覚めないままで。
あの頃と変わらずに、眠り続けるお前・・・。


「シド・・・。」
力なく横たわる、折れそうに華奢な身体を起こし上げてかき抱く。
息をしているのか疑わしい、やせ細った唇に、自分の親指を押し当てて。
その指越しに口付ける。


昔読んだ童話の様に、口付けで目覚めてくれれば、どんなに良いだろうと何度も思った。

しかし、結局、弟を壊してしまったのは、気づけなかった俺のせいでもあるのだ・・・。


こんな男に“王子様”を名乗る資格など、無い。


唇を離しても、シドはピクリとも動かない。
「シド・・シド・・・。ごめんな・・・。」


再びその身体をかき抱き、バドは泣きながらシドの名前を何度も呼ぶ。

だが、無意識のうちに自分の口元が歪んだ笑みを浮かべている事に、彼は気づかなかった。




戻ります。